第24話
自分たちの現在地が分からないから、どこをどう進めば良いのかも分からない。
それでも進まないわけにもいかず、私たちはひたすら廊下を歩き続けた。
その間、私は緊張しっぱなしだ。
何せ、ここには私たちの敵しかいないだろうし、今はアクゥートさんの銃すらも無い状態。
これでさっきの男の人の仲間に出会ったら勝てる気がしない。
せめて、アクゥートさんの銃だけでも見つけることが出来れば。
そう思ってはみても、銃の隠し場所も分からない状況で無闇に辺りを物色しても、逆に自分たちを危険に晒すことは素人の私でも分かる。
だから、ここは敵に見つからないことを神に祈りながら進んで行くしかない。
そうして暫く歩いていたところで、広間へと行き着いた。
でも、そこには多くの男の人がうろうろしていて、私たちはその光景を見て慌てて物陰に隠れた。
ふう、特に騒ぎにもなっていないみたいだし大丈夫そうだ。
そっと物陰から聞き耳を立て、男の人たちがこちらに来る様子が無いことに安堵しながら、私はどうしようかとアクゥートさんを伺い見る。
すると、彼女は私の意図を汲んでくれたようで、そっと顔を元来た道の方へと向けた。
どうやら別の道を探すつもりらしい。
それに頷き、私は彼女の後に続いて慎重に道を戻って行く。
道を戻っても出口が見つかるとは限らないけれど、あの中を抜けて行くよりはマシだろう。
特に、男性恐怖症の私が一緒にいるといつ足が竦んで止まってしまうか分からないし。
でも、世の中そう簡単にはいかないようで、少し進んだところで今度は前方からたくさんの人の足音が聞こえてきた。
足音の数から考えて、明らかにこっちの方がさっきの広間にいた人たちよりも人数が多い。
「いたぞ、あそこだ!」
「っ!逃げますわよ」
どうしよう。そう悩んでいる間にも、曲がり角から姿を表した人に見つかってしまった。
その声に反応し、アクゥートさんが咄嗟にだろうけれど、私の腕を掴んで走り出す。
おかげで、男の人への恐怖から身体が固まりかけていた私もどうにか動き出すことが出来た。
アクゥートさんはこのまま元来た道を進むよりも、さっきの広間を抜けた方が良いと考えたようで、広間へ向けて全速力で走る。
それは彼女に引っ張られている私も同じで、早速息が上がり始めている。
それでも止まるわけにはいかず、縺れそうな足を懸命に動かす。
ここで少しでも止まってしまえば、完全にアウトだ。
「止まれ!」
「っ!」
しかし、広間へ抜けたところで、前方に立ちはだかった男の人が銃を向けてきたことに驚いて足を止めてしまった。
そのことに、アクゥートさんがギロリと鋭い視線を向けてきて、思わず首をすくめる。
「そうそう、それで良いんだ。全く、せっかく囮にするために生かして捕まえたというのに、危うく勢いで殺してしまうところだったぞ」
そんな私たちを歪な笑みを浮かべて見た男の人は、まるで自分が持っている銃を見せびらかすように大仰な仕草で振り、構え直す。
すると、その仕草を見たアクゥートさんが何だかとても苦々しそうな表情を浮かべた。
そのことに、男の人が更に笑みを深める。
「ふっ、どうやら気付いたようだな。そう、これはお前から奪った銃だ。こんな物騒なものを持っているとは、噂通りのじゃじゃ馬らしいな」
「ふんっ、貴方などにどう思われようと興味はありませんわ。それよりも、早くそれを返していただけませんこと?持ち方がまるでなっていない貴方のような者に持たれるなど、その銃が可哀想で仕方がありませんから」
「なんだとっ!」
ああ、なんでそんな挑発するようなことを言っちゃうんだこの人は!
案の定、アクゥートさんの言葉で激高した男の人。声からして、恐らく影へ消えていった女性と話していた人だと思うんだけど、その人がアクゥートさんへと銃口を向けた。
アクゥートさんは、それを表面上では涼しげな表情で見つめ返している。
でも、彼女に未だに腕を掴まれている私には、彼女の手が緊張から汗でじっとりと濡れていることを感じていた。
そんな恐怖を抱くくらいなら言わなければ良いのに。そう思ってみても、今は言える雰囲気じゃない。
男の人は怒りに任せて行動をしているらしく、銃の引き金へかけている指へ力を込めているのが、私にはまるでスローモーションのように見えた。
もし、ここを無事に二人で出ることが出来たら言おう。ちゃんと空気を読んで行動しなさいって。この際、睨まれたって構わない。
彼女の発言で命の危機に陥ったんだから、それくらいの小言を言う権利くらいは有るだろう。
そんなことを一瞬の内に考えながら、無意識に動く体に任せ、私はアクゥートさんの体を思いっきり突き飛ばした。
『ドンッ』
直後、効果音が付きそうなほど大きな衝撃が私のお腹を襲う。
あまりの痛みに意識が一瞬飛んだけれど、倒れた時の痛みでどうにか意識を取り戻した。
「ううー」
そうなると、お腹の方から気を失っていた方がマシだったと思ってしまうほどの痛みが伝わってくる。
あまりの痛みに、私は呻くことしか出来ない。
そんな私の傍らに、慌てたように誰かが膝をついたのが気配で分かった。
状況を確認しようと、お腹からくる痛みに耐えながらうっすらと目を開ける。
すると、そこには呆然とした表情で私のことを見下ろしているアクゥートさんがいた。
「な、なんで」
「・・・だって、アクゥートさん、は、大切な仲間だもの。・・・守ろうとするのは、当然、でしょ」
あんまりにも呆然としているアクゥートさんに、何か言ってあげなければいけない気がして、飛びそうな意識をどうにか保ちながら返事をする。
それをどう捉えたのかは分からないけれど、アクゥートさんが更に困惑したように瞳を泳がせた。
ふふ、今日は彼女の始めて見る表情を沢山見ている気がする。
そう思うと、こんな時だっていうのに私はいっそ楽しい気分になってきて、思わず歌を歌っていた。
テンポの良い、戦士を鼓舞するための曲。
痛みのせいで途切れ途切れになってしまうけれど、構わずに気持ちの赴くままに歌い上げる。
すると、そんな私の気持ちに呼応して下さったのか、祈りを捧げたわけでも無いのに術が発動する気配を感じた。
「っ!」
驚いているところを見ると、どうやらアクゥートさんに効果があったみたいだ。
そんな呑気なことを考えながら、私は歌い続ける。
普段なら恐怖で震え上がって、動けなくなっていそうなものなんだけど、寧ろ気分は高揚しっぱなしだ。
もしかしたら、あまりの痛みに頭がおかしくなっているのかもしれないと、他人ごとのように思う。
そんな私の異常さに動揺したのか、私たちに銃を向けている男の人は、そのままの体勢で固まっていた。
それを見て、アクゥートさんは何かを決意したように、驚きに染まっていた表情を引き締めた。
すると、アクゥートさんは、あんなにうろたえていた人とは思えないほど無駄の無い動きですっと立ち上がると、そのまま一息に男の人のもとまで駆け抜ける。
それはまるで一迅の風が吹いたような速さで、思考が鈍っていたらしい男の人に身じろぎをする隙すらも与えない。
普段カールと訓練している時の倍は素早い動きだ。
たぶん、私が発動させた術は身体能力強化の効果が有ったのだろう。
「あっ!」
それを最大限に活かしているらしいアクゥートさんは、流れるようなしなやかさで男の人の手から自分の銃を奪い返す。
それで漸く正気に戻ったらしい男の人が短い声をあげたけれど、それに対し、アクゥートさんはにぃっと三日月のように口元を釣り上げ、それはそれは嗜虐的な笑みを浮かべた。
「これはな、こうやって使うものなんだ!!」
ありったけの怒りをぶつけるように叫び、声とともに闇の弾を至近距離で男の人へと放つ。
遠距離からでも正確に的を射抜くことが出来るアクゥートさんが、そんな距離で外すようなヘマをするはずも無く。男の人の顔面へと闇の弾が直撃した。
「ギャー!!」
爛れていく顔に、男の人が悲痛な声をあげる。
それで漸く我に返ることが出来たらしい男の人の仲間が、慌てて男の人へ駆け寄ろうとする。
でも、それをアクゥートさんが水を得た魚のような勢いで次々と射抜いていく。
私はそれをぼーっと見ながら、無意識に口ずさむ歌で術を発動させてサポートし続けた。
「カント!」
そんな中で聞こえてきた聞き慣れた声に、意識が少し浮上する。
重たい身体を無理やりに動かして顔を向けると、アクゥートさんの更に奥。広間の入り口に、大勢の兵隊さんを従えて佇むカールの姿が見えた。
そのことに、私は心の底から沸き上がる安堵から、身体の痛みも忘れて彼女へ微笑みかける。
「カール・・・」
「カント!・・・おのれ、貴様ら‼よくも我の妖精に傷をつけよったな‼」
倒れている私を見て、カールが一瞬の内に瞳へ怒りの炎を灯したのが遠くにいる私からも見てとることが出来た。
実際、彼女は怒りによって搔き集めたらしい炎の魔力を身体に纏い、まるで炎の化身にでもなったかのような容貌へと姿を変えていた。
怒り心頭な彼女の様子に、アクゥートさんに顔を溶かされて呻いている男の人以外がたじろいでいる。
それは、カールが引き連れて来た兵隊さんたちやアクゥートさんも例外では無いようで、恐ろしいものを見る目でカールから距離を取るかのように一歩身を引いていた。
でも、カールはそんな彼らの様子を歯牙にもかけず、ただただ
アクゥートさんや私の周りに集まっている男の人たちへと憎悪の視線を向けていた。
「そこを動くなよ、我が一人残らず八つ裂きにしてくれる‼」
そう宣言するやいなや、カールが愛用の棍棒片手に広間の中へと足を踏み入れる。
身の丈の倍以上もある棍棒は重いため、いくら怪力の彼女でも動きは鈍い。
それでも、男の人たちは蛇に睨まれた蛙のように動けないまま、カールが自分たちの方へ迫ってくるのを恐怖で固まった表情のまま見つめ続けている。
これでもう、アクゥートさんが殺されてしまうことは無い。そう安心すると、急に私の身体を強烈な眠気が襲ってきた。
それは、腹部に受けた魔法の弾による怪我を修復するために、身体が休息を求めて起こした防衛反応だったのかもしれない。
けれど、この時の私にはそんなことを考える余裕など欠片も無くて、早くカールと一緒に家に帰りたい。
それだけを考えたまま、私の意識はブラックアウトした。
ここまで閲覧していただき、ありがとうございます。
この度は更新がだいぶ遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
また、大変恐縮ではございますが、仕事の都合上、暫く(恐らく8月いっぱいくらい)は更新が通常よりも更に遅れると思われることをお詫び申し上げます。




