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開戦

太陽は頭上にあり、影は足元に押し込められていた。

森の縁に伏せていたアルト隊は、限界まで張り詰めた空気の中でその瞬間を待っている。


誰も言葉を発しない。

鎧の内側を伝う汗や、剣の柄を握る指先の感触ばかりがやけに鮮明だった。


アルトは前方の砦を見据える。

崩れかけた石壁は廃砦と呼ぶには妙に整っており、門は固く閉ざされているにもかかわらず、その内側には確かな気配が潜んでいた。

 

来る、そう確信した瞬間、アルトは手を振り下ろす。


「――進めッ!!」


次の瞬間、部隊は一斉に森を飛び出した。

草が踏み潰され、土が跳ね、隊員達の足音が一つとなって砦へ向かっていく。


しかし、その突進を待っていたかのように、砦の手前に広がる低い丘の陰から山賊たちが姿を現した。


「敵襲だァ!!前に出ろ、外で止めるぞ!」


叫びと同時に、百を超える山賊が門前に展開してくる。

武器も装備も統一されていないが、迎え撃つ意志だけは明確だった。


アルトは即座に号令を飛ばす。


「第一列、盾を上げろ!隊列を崩すな!」


前列の学生たちが盾を構えた直後、山賊たちが勢いのまま突っ込んでくる。

距離は一気に詰まり、次の瞬間には剣と盾がぶつかり合う激しい衝突音が響いた。


金属音が連続し、衝撃が腕から肩へと突き抜ける。

目の前の山賊が斧を振り下ろしてきたが、その動きは荒く、軌道も読みやすい。

アルトは剣でそれを受け流し、体勢を崩した相手に踏み込みながら一閃を叩き込む。


横では学生の一人が押し負けかけていたが、アルトが間に入って体ごと押し返すことで隊列の崩壊を防ぐ。


「横を詰めろ!間を空けるな!」


指示に従い、周囲の兵が素早く位置を調整する。

次第に戦線が整い始めると、個々の力任せに戦う山賊たちは徐々に押し返されていった。


一歩、また一歩と前へ出るたびに、山賊側の足が下がっていく。


「そのまま押し込め!」


アルトの声に応じて部隊はさらに前進した。

ついに砦の門前まで山賊たちを追い詰めた。

だがその瞬間、砦の内側から怒号が響く。


「戻れ!中に入れ!」


山賊たちの動きが一変し、一斉に後退を始めた。

門が内側から開かれ、彼らは雪崩れ込むように砦の中へと引き上げていく。


「逃がすな、追え!」


アルトは踏み込むが、距離がわずかに足りない。

最後の数人に刃を届かせる前に――


「閉めろォ!!」


轟音とともに門が叩きつけられるように閉じられた。

あと一歩というところで完全に遮断され、外に取り残された山賊の悲鳴だけが短く響いて消える。


アルトは息を飲み、閉ざされた門を見上げた。


その直後だった。


「上だ! 来るぞ!」


壁の上に並んだ人影が一斉に弓を引き絞り、同時に魔法の詠唱が始まる。


次の瞬間、無数の矢が空を裂いて降り注ぐ。

さらに炎の塊が軌跡を描いて落下してきた。


「盾を上げろ! 密集するな、散開しろ!」


盾に矢が突き刺さる衝撃が連続し、腕が痺れる。

それでも防ぎきれない矢が隙間を抜けて兵を打っていく。

後方で誰かが倒れる音がした。


炎の魔法が着弾すると同時に爆ぜ、熱風と土煙が周囲を包み込む。

密集していると焼き払われる。

部隊はやむを得ず間隔を広げた。

その分だけ防御は薄くなり統制もわずかに揺らぐ。


アルトは歯を噛みながら壁を見上げた。


砦の壁は高く距離も遠い。

上からの攻撃に対してこちらは十分に対抗できない。

結果として一方的に削られる形になっている。


「弓隊、前へ出せ!」


反撃として矢を放たせるが、角度が足りず壁に弾かれるものが多い。

魔法も同様に威力が削がれており、命中しても決定打にならない。


(……通らない)


明らかに何かがおかしい。

だが、それを検証する余裕はない。

攻撃は続き、被害だけがじわじわと増えていく。

アルトは一歩退き、状況を見渡す。


「距離を取れ。無理に近づくな」


これ以上の接近は損耗を増やすだけだと判断し、部隊を後退させる。

距離を取れば敵の精度も落ちるが、それでも完全には止まらない。


最初の勢いはすでに消えていた。


押し切るはずだった戦いは、門が閉じられた瞬間に形を変えた。

互いに決め手を欠いたままの消耗戦へと移行している。

アルトは深く息を吐いた。



――日差しは強く、地面からの照り返しがじわじわと体力を削っていた。

カインは側面部隊の中衛に位置しながら、前方に見える砦の輪郭と、その周囲の地形を同時に観察している。


森を抜けた先は緩やかな傾斜地で、隠れる場所は少ない。

その分、敵の動きも見やすいが、同時にこちらも見られているという前提で動く必要があった。


視界の端で、正面のアルト部隊が動き出すのが見えた瞬間、カインは短く息を吐いて判断を下す。


「前進。速度は維持しろ!隊列は崩すなよ!!」


抑えた声での指示だったが、学生たちはそれに即座に反応する。

一定の間隔を保ったまま側面から砦へと回り込んでいく。

初動としては悪くないが、問題は接敵してからだった。


予想通り、丘の影から山賊たちが姿を現す。

数は正面より少ないものの、それでも数十規模で、こちらの進路を塞ぐには十分な戦力だった。


「止めに来たか……いい判断だな」


小さく呟きながら、カインは距離と速度を計算する。

こちらが勢いのまま突っ込めば、逆に隊列が崩れる可能性がある。


「前列、受けるぞ。無理に押すな、受けてから返せ」


盾が上がり、直後に衝突が起きる。

剣と盾がぶつかる音が連続し、土が蹴り上がるが、学生たちは命令通りに踏みとどまり、無理に前へ出ようとはしない。


その動きを確認して、カインはわずかに頷く。


(落ち着いてるな……これなら崩れない)


山賊の攻撃は荒く、個々の勢いに頼っている。

受けてから返す形を維持すれば徐々に優位に立てる。


「右側、詰めろよ。そこが空くと抜かれるぞ」


細かく修正を入れながら、全体のバランスを維持する。

前に出るのは簡単だが、それで崩れては意味がない。

数合のやり取りのあと、山賊側の動きに鈍りが出始める。


「押すぞ、前進」


今度は一歩ずつ前へ出る。

圧をかける形を変えることで、山賊たちの足が徐々に下がる。

このまま押し切れると判断した瞬間、砦側から声が飛んだ。


「戻れ! 門を開けろ!」


山賊たちの動きが一斉に変わり、統制された撤退が始まる。


(やっぱり中に引くか)


カインは追撃の判断を一瞬で否定する。


「追うな、隊列維持!」


追えば崩れる。

門際で乱戦になれば損をするのはこっちだ。


山賊たちは門へと流れ込み、内側へと消えていく。

そして重い音とともに門が閉じられた。

その直後、壁の上に人影が並び、弓と魔法の構えが見える。


「来るぞ、盾を上げろ!間隔を取れ!」


矢が降り、魔法が炸裂する。

側面からであっても攻撃は正確で、散開していなければ一撃で複数が巻き込まれる威力だった。


「密集するなよ、広がるんだ!ただし離れすぎるな」


相反する指示を同時に求められる状況だが、ここで統制を失えば崩壊する。

学生たちは戸惑いながらも、一定の間隔を維持しようと必死に動いている。

カインは攻撃の軌道を冷静に観察する。


(……精度が高いな)


ただの山賊ではない。

少なくとも、訓練された弓兵と魔導士が混ざっている。


「弓隊、反撃しろ」


矢を放つが、壁に当たった瞬間に威力が削がれているのが分かる。

魔法も同様で、命中しても決定打にはならない。


「……通りが悪い」


門だけでなく、壁そのものに防護が施されている可能性が高い。


「挑発を入れろ、門を開けさせろ」


怒声や矢で揺さぶるが、砦側は一切応じない。

完全に守りに徹している。


「……開かないか」


カインは小さく息を吐く。

この状況では無理に攻めても損耗が増えるだけだった。


「距離を維持しろ、無駄に近づくな」


部隊をわずかに後退させ、攻撃の精度を落とさせる形に持っていく。


戦場全体を見渡すと、どの方向も同じように膠着しているのが分かる。


(アルトも同じ状況だな)


そしてもう一つ。


(ユウなら、どう崩す)


この状況を前提に、次の一手を考えているはずだった。

カインは視線を砦へ戻す。

この戦いは、最初の衝突で終わる類のものではない。

じわじわと削り合い、判断を誤った側が崩れる戦いになる。

だからこそ、焦る必要はない。


「持久戦になるぞ、慌てるな」


自分に言い聞かせるように呟きながら、カインは部隊の動きを維持し続けた。



――空は晴れ渡り、視界は良好だった。

戦場としては申し分ない条件だ。

クラウスは砦を見上げた瞬間に違和感を覚える。


石壁は崩れている部分もあるが、要所は明らかに補修されており、単なる廃砦とは思えない整い方をしている。


(報告と違うな……だが)


それでも戦力差は覆らない。

正面から押し切れると判断している以上、細かい違和感に引きずられる理由はなかった。


「前進。正面で押し潰す」


短い命令とともに、若年騎士たちが前へ出る。

学生とは違い、踏み込みに迷いがなく戦闘の入りも速い。

その動きに応じるように砦前の影から山賊たちが現れた。


「外で迎え撃つ気か」


クラウスは剣を抜く。

相手は散開しながら前に出てくる。

しかし、統制は弱く個々の判断で動いているのが見て取れる。


(この程度なら問題ない)


「蹴散らせ」


命令と同時に接触が始まる。

剣がぶつかり、火花が散る。

山賊の攻撃は荒く、軌道も単調で読みやすい。

クラウスは相手の剣を受け流しながら体勢を崩し、そのまま喉元へ刃を滑り込ませる。

抵抗は短く、すぐに崩れ落ちる。

周囲でも同様の光景が繰り返されており、若年騎士たちは確実に敵を削りながら前進していた。


「そのまま押し込め」


圧を維持し、後退する山賊を追い詰めていく。

統制の差は明確で、このまま門まで押し切れると判断できる状況だった。

だがその瞬間、砦から撤退の指示が飛ぶ。


「戻れ! 中へ!」


山賊たちが一斉に引く。


(逃げるか……だが遅い)


クラウスは追撃を指示する。


「前進、門まで押し込め!」


しかし、門までの距離はわずかに足りない。

山賊たちはそのまま砦の内側へと逃げ込んでしまう。

直後に門が閉じられ、重い音が響いた。


「……間に合わなかったか」


その結果を冷静に受け止めると同時に、次の展開を読む。

壁の上に弓兵と魔導士が並ぶ。


(最初からこの形か)


矢が降り、魔法が炸裂する。


「散開しろ、無駄に固まるな」


騎士たちは即座に応じ、間隔を取りながら被害を最小限に抑える動きを見せるが、それでも攻撃は止まらない。

クラウスは反撃の様子を観察する。

矢も魔法も、壁に当たった瞬間に威力が削がれている。


「防護がかかっているな……門だけじゃない」


門への直接攻撃を試みた部隊も、思うような成果を上げられずに押し返されている。


「下がれ、無理にこじ開けるな」


即座に判断を切り替え、無駄な突撃を止める。

距離を取り、被害を抑えながら状況を見極める形へ移行する。

砦全体を見渡すと、守備の動きは統制されており、単なる山賊の拠点とは思えない練度を感じる。


(廃砦などという話は、完全に誤りだな)


情報の齟齬を認識しながらも、感情は表に出さない。

ただし、内心ではわずかな苛立ちが生まれていた。

正面突破で終わると考えていた戦いが、想定以上に手間のかかるものへと変わっている。


(だから分散など無意味だと……)


そう考えかけた思考を、一度止める。

現実として、押し切れていない。

それがすべてだった。

クラウスは剣を下ろし、砦を見上げる。

攻めても崩れず、削っても決定打が出ない状況。

戦いを長引かせるだけでなく、指揮官の判断力も試してくる。


(面倒な戦いだが……)


完全に否定はしない。

むしろ、この状況でどう崩すかという点に、わずかな興味が生まれていた。

戦いは短期決戦では終わらない。

時間をかけて削り、崩す戦いへと変わった。

クラウスは静かに息を吐き、次の展開を見据えていた。

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