Kneel Down Ye All Others 5
これまでとは比べ物にならない倦怠感と偏頭痛にまどろみながら、ソフィアは近づいてくる存在に意識を覚醒させていく。幸か不幸か"目覚めつつある"ソフィアの体は危機に対して敏感になっているようだった。
ゆっくりと開いたエメラルドの瞳に映るのは、ゆっくりと開かれる金属製の扉とみすぼらしい格好をした白人男性。
埃臭いソファから体を起こしながら、ソフィアは嘆息を漏らしてしまう。突然の来訪者に無理矢理覚醒した体は未だ怠く、より強くなった偏頭痛に歪む意識はまだどこか呆然としている。
それでも歩み寄ってきた"最後"は、そんなソフィアの様子に口角を歪ませていた。
「久しぶりね。この組織の呼び方に則って、ジジイとでも呼んだ方がいいのかしら――グレナ・ストロムブラード」
「久しぶりに会った実の父への言葉がそれか?」
「アタシくらいの年齢なら父親なんて疎ましいものよ。家庭を顧みないお父様には、分からないと思うけれど」
口先だけで不平を口にするグレナに、ソフィアは心にもない皮肉を口にする。父親と思えるほど、ソフィアはグレナの事を知らない。レイアにあれだけ恨まれていた母の事でさえ。
「まあ、いいだろう。今更親子として交わす言葉もあるまい。答え合わせを始めよう」
鷹揚に両腕を広げて切り出してきたグレナを、ソフィアはソファの背もたれに体を預けて睨みつける。
血を分けた父とはいえ、誰も彼もを手の平で躍らせていた男がソフィアには不愉快でしょうがなかった。
「結局、アンタの関心は会社にもアタシにも向いては居なかった。会社は自分とマザー・パス・ストロムブラードの実験のためのもので、アタシはただの被検体だった」
「正解。ではその関心は何に向いている?」
「人類の進化。ナノマシンはその踏み台にして、アタシという作品を仕上げるための。マザーと永遠の時を生きるための手段」
世界征服すら可愛いと思える両親の野望に、ソフィアはバカバカしいとばかりに首を横に振る。
あらゆるナノマシンを試す被検体にして、ストロムブラード夫妻が生みだそうとした不死者試験体であり、全ての煩わしさの受け皿。それがソフィア・ストロムブラードだった。
計画の全ては"Sheep Tumor"が無事ソフィアに定着した時から動き出した。
適応期間を終えたと同時に体に付属された機能達が起動し、"Sheep Tumor"を使う度に強力なものへと変化していく。発達した機能達はソフィアの肉体をより進化させていき、ストロムブラード夫妻の望む答えへの足掛かりとなる。
計画に修正が加えられたとはいえ、本筋に変更はなかった。
「正解、ではその手段と結末は?」
「新たなる神の新造。他の全てを圧倒的な力で支配し、マザーを殺されたアンタの復讐を成就し、道半ばで逝ったマザーの蘇生をする為の絶対的な才能」
クロードとレイアから得た才覚、支配する事で作り上げるカリスマ。その両方をあてにしていた計画は、レイアにマザーが殺害された事によって修正を加えられる。
マッチポンプの悲劇はその対象を代え、共に在るべく伴侶は自業自得の罰を背負った。
だからこそ、グレナは人類のその先をそれまで以上に求めるようになった。
不老不死のカリスマ。現存する新造の神を。
「正解。では最後に、"羊と腫瘍"とは?」
「"羊"は導かれるべき"使徒"、"腫瘍"はその中でも進化に切り捨てられる"犠牲者"。そして"Prometheus"、私が超えるべき神の名前のアナグラム。目覚めたアタシが性差も何もかもを超越する神となるべき道しるべ」
ソフィアの体内で培養された"Sheep Tumor"はクロード、あるいはレイアという選ばれた使徒達から拡散し、ソフィアから放たれるフェロモンと結合する事で新たな使徒とする。
グレナはソフィアとクロードに賭けていたが、その半面でレイアが勝ってもソフィアという神が誕生するように仕掛けていた。
分泌される特殊フェロモンに反応していたのは、家族や母性に何らかの強い関心を持つ者達。
静音、ドロシー、トニー、ジョン、レイア、そして桜井蔵人がクロードだというのなら、誰もが家族に振り回され、縋りつくための対象を求めていた。
ソフィアにとって誰もが都合が良かったように、皆にとってもソフィアが都合の良い存在だったのだ。
だが、まだ全ての謎は解けていない。




