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第三十一話 シナモンの匂い

 喜多村の家はモールから比較的に近いので二十分弱歩きで到達した。


 一昨日のまねをするように喜多村の家に着くが早いか彼女の部屋に入る。喜多村は彼女のベットに横になると俺はローテーブルに座り、背中がベットにもたれかかった。


「川宮先輩」


「ん?」


 呟きで俺の名前を呼ぶと彼女に視線をやり、喜多村の次の言葉を待つ。


「まだ帰らないでください」


「いや、そろそろ暗くなるぞ」


「分かってるんです。けれど、せめて、わたしは眠りにつくまでわたしのそばでいてくれるんですか?」


 喜多村の言葉だけではなく、彼女の顔も一人でいたくないと言わんばかりだった。


 彼女の依頼を否定したくても出来ない。


「分かった」


 俺はため息をつきながら天井を眺める。この静かな家で喜多村の息のみ聞こえる。あらためて彼女を見ると問いを投げかける。


「喜多村って、なんであんなやつといたのか?」


「実はね、一ヶ月くらい前に彼とエッチやったんです。川宮先輩は見た通り馬鹿な人なんです」


「それならどうして?」


「言い訳にしたくないけれど金曜日のあれゆえにあの人とまたエッチをやるにした」


 喜多村そう言うと俺は金曜日のことを思い出す。彼女のキス、そして俺の断り。


「あの人の名前さえ覚えないんです。ただ連絡先のリストで一番目見つけたんです」


「そうか」


「わたしは馬鹿なんですね」


「そうだな」


「川宮先輩はそれを否定したかったんですけれど」


「あ、悪い。けど、それは嘘でもないな」


「確かにですね」


 喜多村はそう言って笑うと俺も笑った。


 彼女は俺を見ると言葉を継ぐ。


「川宮先輩はなんでそこにいたんですか?」


「トイレから出たところお前を見たから追いかけたぞ」


「なんでモールにいたんですか?」


「家族とアイスクリームに行った」


「家族となんですか? いいんですね」


 喜多村は皮肉げな笑みを浮かべ、前腕で彼女の目を覆って、涙が頬に伝った。喜多村の涙に呼ばれたみたいで二匹の猫が部屋に入ってきた。他でもなく、喜多村の二匹の猫、みやとりょうやだ。


 猫たちはベットに上り、喜多村を抱きしめるように彼女の両側で横になった。


「みや、りょうや」


 そう言いつつ二匹の猫の頭を撫で、微かな笑顔を浮かべると瞼を閉じた。


 数分が経つと眠りについたと分かって、深いため息をつく。そうすると、シナモンの匂いが俺の鼻腔をくすぐった。


 部屋を出る前に喜多村の寝顔を見て、彼女は本当に綺麗だと思いながら部屋をあとにした。


 喜多村の家から結構離れたところでも、まだシナモン香料の匂いが俺の鼻腔をくすぐっている。そして、喜多村のことを思い出す。彼女は今あの家に―あの部屋に一人で寝ている。喜多村が目覚めるときにも同じ匂いがするかもしれない。


 まるで、そのシナモンの匂いは喜多村の寂しさの証みたいなのだ。

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