第18話 営業の仕事とは取引先の結婚式に出席することでもある
取引先の結婚式に出席することになった。
親族や友人でもないのに結婚式に呼ばれることもあるのだ。営業の仕事って本当に大変だ。
ぶっちゃけ面倒なのだが、これも仕事の一環だし、出張手当も出るので、新幹線で愛知県名古屋市までやってきた。
名古屋。なにをやるにも派手なことで有名な土地だ。だから式場も派手だったし、参加者たちも心なしか派手だった。
主催者である新郎は式の開始前にあいさつ回りをしていて、俺のところにもきた。
「井上さん、僕の結婚式に来てくれて嬉しいよ」
彼の名前は吉川だ。俺と同世代の男で、たぬきみたいにずんぐりむっくりした体型だった。
彼の職業は社長だ。愛知県を根城にした飲食チェーン店のオーナーであり、最初の一号店をオープンするころから、うちの会社の業務用食洗器を導入してくれた。
そのおかげで、二号店、三号店と店舗が増えるごとに、うちの食洗器を導入してくれた。本当にありがたいことである。
「吉川オーナー、ご結婚おめでとうございます」
「堅苦しいなぁ。ギャンブル仲間じゃないか、井上さん」
実はギャンブル仲間だった。彼は競馬が大好きだ。となれば、もっと売り上げを増やして個人馬主になってやると息巻いていた。
現時点の売り上げでも個人馬主資格は満たしているのだが、安定して多数の馬を維持できるかといわれたらそうではない。
だからもっと商売を拡大させたいわけだ。会社の利益と社長の夢が同居しているわけだな。
「個人馬主になるためには、もっと資金が必要ですからね。がんばってください」
「がんばるとも。いつかダービーを勝つんだよ。夢なんだ、自分の馬がダービー馬って呼ばれることが」
かっこいい夢だと思う。俺も競馬好きだから、彼の目標はよくわかる話だった。
式は順調に進んでいた。やっぱり名古屋はなにをやるにも派手だな。出席者たちも催し物をやっていて、金色の装飾が多かった。
ネット情報によれば、どうやらおもてなし文化の一面が強いようだ。つまり出席者たちに楽しんでもらうために、あの派手な演出をしている。
ならば楽しんだほうがいいんだろうが、カルチャーショックを受けてしまって、面食らうばかりだった。
それはそれとして、会場がそこそこ冷えていたこともあって、俺は式の合間にトイレに行った。
その帰り道、新郎新婦が深刻な顔で口論しているところに出くわした。
「なんで馬主になってはいけないのさ」
「だってギャンブルなんてよくないもの」
新郎は競馬好きで個人馬主になりたい。新婦はギャンブル嫌いだから馬主になってほしくない。
なんで彼らは結婚したんだ?
と思わざるを得ないが、まぁ賭け事の価値観以外のところでは相性が良かったからだろう。
新婚の内輪話なんて、俺みたいな部外者がいちいち首を突っ込むところじゃない。さっさと会場に戻ろうとしたら、がしっと新郎の吉川オーナーに腕をつかまれた。
「井上さん、うちの妻にいってやってくれ。競馬がいかに素晴らしいのか」
えっ、俺が説得するの???
嫌だなぁ。これは損な役回りだと思うよ。でもなんかそういう空気になってしまったし、ちょっとだけ語ろうか。
「新婦さん、落ち着いて聞いてほしいんですが、競馬はただの賭け事ではなくてですね。国民的な行事であり、強い馬の持ち主は尊敬されるんですよ」
「でもギャンブルじゃないですか」
はい、その通りでございます。
未成年は賭けられないし、接し方を間違えると依存症になるわけで、アルコ―ルと一緒だな。
はぁ、やっぱりこれはそんな役割だよ。ギャンブルがダメな人はとことんダメであり、理屈より生理的な嫌悪感が先にあるので、説得なんて無理なのだ。
でも吉川オーナーはお得意さんだしなぁ。なんとか新婦を説得したい。
「では発想を変えて、吉川オーナーがさらに商売を拡大して、圧倒的な収入を得られれば、新婦さんが考えている懸念事項はあらかた吹き飛ぶでしょう?」
「それはそうですけど……」
という返事のおかげで、新婦がどうして馬主になることを拒絶しているのか詳細につかめた。
ギャンブル=生活破綻というイメージで語っているのであって、賭け事そのものを全否定しているわけじゃないのだ。
つまり宝くじやスポーツくじであれば普通に買うタイプだ。
ここが突破口だ。営業で鍛えた口先スキルでたたみかけるんだ。
「新郎の吉川オーナー、もっともっと会社を大きくしてスーパー金持ちになりましょう。そうすれば新婦さんも生活の心配がゼロになるから、個人馬主になることを受け入れてくれますよ」
吉川オーナーは、ちらっと新婦を見た。
「スーパー金持ちになれば、問題ない?」
新婦は、やや不満を残しつつも、こくりと無言でうなずいた。
問題解決。どうやら俺の役割は終わったようだ。
あとは新婚夫婦の時間だから、会場に戻ろう。
結婚式が終わったあと、吉川オーナーが俺のところにきた。
「助かったよ井上さん、おかげで妻を説得できた」
まるで金鉱を発見したぐらい明るい笑顔であった。よっぽど新婦を説得できたことが嬉しかったんだろう。
「それは本当によかった。あとは名馬を手に入れて、ダービー勝つことですね」
「勝つさ。夢をかなえるんだ。子供のころからの夢を」
夢はいいよな。俺もwin5かdokanto7を当てることが夢なんだ。
さて、オーナーだけではなく、結婚式に出席していた他業界の関係者たちにも挨拶を終わらせたので、俺は板橋に帰るために駅に向かって歩き出した。
そうしたら、吉川オーナーがやや大きな声で俺にこういった。
「もっともっと会社を大きくしたら、すべての店舗に井上さんのところの食洗器入れるからねっ!」
「ありがとうございます」
どうやら俺の出張は大成功したようだ。




