第8話 dokanto7(前編)
dokanto7。競輪におけるwin5枠である。
dokanto対象レースで、1着を7回連続当てることによって、莫大な払戻金を得られる仕組みだ。
ただしwin5と違って完全ランダムだ。シャッフル機能もあるのだが、いろいろあって一回に制限された。
それと現時点の補足情報なのだが、競輪は競馬ほど人気がないので、dokanto7のの売り上げはとても少ない。
win5がたった一日で5億円前後売れるのに対して、dokanto7は20万売れればいいほうだ。
もっと正確にいうと、キャリーオーバーが積み重なるほどに、dokanto7の売り上げは伸びていって、いつしかwin5を超える。
なんせ最大の払戻額は12億円だ。
だから高額払戻が欲しかったら、チリも積もれば山となるキャリーオーバーを狙うしかない。
ちょうどそれが今日である。
昨日俺がwin5を外していたころ、競輪ではG3桜花賞・海老澤清杯が行われていて、キャリーオーバーが3億円を超えたのだ。
それだけでも素晴らしいのに、さらにおいしい条件が重なっていた。
今日からdokanto対象レースが平場のレースになるのだ。
どういうことかというと、昨日までのレースは重賞レースだから9車立てでやっていた。1レースあたりの出走数が多いほど、1着を当てるのは難しくなるので、それだけdokanto7の的中数も減っていくのだ。
それに対して、今日から7車立てのレースになる。
昨日より1レースあたり2車分だけ選択肢が狭まるので、その分だけ的中率が上がる。
そんなこと競輪ファンなら誰でも知っているため、午前中の時点でdokanto7のみの売り上げが1億円を越えていた。
このペースで売れ続ければ、本日のdokanto7の払戻総額は5億から6億の大台に乗ることになるだろう。
そこでもし的中が自分だけであれば、夢はついに叶って会社員を辞められる。
やるしかない、俺は勝つんだ。
勝負だ。今年のあらゆるギャンブルで勝ってきた黒字分すべてを投入する。
40万円だ。
ここで勝てれば会社員を辞められる。絶対に当てるぞ。
神様仏様ギャンブルの神様、どうか俺にdokanto7の祝福を。
と会社で事務仕事をしながら祈っていたら、バーコード頭の坂崎課長がすり寄ってきた。
「井上くぅーん。ちょっと頼みがあるんだけど」
うるさいぶっ殺すぞdokanto7の邪魔なんだよこのハゲ、とはさすがに口に出して言わなかったが、心の中では言っていた。
「なんですか課長?」
「先日の招き猫を食洗器に入れて壊しちゃったお客様がさぁ、お前を指名してるんだよ。いってきてくれない?」
くそめんどくさいことになってきた。なんでこんな大事な日にトラブル対応をやらなきゃいけないのか。
「大事な書類だから最優先で仕上げろって朝一で命令してきたのあんたでしょうに」
「だからこうして丁寧に頼んでるんじゃないかぁ。頼むよ井上ぇ、書類仕事は後回しにしていいからさぁ」
つまり顧客トラブルを解決してから、会社に戻ってきて書類の続きをやれということだ。
こいつ部下をこき使いやがって。そのバーコード頭に残った貴重な毛をむしりとってやろうか。
だが俺以外の営業はすでに外出中だし、他の誰かにトラブル対応ができるわけでもない。
しょうがない、俺が行くか。
俺がたどりついたのは、そこそこ古い蕎麦屋である。
これまでずっと手洗いで食器を洗っていたのだが、年を取って体力が厳しくなってきたので、ついに食洗器を導入した。
という経緯があるお店だが、なにを思ったのかカウンター席に置いてあった招き猫を食洗器で洗って壊した。
そんなわけのわからない失敗をした店主が、ごま塩頭にタオルを巻きながら、俺にこういった。
「井上さん。どうして食洗器で招き猫を洗ってはいけないと教えてくれなかったんだい?」
いやどう考えても洗ってはいけないものでしょう、これ食器じゃなくて異物なんだから。
とは言えなかった。いくら俺が不良社員でもそんな直球勝負で顧客をバカにできない。だってクビになっちゃうし。
「さすがにまさか食器以外のものを洗うのは想定外というか……」
「でも花瓶を洗ったときは大丈夫だったんだよ、ほらこの通り」
だから異物を食洗器で洗うなってば!
と叫びたかったんだが、ぐっとこらえた。偉いぞ俺。
「お客様、異物を洗ってはいけないし、食器だけを洗ってください」
「えー、なんかもったいないじゃん。これだけ高い機械なんだし」
こいつ、さては機械苦手な癖に、ろくに説明書読まないで余計なことするタイプだな。たぶんスマートフォンもまともに使えないはずだ。ならば細かい技術的な説明をしたところで絶対に理解できない。
とにかく禁止事項だけ伝えたほうがいい。
「繰り返しになりますがお客様、食器だけを洗ってください。これは食器を洗うための機械ですので」
とやりとりしている間に、dokanto7の1レース目が終わる時間になった。
俺の買い目はどうなったんだ。気になってしょうがない。いますぐスマートフォンで確認したいが、さすがに客先でそれはできない。
どうやら蕎麦屋の客がdokanto7をやっていたらしく奇声を上げた。
「おれのdokanto1レース目で終わったんだが!? 2万円分も買ったのに!?」
それはさすがに運がないなぁ。せめて1レースぐらいは生き残りたい金額だよなぁ。
ちなみに俺は40万円分入れてるから、さすがに1レース目は生き残ってるはずだが。うーんいますぐ確認したい。
「おーい、井上さーん、おれの話聞いてるかい?」
いかんいかん、ついうっかりdokanto7に気を取られすぎてしまって、顧客のことをすっかり忘れていた。
「え、ええ聞いてますとも。お客様の話であればなんなりと」
「ならテレビのリモコンも洗っていいんだね?」
「ダメに決まってるでしょう!?!?!?!?」
「なんで?」
「機械製品を洗ったらショートして壊れますよ!」
「えー、食洗器って、あんまり役に立たないなぁ」
もし俺が食洗器を売る会社の社員じゃなかったら、こいつをバカにしまくっているところだ。
っていうか、俺のdokanto7はどうなったんだ。そう思っている間に対象レースの2レース目の発走時刻になった。
あぁいますぐ俺のdokanto7を確認したい。この頭の悪い顧客をぶっとばして、いますぐスマートフォンをポケットから取り出したい。
だがそんなことできるはずもないので、急いでトラブルを終わらせることにした。
「とにかく食器以外を絶対に洗わないでくださいね?」
「じゃあ絵具に使うパレットならいけるよね食器っぽいし?」
「だから食器以外洗うなってばぁぁぁ!!!!!!!」
さすがにキレてしまった。
いかんいかん、感情的になるなんて営業失格だ。いや俺は不良社員だからまともに働く必要もないんだが、会社クビになって種銭なくなったらギャンブルできなくなる。それは困るからとにかく落ち着かないと。
蕎麦屋の店主は、ちょっとふてくされた調子で、食洗器の側面を小突いた。
「このデカい箱、他に使い道ないの? 高い道具だしさぁ、なんかもっとたくさん使い倒したいねぇ」
いいから普通に使えよ。なんでこんなバカのために、俺はdokanto7の結果確認ができないんだ。
こんなことをしているうちに3レース目の発走時刻だが?
ああ俺の40万はどうなったんだ。まだ生き残っているのか?
さっさとトラブル対応を終わらせないと。
「とにかく食器以外洗わないでください。本当にまた壊れますよ」
「これと同型を買った他のお店も、本当に食器以外洗ってないの?」
「洗ってないんです」
「またまたそんな嘘ついちゃってー。こんな高い道具、遊ばせておくはずないよ」
こいつぶん殴るぞ。他の顧客はお前ほどバカじゃないんだよ。
……おっと危ない、本当に殴るところだった。
ふーふーと深呼吸して怒りを鎮めると、予備の説明書を店主に押し付けた。
「全部読んでください。やってはいけないことが書いてあるので」
「やだなぁ、これまでも新しい機械使うときにわざわざ説明書なんて読んでなかったよ」
「読、ん、で、く、だ、さ、い、ね!」
と念押しして、ほぼ会話を打ち切る形で店を出た。
これだけやったならもう一度トラブルが起きても俺のせいじゃない。
さてdokanto7はいま何レース目なんだ。
現在5レース目が終わったところだった。
俺の生き残りは…………1票!
「40万買って1票しか残ってない!」
つい街中で大きな声を出してしまって、通行人たちにじろじろ見られてしまった。ごほんと咳払いしてごまかす。
それから流れるような動きで、すぐ近くの公園に移動して、6レース目の映像をリアルタイムで見ることにした。
さて俺のdokanto7はどうなるのか……次回に続く。




