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第9話 『誰か』の存在

 フィリムもラミリアもすでに死んだ。


 俺の知り合いはもうこの世界にはこのクソ女――フォルミドしかいなくなった。

 もう生きる希望なんて残っちゃいない。


「おい、フォルミドとか言ったな。どうせ俺も殺すんだろ。早く殺れよ」


 フォルミドはこれまでにないほど笑んでおり、上機嫌に答えた。


「私死にたい人を殺すのは趣味じゃないのぉー」


 その時、どこからか突然声が聞こえた。

 その声はあまりにも小さく、何も聞き取れなかったが確かに声が聞こえた。


「……は?」


「だから趣味じゃないのよぉ!」


 ――違う、こいつの声じゃない。

 もう気味が悪い。早く俺を殺してくれ!


(だ…! もっ……い……と……て……い!)


 聞き取れない、どこから聞こえるのかもわからない。

 でもなぜか生きたいという欲が、体の奥の深くから湧き上がってきた。


 ――俺は生きたい……、のか? 誰もいないこの世界で? なぜ……?


 俺の中から湧いてきた感情なのに、俺は湧いてきた理由も俺が本当に思っているのかさえ分からないでいた。


(もうちょっとだけ待ってください! すぐ助けが来ますから!)


 ――あぁ。これは幻聴か。助けに来るなんて……、もうすでに遅いし。

 ごめんフィリム、ラミリア。俺まだ生きたいって思っちゃってるよ。ごめんな……。


 ラミリアの白い腕、白金の髪、美しい体……。すべてが床に、赤い絨毯とかした血の上に無造作に転がっている。

 フィリムが着ていた服も今は血一色に染まっている。


 それらに視線を向ける度、負の感情が大きな波となり俺を飲み込む。


 もうこの世界から解放されたいと思えるはずなのに、思えない自分がいる。

 あたかもその思考をブロックされているかのように、死にたいと考えられなかった。


 ――ふざけんなよ! 幻聴まで聞こえて……。死にたい! 俺は死にたい!!


 無理やり死にたいと思えるように自分にそう言い聞かすが、心の奥では生きたいという感情が湧き出し続ける。

 

 その湧き出す感覚はとても奇妙な感覚で、まるで誰かの感情が俺の心に反映されているようだった。


 俺の感情に反して湧き上がる不思議な感情。それにどこからか聞こえる誰かの声。


 ――俺の中?

 

 いやありえない。

 人の中に人がいるなんて。


「どぉうしたのよぉ? 生きたくなるまで待っててあげるわよぉ」


 フォルミドはうずうずした様子でそう言った。



 突如、後方――玄関と前方――奥の部屋のほうから物が一瞬で破壊されたな大きな音が響いた。


 俺は反射で目をつぶったが、開けたときには目と鼻の先にある加速したナイフと焦り気味のフォルミドの顔が視界に入った。


 俺は再度目をつぶったが、残念ながら体の感覚はまだあった。

 部屋には金属と金属が勢いよく当たった高い音と、削り合いきしみあう嫌な音が響いている。


 目を開くと眼前には刃物が2本。

 俺を斬ろうとするナイフとそれに抵抗する――これは剣だ。


 2つのそれらは互いに火花を立てあい、擦れ合い、押し合っている。

 俺は驚きで一瞬固まったが、うしろの襟を勢いよく引かれ、抵抗する暇もなく壁際に寄せられた。


「――ぅ! ――ゲホ!ゲホ!」


 俺はむせつつ現状を把握しようと視界を巡らす。


 今部屋にいるのは4人。

 まずは俺、それにフォルミド、さらにおっさんと耳の長い――エルフの男。

 先程の俺を守ってくれた剣はおっさんのだ。俺を壁に寄せたのがエルフの男。


 フォルミドは少し顔に焦りの色を見せているが、おっさんに目にも止まらない猛攻を仕掛けている。

 だが対するおっさんは両手に持った2つの剣で焦りの色を見せず、けれど真剣にフォルミドの攻撃をいなし、時にはかわしている。


 エルフの男は俺のそばでいつでも動けるような態勢でいた。


 しばらく同じ状況が続いたが、おっさんが攻撃態勢に入るとフォルミドは「化け物ね……」と言って、息を荒げながらとんでもないスピードで穴の開いたこの家から姿を消した。 

 おっさんもエルフもフォルミドを追いかけようとはしなかった。


 俺はただ闘っている姿と逃げていく背中を見ていることしかできなかった。


 彼らはフォルミドが去ってから、あたりを見回し倒れ伏しているラミリアを見つけると寂寥に目を細め俯いた。


 俺の体は引き寄せられるようにラミリアの側へ寄り、片方の腕で彼女の体をそっと抱き寄せた。

 その体は全く力が感じられず、重力に従い下へ下へ行こうとする重い人形のようだった。

 俺にとってはそれが何よりもショックで、力の入っていないだらりとした体をただただ抱きしめることしかできなかった。


「ラミ、リア……。なんで、君がこんなことに……」


 俺の目からは今日何度目かわからない涙が、確実に人生で1番多く、そして長く出続けるのだった。


 泣き疲れたのか、俺は血だらけの服だけとなったラミリアとフィリムを腕の中で抱きながら、ゆっくりと意識を手放した。


読んでいただきありがとうございます。

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