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男爵令嬢と結末


 悪役令嬢の引き立て役を降りると決めたその日の夜。


 何故か、知らない部屋に拘束されていた。

 真っ暗な部屋の中に転がされている。ベッドか何かの上なのか、柔らかいのが唯一よかったことだ。だけど、手は後ろ手に縛られ、足も同じく縛られていた。ごろごろごと転がることはできるが起き上がることはできない。


「なに……?」


 混乱して呟けば、扉が開いた。音のした方を見たが、暗くて誰だかわからない。わからないけど、知っている人だと言うことはなんとなくわかった。


「あ、起きた?」


 姿は見えなかったが、艶やかなその声にはっと顔を上げた。


「ユーリ?」

「正解。早く僕の所に来てほしかったけど、そんなことを言っていられなくなったんだ。乱暴にしてごめんね?」


 うん?

 なんだか意味が分からない。

 というか、この状況がわかっていない。


 理解が追いつかず黙っていれば、わたしの戸惑いが分かったのか小さな笑い声がした。


「今明かりをつけるから」


 ぱっと部屋の中が明るくなる。突然明るくなって眩しい。柔らかな暖色系の光に目を細めた。

 目が慣れると、部屋の様子が見えてきた。

 広い部屋には何人も寝れそうな広いベッド、高級な調度品。

 どうやらここはユーリの寝室のようだ。でも、学園の寮とは思えない。


 ユーリはすぐ側に腰を下ろした。ユーリの重みにベッドがきしんだ。ゆっくりと彼の手が近づいてきて、わたしの頬に触れた。彼の手は少し冷たい。熱を感じない手で頬が撫でられた。


「あんなにも誘ったのに、どうして僕を選ばないの? 殿下の方がよかった?」

「殿下?」


 いやいや、今も昔もユーリだけよ。わたしの中のシャーロットは。他を見てもカボチャかわかめに見えるし。

 それに殿下はない。まだ護衛の方なら考えてもいいけど、ヤバそうな変態は嫌だわ。


「あれ? 僕の勘違い?」


 何を勘違いしたのだろう?

 疑問が尽きないが、とりあえず、この拘束を解いてほしい。尺取虫のように動きながらユーリに近づいた。


「これ、外して」


 ぐるりと背中を見せ、手をひらひらさせる。ユーリは驚いた顔をした。


「外してほしいの?」

「外してほしくないと思った方が疑問よ」

「シャーロットは縛られた方がいいかと思って」

「ナニソレ」


 疑問に思うところじゃないだろう。込み上げる怒りを押し殺しながら、もう一度要求した。


「これ、外して」

「逃げない?」

「逃げないわよ」


 こんなチャンス最後だし。ユーリは小さく息を吐いてから、わたしの腕の縄を解く。ようやく自由になったが、腕は痺れているようになっているし、手は震えている。


「ごめんね。縄じゃなくて手枷にすればよかったね」

「……え」


 その言葉に、わたしは固まった。ユーリは全く疑問に思っていないのか、顔色の悪いわたしを覗き込む。


「純金製がいいと思うんだけど、殿下がそっちを用意してしまっていてね。違うものをちゃんと作るから」


 ちょっと待て!

 何で純金製の手枷やらの話になる!?


 嫌な予感がどんどんと膨らんできた。


 ここは友人の作った世界で、WEB小説サイトでランキング1位を取りたいがために苦手なテンプレを使用して、人気タグを入れて作った世界。


 でも、友人の得意分野は病んでいる系だ。熱烈なファンがいるほど、病んでいる系が好き。


 そして目の前には、友人が一番好きな要素を固めたユーリ。


「そんなにびっくりして、可愛い」


 何故か、ユーリはするりとシャツの前を開けた。理由は謎。

 でも、ばっちり腹筋が見える!

 見た目を裏切るバキバキ腹筋だ。ついついガン見してしまった。艶やかな肌に触れてみたい。許可をもらおうとユーリの顔へと視線を戻した。


「あの……」

「僕のモノだと印をつけておかないとね」


 ぐっと力で抑えつけられてベッドの上に転がった。


 しまった!

 バキバキ筋肉を要望してしまったが故に、ユーリの力が強い! 


 いや、わたしは今可憐な男爵令嬢シャーロットだから、この状況はむしろいいのか?

 いいのか!


「嬉しい」


 え、何が?


 自分の口が勝手に動いた。頬が熱く感じるのは、目が潤んでいるように思うのは、気のせいだと思いたい。


「ユーリ、大好きなの。ずっと一緒にいてほしいの」

「ようやく言ってくれた」


 わたしの意識が急激に遠くなった。

 自分とは違う誰かがシャーロットとして動いている。


 ああ、そうか。

 閉じこもっていたシャーロットが戻ってきたのか。


 え?

 わたしはどうなるの?












「よかった! 気がついた」


 目を開ければ、白い天井。そして点滴。


「お母さん……」

「あなた、車に轢かれて病院に運ばれたのよ! 意識が戻ってよかったわ」


 お母さんがこらえきれなくなったのか、泣いている。視線を動かせば、お父さんもいる。

 どうやら現実世界に戻ってきたらしい。


 安心したら急激に眠気が襲ってきた。そのままわたしは眠った。



******


 車に轢かれたと思っていたが、実際は轢かれていなかった。ただ避けた時に転んで頭の打ちどころが悪く意識不明だったらしい。それも数時間だという。


 今は念のため入院しているが、どこも悪くないのだから暇だ。


「こんにちは。気分はどう?」


 ぼんやりしていると、友人がお見舞いに来た。わたしの顔を見ると、あからさまにほっとした。


「暇すぎて、死にそう」

「そんなことを言えるんなら、大丈夫ね! よかった。心配したのよ」

「うん、心配かけてごめんね」


 素直に受け答えすれば、すぐに日常が戻ってくる。わたしは友人と楽しく話していた。


「ねえねえ、暇ならこれ読んで」

「えー」


 彼女が引っ張り出してきたのはプリントアウトされた紙。


「この間の一緒に作っていたのが書きあがったの」

「へえ」


 そういや、あの世界はどうなったんだろう。

 夢だったのか、わからない。


 紙の束を受け取ると、ため息をついた。


「あとで読むね」

「うん。ゆっくりでいいから、感想聞かせて」


 彼女はまた明日来るね、と言って帰っていった。暇すぎたわたしは、一人になると紙をめくる。


 第1話は前に読んだのとあまり変わっていなかった。


「……はあ?!」


 わたしは何度も何度も読み返した。どう読んでも、ユーリも王子も護衛も病んでいる。

 初めの方はそうでもなかった。テンプレ通りの様式美で始まっており、いじめや冤罪などが盛り込まれている。時々不穏な発言をする王子と怪しい動きをするユーリが引っ掛かるが、大したことはない。


 金の枷ではなく、金のブレスレットだし、従属の首輪ではなく、愛の首飾り。

 うんうん、愛情愛情。


 だけど。


「あの最後はこれが悪かったのね」


 最後の方に近づくと、友人の独自ワールドが展開され、何故かヤンデレに捕まる。でもシャーロットもまんざらじゃなくて、二人の閉じた世界で終わっていた。これってハッピーエンドじゃなくてメリバじゃないの。


 テンプレを使い、人気タグを盛り込んだランキングを目指した小説。

 完全に、失敗している。


 せめてヤンデレ臭を押えて、もっと溺愛系に傾けばいいのだけど。

 ヤンデレも溺愛も紙一重だ。手枷をリボンに、執着を独占欲に変えれば……薄まる? かな?


 そこまで考えて、ため息をついた。そもそも彼女はヤンデレが好きだ。これ以上の出来は期待できない。


「小説家の夢は遠い……」

 

 とりあえず明日、正直に言ってみよう。

 わたしは原稿をサイドテーブルに置いて、ベッドに横になった。



Fin.




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