救出劇
村まで1キロまで迫り緊張感が忠一の体を支配する。
道から外れた森に入りそこで暗くなるのを待った。日が傾き、あたりは徐々に暗くなっていく。
「いいか? ここで俺が帰ってくるまで待つんだ。 もし帰ってこなかったら逃げろ。分かったな?」
「帰ってきますよね?」
そう尋ねるコゼットの瞳には初めて会った時と同様、不安げな色が滲んでいた。
「大丈夫だ。ちゃんと帰ってくるから」
忠一は断言して弾薬のたっぷり詰まった背嚢をコゼットに預け、拳銃と最低限の弾薬と刀、そして手榴弾を弾帯に取り付ける。14年式自動拳銃と小銃の作動点検を行い、銃剣を取り付けゆっくり深呼吸する。
(転生してもやることは同じなのか...俺は)
忠一はそう自嘲し、村に向かって慎重に足を進める。
村の入り口付近にたどり着く頃には日はたっぷりと落ち、村の中にいくつかあるかがり火だけが周囲を頼りなく照らしていた。
草の茂みに身を伏せて双眼鏡で村内を覗くと何人かの男が道を歩いているのが見えた。みな一様に上機嫌なようであたりを警戒している様子はない。
しかし、村の入り口に高さ3メートルほどの粗末な木製の監視塔があり、短弓を手にした男が目を細めて周囲を伺っている。
(さて、どうする...)
考えながら監視を続けているとやがて1つの不思議な点に気付いた。
ある1つの民家に数人の男が入って行ったかと思うと30分ほどして軽快な足取りで出ていく。また少しすると先程とは違う男達が入り、同じく30分ほどして出て行く。これをすでに三度繰り返していた。
それにその民家から漏れる明かりだけ他の家よりも明るく、何かがあるのは確かだった。
監視等に特に気を配りながら、忠一は草むらの中をゆっくりと地を這いながら進む。時折男達の声や気配を感じる度に動きを止め慎重に絶対に見つからないように気を張った。家の中から女の悲鳴と騒がしい物音が聞こえ、忠一は嫌な予感がした。
目的の家の裏側に辿り着き、音も立てずに入り口まで回り込み中を覗き込む、その光景に忠一は思わず戦慄が走った。
一糸まとわぬ若い3人の女たちが涙を流し悲鳴をあげていた荒縄で後ろ手に縛られながらも髪を振り乱し必死に抵抗しようとしている。何度それを繰り返してたのだろうか、顔中に無数の涙の跡が残っていた。
それを5人の男達が残酷な冷笑を浮かべながら押さえつけていた。
その残酷な光景に忠一は頭で考えるよりも早く反射的に家の中に飛び込んだ。
一番入り口近くにいた男の背中を銃剣で貫く。
「が...あ? なんだこれ」
状況を判断できずに生き絶えた男を尻目に、抜いた銃剣を間髪入れずにすぐ隣の男の喉元に突き入れた。
鮮血が噴水のように吹き上がり、仰向けに倒されていた女の顔を真っ赤に染め上げた。悲鳴が巻き起こる。
「なんだてめえ! 畜生!」
ようやく状況を判断し、掴みかかろうと飛び込む賊の顔を銃の床尾で砕き、忠一は残る2人に突進する。
全ての男達が絶命したところでようやく忠一は大きく息を吐き出し、銃剣を取り外して女たちに近づいた。
「いや、やめて...殺さないで」
仰向けに倒れたまま歯の根が噛み合わず命乞いする女をゆっくり引き起こし、女の手首を固く拘束している縄を切ってやった。よほどきつく縛られていたらしく、手首には痛々しい青アザができていた。
「貴方...助けに来てくれたのですか?」
女たちが期待と不安を半々にした表情で訊いてくるが忠一はその質問に答える暇など無かった。
「いいか? 俺について来い。 離れるなよ。逃がしてやるから」
忠一がそう告げるのと同時に入り口から男の驚きと怒りに満ちた怒声が響いた。
「侵入者だ!! 女たちを奪う気だぞ!」
「くそ!」
忠一は振り向きざまに男の胸を撃ち抜き、初めて聞く銃声に身をすくめる女たちに叫んだ。
「ここから出るぞ!」
忠一たちが外に飛び出すと、先程の怒声と銃声を聞きつけた男達が左右の道から挟み込むように駆けてきた。いくら銃があっても対処しきれない。監視等から矢が飛び、忠一の?を掠めた。
「一度家に戻れ!」
忠一は監視等の男を撃ちながらそう叫んだ。女達が家に駆け込むのを確認し、手榴弾のピンを抜いて雷管を叩き左から駆けてくる男達に投げつけた。
爆発音と同時に男達が吹き飛ばされる。残った男達に銃を撃つが、2人残したところで弾切れとなる。装填している暇はない。
忠一は飛びかかってきた男の剣戟を紙一重でかわし、頚動脈を銃剣で切り裂いた。残る1人の剣を銃剣でなんとか受けきり、よろめいたところを蹴飛ばして仰向けに倒れたところにすかさず飛び乗り、何度も体を刺し続け殺した。
(これで全員か?)
「そこまでだ!」
ダミ声が響いた方に顔を向けると1人の賊が裸の女を盾にしてジリジリと忠一の方は向かってきた10メートルほど離れたところで立ち止まる。
「てめぇやってくれたじゃねえか」
他の賊よりも頭一つ体が大きく筋肉質な男で、恐らく山賊たちの頭領だった。
盾にされてる女は忠一が先程助けた女性たちとくらべてもひときわ綺麗で、恐らく頭領に個人的に嬲られていたのだろう。
「それだな...その杖で殺したってわけだ」
男がアゴで銃を指した。
「さあな...どうだろうな?」
忠一が努めて冷静にそう返答する。
「女どもを助けにきたんだろ!? この女を殺されたくなかったらその杖をこっちに投げろ!」
そう震える口調でがなり立てると手元の刀の切っ先を女に首筋に突き立てた。一筋の血が首をゆっくりつたい、女が悲痛な呻き声を漏らした。
「わかった! 投げるからやめろ!」
忠一が投げた小銃が男の少し手前に落ちると、男は盾にしていた女を突き飛ばし銃に飛びついた。
銃を拾い上げて向けるより早く忠一は拳銃を抜き、男に向かって立て続けに2発撃ち込んだ。肩と腹を銃弾が撃ち抜き、男が間抜けな悲鳴をあげ地面に転がる。
「返してもらうぜ。国から借りてるもんでな。勝手にはやれないよ」
息絶え絶えの男にそう吐き捨てて忠一は小銃を拾った。そもそも弾切れだったしこの男に銃の使い方がわかるわけないし、念のために投げる直前に安全装置をかけておいたので間違っても弾が出ることはなかったのだが。
「てめぇ...なにもんだ!」
死にかけながらも敵意を消すことなく男が叫んだ。
「お前に教えてやる名前はないな」
そう吐き捨て拳銃を眉間に向けてやると一転して男は情けない声で叫び始めた。
「や、やめてくれ! 頼む! 金はやるから! な!?」
忠一が、男に盾にされていた女を一瞥すると、女は今まで自分が受けた屈辱的な仕打ちを思っていたのか、悔しそうに唇を噛み締めながら俯いていた。肩を震わせ、涙が小さな水溜りを作っていた。
忠一は男に向き直り冷徹に宣言した。
「ダメだ」
タンッ!という小さな発砲音とともに男は動かなくなり、後には女たちの嗚咽だけが村に響いた。