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エターナル・スペランツァー  作者: 和島大和
2/15

第一弾 『復讐の少年』



 周りは赤に染まり、火の海と化していた。



 スファルディクス大空襲。



 数十万人の犠牲者を出した無差別爆撃。


 シュトラール共和国による、アルケリア聖国への爆撃だ。


 街のみならず市民を巻き込み、大量の人間が死んだ。


 戦争が起これば人は死ぬ。


 戦争で卑怯などと言ってはいられない。


 戦争によって理不尽なことなど日常茶飯事なのだ。


 敵国の人間を大量に殺し、蹂躙した方が正義である。




 「母さん……母さん……。」



 「起きて……起きてよぉ……。」




 既に事切れた母親に向け、金髪の少年と少女が声を掛ける。


 母親と思われる女性は、血だらけで倒れていた。


 機銃で背中を撃たれ、事切れていた。


、髪や服なども血に染まり、声を掛けても体に触れても反応はない。


 そればかりか、肌は肌の感触ではなく、死人の肉の感触をしていた。


 死を迎えた人間は、肉の塊でしかない。


 少年も少女も、涙を流しながら必死に呼び続ける。







 「……ク……」




 声が聞こえた。


 女の声。


 誰だと思い、すこしだけ意識を向ける。




 「……ック……ジャック!」




 それは徐々に明確な呼び声となった。


 体を揺すられていることに気づき、ゆっくりと目を開ける。




 「ん?」




 まず目の前に飛び込んできたのは、青空。


 雲一つない、快晴だった。


 眩しさのあまり目を細めてしまう。




 「ジャック、今授業中よ? 起きなさいよ。」




 自分の隣から、声が掛けられていた。


 ジャックと呼ばれた少年は、窓際の席に座っていた。


 教室のホワイトボードから遠く離れている位置に、彼の席がある。



 ジャック・クリード。



 それが彼の名前。


 特徴的に髪を逆立てた金髪碧眼の少年で、服装は白を基調とした学園服を身に着けている。


 黒のズボンに黒い靴を履き、眠気が襲い来る瞼を擦る。


 そんな彼は、隣の席へと視線を向けた。




 「授業中だからどうした? ……俺は今、眠いんだ。」




 不機嫌そうに告げるジャック。


 彼の視線の先には一人の少女が席に座っていた。


 プラチナブロンドの髪色。


 頭頂部分で二つに分けて結ぶツーサイドアップにし、流れた髪は腰よりも更に長い。


 黒く長いリボン紐で、分かれた髪を蝶結びにしている。


 服装は紺を基調とした学園服で、生真面目にもしっかりと着こなしていた。


 顔立ちは人形のように可愛らしいもので、この学園でも指折りの美少女として知れ渡っていた。


 そんな少女は、ジャックを睨みつけるように見据えていた。




 「授業中だから言ってんのよ。


  アンタ、この間も怒られたばっかでしょ。」



 「……まぁな。


  けど、そんなのシャルルには関係ねぇだろ。」




 少女は小声のままでジャックに告げる。


 その言葉をウンザリしたような表情で見つめるジャック。




 彼女はシャルル・マリー。


 ジャックとは入学当初に出会った仲だ。


 こうして授業もまともに聞かない彼を、シャルルは見捨てられずに世話を焼いていた。


 そんな二人が居る木造教室の中には、数十人の生徒が同じ授業を受けており、正面には大きなホワイトボードが壁にめり込んでいる。


 生徒から見て右側に廊下があり、後ろには彼等の荷物を入れるロッカーが並べられていた。


 教師はホワイトボードと睨めっこをしながら、授業を淡々と進めている。




 「関係ないことないわ。


  授業中だから起きなさいって言ってんのよ。」




 少女が教師の後ろ姿を、チラチラと伺いながら注意する。


 しかし、ジャックは聞く耳を持たずに机に突っ伏し始めた。




 「…そうかよ。


  俺が怒られようが、阿呆になろうが、それは俺の勝手だ。


  お前には関係ない。」




 金髪碧眼の少年は、プラチナブロンドの少女に語り掛ける。


 その声音は、人を寄せ付けない冷たいものだった。




 「はぁ……。」




 思わずシャルルは溜め息を吐いてしまう。


 いつもこうなのだ。




 昨日も昼寝。


 今日も昼寝。


 明日も昼寝。



 毎日毎日、飽きもしないで机にキスをするように眠りについている。


 授業なんてものは、彼にとってどうでも良いものなのだろう。


 だからこそシャルルも、




 「……勝手にしなさいよ……。」




 と、最終的には投げ出してしまう。




 「あぁ、そうするよ。」





 そう言ってジャックは机に突っ伏した。


 シャルル自身、自分には関係ないと分かっていても、ジャックが留年しないように動きたいと考えている。




 「シャルルちゃん、ジャックちゃん、もう少し声を小さくしてくれると、お姉さん嬉しいなぁ~。」



 「……あっ、すみません……。」



 「…………。」




 背中を向けていた教師がおっとりとした声音と満面の笑みで、シャルルの方へと顔を向けた。


 その笑顔の裏には小さな怒りが孕み、シャルルは慌てて小さく謝罪し、ジャックは引き続いて眠りにつく。


 教師は黒髪をおさげ風に結っていた。


 服装は灰色の上着に白衣。


 白のミニスカートを着用し、黒のストッキングに赤いハイヒールという格好だ。




 「ジャックちゃ~ん? 起きてますかぁ~?」




 コツッ、コツッ、と床を踏み締める音が響き、ジャックに近づいていく。


 生徒たちがジャックの方へと視線を向けている。




 「…………。」




 そんな状況の中でも構わず寝続けるジャック。


 授業など興味ないとでも言いたげだ。




 「起きてくれないと、訓練課程に推薦しないわよ~?」



 「それは困る。」




 教師の間延びした一言で、スッと何事もなかったかのように顔を上げるジャック。


 ジャックは、戦闘機での訓練資格を獲得しようとしていた。


 そのためには、この学園の正式な推薦が必要だった。


 そうでなければ、軍事学校への入学は認められない。


 シャルルが彼に肩入れする理由は、ここにあった。


 空に対して、戦闘機に対して、病的なまでの憧れを抱いていたから。


 大空を見上げては、まるで恋心を抱くようにその魅力を語ってくれるのが、ジャックだった。


 授業に対する情熱は皆無だが、大空に対しての情熱はこの学園に居るものの中で群を抜いているだろう。




 ヴァレアス帝立初級士官学校。



 それが、この学園の名だ。


 その名の通りヴァレアス帝国が建てた学校であり、ここでの成績や適性に基づき、推薦されることで上級士官学校へと進学できる。


 更に、上級士官学校での成績と適性に基づき、一兵卒として、軍人として認められるのだ。


 この場で兵士を選ぶ者と、士官を選ぶ者が大きく別れることとなる。


 本格的な士官を目指す者は軍事学校への入学資格を貰い、卒業と同時に下士官の地位を与えられ、一兵卒を率いる指揮官となれる。


 


 ジャックが求める戦闘機への訓練資格は、上級士官学校で取得可能であり、初級士官学校ではその基礎を学ぶ場となるのだ。


 だからこそ、彼は是が非でも上級士官学校へと進学する必要があった。


 そして、そのためには教師からの推薦がなければならない。




 「そうでしょ~。


  ジャックちゃんは将来、優秀な軍人さんになるのだから、こんなところで寝ていちゃ、ダ~メ。」




 教師はニコニコ笑いながら、ジャックの額を軽く小突いた。


 やや後ろに体が反ってしまいつつ、すぐに態勢を立て直す。



 優しい表情。


 優しい仕草。


 優しい声音。



 子どもを見つめる優しいお姉さんと言った風情だ。


 だが、そんな彼女に対しても、ジャックの態度は変わらない。




 「……こう言っちゃなんだけど、アンタの授業はいつも眠くなるんだよ。


  戦闘機に乗るために仕方なく受けてるが……授業自体には興味ない。」



 「…………。」




 ジャックの一言を受けても尚、ニコニコの笑顔は絶やさない。


 それが、周りの生徒からすれば不気味に映った。


 もちろん、シャルルも例外ではない。


 だが、ジャックは止まらなかった。




 「俺は頭よりも、体を使う方が向いてんだよ。


  アンタの授業なんか聞いてられるか。」




 「ん~……そっかぁ。


  ジャックちゃんは、ナナリーちゃんのお話は分からないのかなぁ~?」




 教師はニコニコ顔のまま、頬に人差し指を添え、首を傾げる。


 自分のことすらも、ちゃん付けで呼ぶ変わった教師だ。


 


 「あぁ、分からねぇな。」




 そんな彼女に対し、迷いなく、キッパリと、ドストレートに即答したジャック。


 包み隠すことなく口を割って言い切った。


 その上、睨みつけている。


 まるで起こされたことに怒りを抱いているかのように。


 明らかに教師に向ける瞳ではない。


 それも、自分を推薦してもらう教師に対するものではなかった。


 だが、彼女は全く意に介した様子はない。




 「それは困ったわねぇ~……それじゃあ、放課後にシャルルちゃんに教えてもらって。」




 ナナリーはヒール音を教室中に響かせ、ホワイトボードに向かって歩み出す。


 その途上で告げられた言葉に、シャルルは思わず立ち上がってしまう。




 「なっ! ど、どうして私なんですか、ナナリーさん!?」




 そして、問い掛けた。


 すると既にホワイトボード前まで来たナナリーが、シャルルの方へと体ごと向けた。


 その表情は相変わらずの笑顔だ。




 「だってぇ、シャルルちゃんもお喋りしていたんだもの~。


  連帯責任として、シャルルちゃんにも罰を与えるわよ~……その罰は、人に教えること。


  人に教えるって、意外と難しいのよ? シャルルちゃんにも、その辺を理解して貰って、今後お喋りしないように心がけて欲しいのよねぇ~。」




 間延びした口調でクスクスと笑い、ナナリーは言葉を紡ぐ。


 言っていることは正しい。


 正しいのだが、シャルルからしてみればたまったものではない。


 自分も今日一日の授業を振り返り、復習しないといけないのだから。


 とてもではないが、放課後の時間をジャックに割くほど暇ではないのだ。




 「し、しかし、ナナリーさん! 私が彼を起こさないと、彼のためにも、このクラスのためにも……」



 「関係ないだろ。」



 「ッ!?」




 すぐさま反論しようとするシャルルを遮り、ナナリーは彼女を睨みつける。


 口調と声音すら低いものに変貌し、釣り目の黒眼を細くさせる。


 




 「貴様は保護者気取りでもする気か? シャルル・マリー。


  ここは仲良しこよしの学校ではない。


  強い奴が生き残り、弱い奴が死に絶える。


  ジャック・クリードが死んだとて、貴様自身が生きねば意味はない。


  彼のため? クラスのため? 嗤わせるなよ小娘が。


  自分のためにクラスを犠牲にするくらいの気概がなければ、戦場に行ったとて犬死にするだけだ。」 




 淡々と、ナナリーは言葉を発する。


 軍人としての、ナナリーがそこには居た。


 彼女のあまりの変貌に、あまりの気迫に、シャルルのみならずクラス中が気圧されていた。


 まるで一国の王だ。


 この教室の、絶対者として君臨する王だ。


 その絶対者は、更に言葉が続けた。




 「貴様らが一つ勘違いをしているようだから、言っておいてやろう。


  軍人となれば、同じ釜の飯を食った仲間が裏切り者だった、スパイだったというケースもある。


  その時にそいつを殺せなければ、お前たちは生き残れない。


  かつてこの国は、同じクラス同士で殺し合いをさせるという教育方針が存在した。


  同じ釜の飯を喰らい、同じ時間を過ごし、親友同士だった者。


  学園内で仲良くなり、恋人関係にまで進展した者同士、付き合っている者同士ですらも泣きながら互いに刃を突き立て、殺し合う。


  そうして生き残った者だけが推薦枠を獲得できる。


  そんな時代が確かに存在した。


  しかも殺し合いの真実は卒業間際で聞かされ、生徒たちは突然のことに困惑し、発狂し、精神崩壊を起こす者すらも出てくる。


  その地獄を生き残った者は、卒業後もまた地獄を味わう。


  学園卒業時のことは、機密扱いとして誰にも言えなくなるからだ。


  卒業してすぐに機密を取り扱い、家族にすら話せない秘密を抱える。」




 『ッ!?』




 淡々と、クラス中の生徒に向かって話し始めたナナリ―。


 まるで軍を率いる指揮官が、隊員に向かって演説するかのようだ。




 「そして、貴様らが今座っているその椅子と机は、殺し合いによって築き上げられた、血塗られた椅子と机だということだ。」




 ナナリーはジャックが突っ伏した机を指差しながら、クラス全員に指摘する。


 その言葉に思わず、ジャックも突っ伏していた体を起こした。


 自らが寝ていた机にそんな過去があったと知り、それでも寝続けられるほどの根性はない。


 話を聞いたクラス全員の表情が青ざめていった。


 仲間同士の殺し合い。


 今は仲良く接している者同士が、卒業間近に突如として「殺し合え」と命令されるのだ。


 それが、軍ではよくある「理不尽」なのだ。


 




 ナナリー・レイフィート。




 それが軍人としてのナナリーの姓名だ。


 レイフィート軍という独自の軍隊を所有し、ヴァレアス帝国軍とは独立した軍事行動を可能にした軍隊を率いている。


 故に、ヴァレアス帝立下級士官学校から、上級士官学校への推薦ができる権限を持つのだ。


 ナナリーは、この学校の『教師』という立場を利用しながら生徒を見極め、自身の軍隊に引き入れようとしていた。


 軍隊を率いる立場ということもあり、女性とは思えないほどのカリスマ性と威厳を備えている。


 実際、シャルルは完全にナナリーに気圧されていた。


 いや、彼女だけではない。


 クラス全体がその渦に巻き込まれてしまっていた。




 「……すみません……。」




 思わず、謝罪して顔を伏せるシャルル。


 それを見たナナリーは、再び満面の笑みを浮かべる。


 不気味なほどの切り替えの速さだ。


 まるで二重人格のようにも見える。




 「良いの良いの! ちょっと、ナナリーちゃんも言い過ぎちゃったわよねぇ~。


  あ、因みにさっきの機密どうこうの話は、今は関係ないからよろしく♪


  シャルルちゃん、さっきの言葉は気にしないで、ジャックくんを教えてあげてね。」



 「……わ、わかりました。」




 ナナリーの変貌に酷く困惑し、首肯するシャルル。


 教師としてのナナリーは生徒から非常に慕われており、のんびり屋の間延びした口調が人気を集める。


 相談事にも積極的に乗り、心配性で、その上壁がない。


 そのため、生徒からは親しみを込めて「ナナリーさん」と呼ばれている。


 しかし、一度怒りを覚えれば、先ほどのように軍人気質満載の言葉を発してしまう。


 その後の切り替えの早さも、人気の秘密だったりする。


 怒らせさえしなければ優しい。


 それが、生徒たちの共通の考えだった。




 「最悪だぜ……。」




 ジャックは、人知れず呟いていた。


 戦闘機を乗るのに知識など要らない。


 わざわざここで勉強し、仕組みを知ったところで、やってみなければ分からないのだから。


 知識で知っていても、すぐにエースパイロット級の操縦が出来る訳ではない。


 結局は、実戦と経験。


 座学など無駄なのだ。


 それをする暇があるのなら、さっさと戦闘機に乗りたい。


 そして、母を殺した奴を、殺したいのだ。


 座学をするくらいならば寝ておきたい。


 が、今回ナナリーから嫌な話を聞かされ、気分は最悪だった。




 「雷の装飾がある……黒い戦闘機……。」




 記憶の端に存在する、漆黒の機体に描かれた、雷の文様を思い出す。


 仇である機体を墜とす為、一刻も早く戦闘機に乗らなければならない。


 憎き者への復讐を果たすため、今は力を手にしなければならない。




 ジャックは歯噛みしながら、放課後まで授業を聞いていた。


 もはや、居眠りをする気にもなれなかった。

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