夏が巡りくる
ずっと、覚えている。
声、容姿、誕生日、血液型。好きな映画、本の名前、色に音楽まで。一片も欠かすことなく記憶している。もう、零波のいた記憶の方が、他の記憶よりずっと少なくなってしまったのに。
目を閉じれば、あの日音楽室から流れた零波のフルートが聞こえてくる。
濃い、よなあ。
どうしてこんなに濃いのだろう。夏の空の色のような色。甘いような、苦いような、酸っぱいような……なんとも形容しがたい味がする。
中学一年の夏は、嵐のように通り過ぎていった。でも、夏が巡りくるたび、あの夏と数々の日々を思い出す。不思議。
「実結、雨止んだぞ」
晃太の声が聞こえた。窓の外に目を向けると、濡れた窓ガラスの向こうに淡く虹が見えた。
「わぁ、虹だ」
呟くと、晃太が反応した。
「何してんだよ。洗濯物干すんじゃねえの」
「あ、そうだった」
私はおもむろに立ち上がって、なんとはなしに部屋を見回した。
ここにもまだ、零波の思い出の欠片が散らばっている。時計、朝三世に夜四世、色褪せかけた数枚の写真。
「早くしろよ」
晃太が急かす。そういうところは変わらないのだ。
「分かったよ、今行くから」
私はドアを開けた。閉じる前に振り返る。
写真の零波が見えた。
「虹だってさ、零波。梅雨が終わるね」
部屋の中に、光が差し込んだ。
「また夏が来るね」
非常に読みづらい中、最後まで読んでくださってありがとうございます。
近々、読みやすいように一章を一話にまとめたいと思います。