死の意味
生きる意味について、これまで幾度となく語られてきた。
なぜ、私たちは生きているのか。
何のために存在するのか。
その目的は何なのか。
では、死にはどんな意味があるのだろう。
なぜ、私たちは死ななければならないのか。
なぜ、永遠に続くものは何ひとつないのか。
命に限りがあるからこそ、私たちは生の尊さを知るのかもしれない。
終わりのない生は、苦痛でしかないのかもしれない。
あるいは理由などなく、すべてはただ、そう在るだけなのかもしれない。
実のところ、その答えは定命者には決して知り得ないものなのかもしれない。
ならば……
死ぬ定めにない者たちは、どうなのだろう?
* * *
「始まりあるものには、必ず終わりが訪れる。永劫の昔から在り続けてきたものだけが、これからも永遠に在り続ける」
あ……
巨大な広間を埋め尽くす無数の人影が、物音ひとつ立てずに耳を傾けていた。
は……は……
広間の正面、一段高く設けられた壇上では、長い白髭の老人が演説を続けていた。
は……はは……
「ディヴァイン・オーダー(神の秩序)もまた、その一つだ。永劫の昔から在り続けてきた。一方、今まさに新たな世界が形を成そうとしている」
はっ……はは……は……
「選ばれし魂たちよ。暁の殿堂へようこそ」
「アアアア――ハッ、あは、あははハハハハハハハ――!」
悲鳴とも狂笑ともつかない声が響き、広間中の視線が一斉にその主へ集まった。
広間のはるか後方に、肩にかかる銀髪の青年が立っている。
青年は両手を高く掲げ、輝く金色の瞳から涙をこぼしながら、はるか頭上に広がる天井を仰いでいた。
「……コホン」
壇上の老人は目を閉じたまま白髭を撫で、わざとらしく咳払いをした。
青年は視線を下ろし、どこか上の空のまま広間を見回した。あまりにも広大で、壁の位置すら見当もつかない。天を支えるかのようにそびえ立つ柱は、どれも建物と見紛うほどの大きさだった。
自分を見つめる数千もの顔へ目を走らせていた青年は、ふいに目を見開いた。さっと顔から血の気が引いたものの、すぐに何事もなかったように取り繕う。
「大変失礼いたしました。お話を遮るつもりはなかったのですが……」
青年は慣れた様子で愛想笑いを浮かべ、首の後ろをさすりながら頭を下げた。
何を遮ったのかは、本人にもさっぱり分からない。それより気になったのは、これほど遠く離れているのに、老人の姿がはっきり見え、声まで明瞭に届くことだった。
奇妙な集会を取り仕切っているらしい老人が、ゆっくりと目を開けた。その鋭い眼差しに射抜かれ、青年は背筋をこわばらせる。
「神格候補者に選ばれ、浮き立つのも無理はない。だが、何事にも時と場所というものがある。次からは、祝う時と場所をもう少し慎重に選びなさい」
あちこちから、忍び笑いや悪意のこもった声が漏れ始めた。それでも青年はまるで意に介さない。頭にあるのは、たった今耳にした言葉だけだ。
「神格……候補者?」
青年の呟きは辺りの喧騒に紛れて消えた。そして、飛び交う声は嘲笑ばかりでもなかった。
「あの人、誰? 半神には見えないんだけど」
「そうか? 馬鹿みたいに笑ってる連中はともかく、君なら気づいてると思ったけどな。あのオーラ……正直、ここからでもちょっと圧倒される」
銀髪の青年から少し離れたところで、二人が声を潜めていた。
一人は栗色の髪と同じ色の瞳を持つ、鍛えられた体つきの青年。その眼差しは穏やかで、揺らぎがない。
隣には空色の瞳をした少女が立っていた。長く編んだ金髪を背中へ垂らしている。二人の目には、銀髪の青年への好奇心がありありと浮かんでいた。
「そう、そこなんだよ。あの人、どう見ても普通の半神じゃない……どっちかっていうと……」
「よい、そこまで」
老人が片手を上げた。すると、見えない強大な圧力が広間全体を覆い、誰もが一斉に口をつぐんだ。
「前置きは終わりだ。これより説明に入る」
ただ一人、銀髪の青年だけは何の影響も受けていなかった。なぜ皆が急に黙ったのか分からず、不思議そうに辺りを見回したが、すぐに老人の説明へ意識を戻した。
「この広間にいる者は皆、ディヴァイン・オーダーとの交信を許されている。ただし、交信には道具が要る。それがゴッドスクリプトだ。ディヴァイン・オーダーの情報を、諸君に理解できる形で示してくれる」
多くの者が頷いた。どうやら話についていけていないのは、銀髪の青年だけらしい。
「ゴッドスクリプトは、諸君とディヴァイン・オーダーを結ぶものだ。自分自身や周囲の世界について、詳しい情報を得られる。どこまで読み取れるかは、諸君自身の能力やスキル、対象となる物や存在との関係次第だ」
今度は青年の近くでも、何人かが戸惑ったように視線を交わしていた。自分だけが場違いなわけではないらしい。そう思うと、少し気が楽になった。
「今は理解できなくともよい。いずれ、すべて明らかになる。 では、ゴッドスクリプトへアクセスしてみなさい。ただ望むだけでよい。しばらく時間を与えるので、各自で使い方に慣れておくように」
「望むだけ? って言われても……俺、それが何なのかも分かってないんだけど……」
銀髪の青年は周囲を見回した。皆、目の前の何もない空間へ意識を向けているようだった。
「そのゴッドスクリプトとやらを思い浮かべるだけでいいのか?」
――!
すると、目の前にホログラム画面が現れた。どうやらほかの者たちにも同じものが見えているらしいが、互いの画面は見えないようだ。
見渡せば、服装も人の姿も、どう見てもSFよりファンタジー世界のものだった。
「周りを見る限り、そこまで科学技術が進んだ世界には見えないのに……このホログラム、浮きすぎだろ。あの老人、喉に何か埋め込んでるとか? あれだけ離れてるのに、声がやけにはっきり聞こえるし……まさかサイボーグ!? ……ん? 何だこれ。メッセージ……遅れて届いたのか?」
青年は目の前に浮かぶホログラム画面へ意識を戻した。
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強大な存在が、あなたに関心を示しました。
強大な存在が、あなたを[ネレジエル]と名付けました。
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「ネレジエル?」
[聖なる闇]
問いかけに応じるように、別の小窓に新たなメッセージが浮かんだ。どうやら、それが名前の意味らしい。
「『聖なる闇』って……さすがに痛すぎないか。ピーターとかジョンとか、もっと普通の名前でいいだろ。俺の最初の名前はレオンだった気が……いや、あれは好きだったゲームのキャラか?」
[ネレジエル]
どうにもならないらしい。画面の上部には自分の名前としてネレジエルと表示され、変更する手段はなさそうだった。
「ネレズで通せばいいか……それより、『強大な存在』?」
遠い昔の記憶が蘇った。どれだけ時が経っても忘れられない――完璧な微笑みと、氷のように冷たい瞳。
ネレズの全身を悪寒が駆け抜けた。
「いや……時刻までは出てないけど、ここには『最近のメッセージ』ってある。あの天使面の悪魔とは無関係……そうに決まってる。……うん? これは?」
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状態効果:[運命の女神の祝福]
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「やっぱり、あの天使面の悪魔が絡んでるじゃないか!!」
叫び声に、ホログラムを確認していた者たちの視線が一斉にネレズへ集まった。ネレズは慌てて頭を下げる。
「祝福? 俺のゴッドスクリプトだか何だか、壊れてるだろ……。あれのどこが祝福だって? 死んでも逃げられなかったんだぞ! あ……すみません、すみません……」
今やその場のほぼ全員が、冷ややかな目でネレズを見ていた。
「でも、今回は違う……。ようやく魂の海の果てまで来た。また転生したわけじゃない……ん?」
[SPE:3,245,658]
「SPE?」
ネレズは反射的に、ホログラムの文字に人差し指を押し当てた。意外にも画面が反応し、脇に小さなタブが開いた。
[霊力]
「霊力? ……にしても、この数字はおかしいだろ。このホログラム、どこか壊れてるんじゃないか?」
「やはりな。私の霊力は二万を超えている」
「待て、信じられん……半神の平均霊力は一万程度だぞ」
「私は神々の一族の出だ。貴様のように一代で半神へ至った者と一緒にするな」
「あ、やっぱり俺のゴッドスクリプトは壊れてるんだ」
近くで交わされる会話を聞き、ネレズはひとり納得して頷いた。
「まあ、壊れていてもどうでもいいか。半神だの神格候補者だのサイボーグだの、そんな馬鹿げた話には欠片も興味がない」
ネレズは壇上に背を向けた。
遠くでは、全身から淡い光を放つ少女が老人と話していた。
「ここにいたらあの悪魔と鉢合わせるかもしれない。あいつ、女神を名乗ってたし……」
ネレズは先ほど見かけた両開きの扉を目指し、人混みをかき分けて進んだ。
当のネレズは気づいていなかった。先ほどの二人に加え、老人と話す少女まで、ときおり横目で彼を窺っていることに。
「……この扉、力ずくで開けられる奴がいるのか? それとも、何か仕掛けがあるのか?」
扉を目の前にして初めて、その途方もない大きさを実感した。比喩ではなく、まさに巨人のために作られたような代物だ。
ネレズは左右の扉が合わさる境目に、片手ずつ当てた。取っ手は見当たらない。仮にあったとしても、鉄骨ほどの大きさだろう。好奇心から、試しに軽く力を込めてみた。
老人は片手で額を押さえ、うんざりした声を上げた。
「また君か!? いったい何をしている! エフェリオンの門が開くのは――」
声をかけられて振り返った時には、もう遅い。
巨大な扉は拍子抜けするほどあっさりと開き、同時に、それを包んでいた魔法障壁が轟音とともに砕け散った。
……
「ええと……」
……
「すみません……?」
……
囁き合っていた二人の若者も、老人も、その場にいた者のほとんどが言葉を失った。
その一方で、しばらく前から彼を見ていた四対の瞳には、いっそう強い興味が宿る。
「チッ」
「……」
そして、別の二対の瞳からは、隠しようのない敵意が注がれた。
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