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第21話 部屋でフィリムと

 ラミリアと別れた俺はフィリムの部屋へと向かった。


 扉の前に立った俺は音のない静かな廊下の中で緊張に震えていた。


 俺は意を決して扉を叩いた。

 返事はすぐに返ってきた。


「はーい」


 少し無邪気さが感じられるその返事に俺は胸が痛くなった。


 扉を開けて入ると、机に向かい勉強をしているフィリムの姿が目に入った。

 フィリムはその手を止め俺を見て、驚いたような顔をした後微笑みながら言った。


「ミナト? こんな時間にどうしたんですか?」


「ちょっと話があってな」


 俺はベッドに腰をかけながらそう答える。


「話ってなんですか?」


 フィリムは首を傾げた。


「その、謝りたいことがあって……」


「謝りたいこと?」


 俺の曖昧な答えにフィリムはさらに首を傾げた。

 俺は頷いた。


「ああ。約束を守れなかったから……」


「約束?」


「あの、ずっと一緒にいるって約束……、守れなくて――いや、破ってごめん」


 俺がフィリムの言葉を約束として結んだんだ。

 だから俺が結んだ約束を、俺が破ったということになる。


 俺は約束を結んだはずなのに、話し合うこともせず衝動的に逃げ出した。

 俺は彼女が本意で情報を売ったわけではないことを知っている。むしろ売りたくないと思っていたはずだ。

 なのに俺はフィリムの理由も何も聞かず結果だけを重視して、いとも簡単に約束を放棄したのだ。


 仕方なかったはずだ。フィリム自身も後悔しているはずだ。

 もちろん殺人に加担することはしてはならない。けどその選択をせざるを得ないことだってこの世界ならある。


 俺は甘く見すぎている。

 この世界にはそういう面が当然のようにある。それを考えていなかった。

 いや、そうであってほしくないという俺の理想をこの世界に押し付けていたのだ。


 だから逃げた。


 フィリムのことなんか一切考えずに逃げた。

 他人の事情なんか考えていないから、俺は逃げれてしまったのだ。


 結果フィリムは1人孤独に殺された――。


 俺には逃げられ、ただ追いかけることしかできなくて……。


 もしも生き返ることがなかったら、俺はそんなフィリムが最期何を思ったのか想像して、後悔と自分への嫌悪感と何より惻隠の情に一晩中涙することだろう。


 たとえ約束を守ってともに死んだってよかった。

 最期、孤独に殺されたフィリムの気持ちを考えれば、そばにいてやりたかったと本気で思える。


 それくらい俺はフィリムに深い傷を負わせてしまった。


 だから面と向かってきちんと心から謝る必要がある。


「本当にごめん。フィリムの事情も何も考えてなくて……」


 俺の手は震えている。

 でもこんなのはフィリムの受けた傷を思えば当然のことだ。


 俺の身勝手な行動のせいで、誰かが――ラミリアがフィリムから逃げても助けてくれると思ってしまった俺の考えのせいで、フィリムは苦痛とともに死んだのだ。


 それを想像するだけで、俺の手の震えはもう止まらない。

 膝の上で手を強く握ってもそれは変わらなかった。


 その時フィリムがそっと俺の手を包んできた。


 俯いて膝の上に置いた手を見つめていた俺は、驚いて視線を上げた。

 そこにはフィリムの優し気な笑顔があった。


「そんなに気に病まないでください」


 フィリムの声は俺の手を包む彼女の手のように温かく、俺を優しくネガティブな思考から解放してくれた。


「もとはと言えば、私が人殺しの助けをしてしまったのがいけないんです。ミナトに悪いことなんてありません」


「でも――」


「――確かに心細かったです。これ以上ないほど痛かったです。……でもこうして今ミナトと話せていることだけで私は満足なんです」


 俺の言葉をかき消してフィリムはそう強く言った。


 その顔は笑顔だがどこか達観しているようで、初めて会った時と比べ物にならないくらい成長していた。


 そして俺は気付いた。

 フィリムは前を向いていることを。

 それなのに俺は過去ばかり気にしていることを。


「……ありがとう」


 ベッドに座っている俺の前で、微笑んでいるフィリムに俺は微笑み返した。


「私、ラミリアとお話ししたんです。その時に、ミナトが家を飛び出したときから思っていたんですけど、確信しました。あんな優しくて温かい人を死なせようとしてしまった私が、たとえ事情があっても悪いんだと――」


 フィリムは少し改まった顔をしてそう言った。


「だからミナトにも……。ごめんなさい」


 フィリムのその言葉には彼女の強い心がこもっているように感じられた。

 だから反論するとフィリムの気持ちを否定することになる。

 なので俺は何も言わず、優しく彼女の手を包み返した。


「…………。これで謝り合ったからおあいこだな」


 俺はけじめをつけられたと安堵しつつ微笑んだ。


 するとフィリムが俺に近づいてきて――。


 唇を奪われた。


「――!?」


 俺が現状を把握して驚いた時には、フィリムは俺から離れていた。


 俺の唇にはまだ、柔らかいその感覚が残っていた。

 俺は訳が分からず、ただ自分の唇に軽く触れた。


「え?」


 俺がそう問う先に立っているフィリムは、なぜか寂しそうな顔をしている。


「ごめんなさい――。これが最初で最後ですから……」


「…………」


 俺はもうフィリムが何を言っているのかわからなかった。


 なぜ今こんなことをしたのか。

 何が最初で最後なのか。


 答えはすぐに分かった。


「――好きです」


 フィリムは今にも泣きだしそうな顔で、でも微笑んでそう言った。


 俺はフィリムを見つめたまま固まった。

 そして何も言えなかった。


「答えは、いりません……」


 フィリムの目には涙が溜まっている。

 でもそれは流れはしない。


「わかっていました。ミナトはラミリアのことが好きなんですよね。……私よりも……。悔しいです。……今日もこんなこと言うつもりじゃなかったのに。もしかしたら、と思ってしまって……」


 フィリムは震える声でそう言い、何度か涙を拭った。


 俺は何も言えなかった。

 こんな時になんて言えばいいかなんて考えたこともないし、思いつかない。


 気が利いたこと1つでも言いたかった。

 でも言うべきことを考え続ける頭に対して、体は素直に動きたいように動いていた。


「――え?」


 驚くフィリムにかまわず俺はフィリムを強く抱いた。


 これは俺の気持ちだ。


 フィリムという存在に俺は何度も助けられた。

 だからこの関係がずっと続いてほしかった。

 壊れてほしくなかった。


 フィリムは俺のなかで特別な存在だ。

 だから離れてほしくなった。


「俺はラミリアが好きだ」


 言い切った俺の言葉にフィリムは体を震わせて、小さくうなった。


「――でも、フィリムのことも大好きだ。それは比べられない。フィリムは俺にとってラミリアとは違う意味で特別で大好きな存在なんだ」


 物心ついてから始めて言う「大好き」という言葉。

 それは俺からなんの抵抗もなくすんなりと放たれた。


「お兄ちゃん……」


 ――ん?

 なんかおかしな言葉が聞こえた気がする。


「ん?」


 俺は聞き直した。


「お兄ちゃん」


 ――急にいい展開が傾いてきたぞ、おい。


「俺が?」


「そうです」


 ――嘘だろ。


「特別な存在ならミナトは私のお兄ちゃんです」


 フィリムは謎理論を展開しつつ、俺が腕から解放しても横にくっついてきた。


「いやいや、意味わかんないから!」


「ダメ……ですか?」


 フィリムは上目づかいで訴えてきた。

 この言葉を拒否できるほど俺の心は鍛えられていない。


「うっ――。い、いや、いいけど……」


「――ありがとうございます!! 最初からこうすればあんなに悩む必要なかったのに。これでラミリアよりミナトとの距離を……コホン」


 ――訳が分からん。


 でもいつの間にか俺の中からもやもやした気持ちの悪いものは、きれいさっぱりなくなっていた。


お読みいただきありがとうございます。

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