終章
私は、残っているものを全部消すことにした。
理由を考えるのはやめた。
疲れていた。
眠れていなかった。
最初に絵里子から画像が届いて、
昔のことを考えすぎた。
それでいい。
そういうことにした。
生成AIに残っていた画像と記録をまとめて消した。
黄色い乗り物。
紺色の手提げ。
玄関。
全部、画面から消えた。
捨てアカウントも順番に削除した。
一つ。
また一つ。
作った記憶のないアカウントを、
自分の手で消していった。
保存されていたログイン情報やパスワードも消した。
スマートフォンに残していた画像も選んだ。
最初の一枚で、
手が止まった。
絵里子が作った画像。
これだけは、
私が作ったものじゃない。
少し迷って、
それも消した。
もう必要ない。
削除済みの画像も、
削除フォルダに残らないように消した。
絵里子とのDMだけは残した。
最後に、
もう一度謝った方がいいのかもしれないと思った。
昔のことを。
でも、
『もういいよ』
喫茶店で絵里子はそう言った。
これ以上連絡するのは、
結局また自分のためなんじゃないか。
そう思い、何も送らなかった。
ノートパソコンを閉じた。
机の端に、
あの日スーパーで引いたキーホルダーがあった。
白い髪。
大きなリボン。
それには触らなかった。
時計は午前零時を回っていた。
今日は薬を飲まなかった。
眠れなくてもいい。
ベッドに入った。
スマートフォンには何も通知はなかった。
そのまま、
いつの間にか眠っていた。
翌朝。
目が覚めると、
カーテンの隙間から日が入っていた。
七時十二分。
アラームより少し早い。
夜中に起きた記憶はない。
スマートフォンは、
ベッドの横にあった。
通知を見た。
ニュース。
天気。
仕事関係。
Instagramの通知はない。
終わった。
そう思った。
コーヒーを入れている時、
スマートフォンが震えた。
写真のバックアップ通知だった。
何となく開いた。
食事。
レシート。
仕事で撮ったメモ。
見覚えのある写真ばかりだった。
閉じようとして、
一番新しい写真で手が止まった。
見覚えがない。
私はそれを開いた。
暗い部屋だった。
机。
ノートパソコン。
椅子に座っている私。
背中しか見えない。
部屋着も、
髪の長さも、
私のものだった。
写真は、
机の後ろにある本棚の辺りから撮られている。
背中越しに見えるノートパソコンには、
生成AIの画面が開いていた。
小学生の女の子が二人。
スーパー。
ガチャ。
見覚えのある光景だった。
昨夜、
全部消した。
その後、
パソコンを開いた記憶はない。
そこで、
写真の撮影時刻を見た。
午前三時十四分。
その時間、
私は眠っていた。
はずだった。
顔を上げ周りを見る。
机の上には、
閉じたノートパソコン。
そして対角線には本棚がある。
写真と見比べた。
文庫本を少しずらすと、
スマートフォンを置けそうな隙間ができた。
そこへ置いてみた。
机までの角度は、
ほとんど同じだった。
すぐにスマートフォンを本棚から取った。
タイマーを使えば、
一人でも撮れる。
撮った後で、
スマートフォンをベッドの横へ戻せばいい。
できる。
私一人で。
ただ、
覚えていない。
写真をもう一度見た。
机の上にスマートフォンは写っていない。
本棚から撮ったのなら、
それで説明はつく。
説明できる。
そう思った。
けれど、
何度見ても、
写真そのものにおかしなところは見つからないし、生成されたものでもないようだ。
ただ、
夜中の部屋で、
私がノートパソコンの前に座っている。
それだけだった。
だから、
削除できなかった。
ゴミ箱のマークに指を置いた。
押せば消える。
昨夜みたいに。
疲れていた。
眠れていなかった。
私がやった。
そういうことにすればいい。
でも、
指は動かなかった。
もし本当に、
私が撮ったのなら。
これは、
夜中の私が何をしていたのか残っている、
唯一の写真かもしれない。
もし、
私が撮っていないなら。
なおさら、
消せなかった。
私は写真を閉じた。
削除はしなかった。
昔、
絵里子に言った。
交換じゃなかったって、
証拠あるの?
あの時は、
証拠がないことに私は安心した。
スマートフォンを握ったまま、
本棚の隙間を見ていた。
昨夜、
そこにスマートフォンを置いたのが誰なのか。
私には分からない。
ただ、
今度は、
証拠がなくなる方が怖かった。




