Mortal Blood Suckers 5
「ソフィアから母親を奪った事は悪いと思ってるけど、私にはマザー・パス・ストロムブラードが許せなかった。強者の立場から弱者を平気で犠牲にするあの女を殺さずには居られなかった」
「バカみたい、それで正義の味方にでもなったつもり?」
「そんなんじゃねえよ。ソフィアを守りたいと思ったのも、罪悪感と打算からだったけどさ」
それを謝るべきだったかもな、とレイアは力なく微笑む。
人の思惑に人生を左右される苦痛は分かっているつもりだったというのに、レイアはソフィアを利用したのだから。
「なあ、ソフィア。世界を変えてみたいとは思わねえか?」
「別に。全員平等にアタシの従僕、それ以上でもそれ以下でもない。興味も関心もないわ」
「……そうだよな、それでいいんだ。そのままで居てくれ」
レイアはそっけない言葉を紡ぐソフィアを満足そうに抱き寄せる。
どこか突き放すようでありながら、心を満たしてくれるソフィア。自分を虐殺者と知っても恐怖するどころか、態度を変える様子もないソフィアが、レイアには愛しくてしょうがなかった。
それこそ、ファイアウォーカーを皆殺しにしてしまうほどに。
そして開く扉に最悪の邪魔者、最後のファイアウォーカーの訪れを理解したレイアは舌打ちをした。
「よう、数年ぶりだな。ちっとも老けてねえけど、嫌な奴」
「お久しぶりですね、レイア。その減らず口も相変わらずのようで何よりです」
数年ぶりの対面にも動じない義弟に見せ付けるように、レイアはソフィアの髪に口付けを落とす。
赤と黒を主体にしたコンバットスーツを纏う体躯はその程度では身じろぎもしないが、端正な顔は荒れ狂う不快感を押し殺すように笑みを張り付けていた。
レイアはそれを主を取られた嫉妬だと判断するも、俯いて肩を震わせていたソフィアは、レイアを突き飛ばしてクロードを睨みつける。噛み締められていた唇からは血が滲み始めていた。
「何で来たのよ! 全部アタシが決着をつけるはずだったのに、アタシが皆を守るはずだったのに!」
今までの無関心を前に押し出した態度とは違う、ヒステリックな声色にレイアは言葉を失ってしまう。メイに殴られても、母親の殺害を打ち明けても動じなかったソフィアのその態度は、身内とその他を訳隔てているようだった。
「愛しの主様をお迎えに上がるのも、不出来な義姉を粛清するのも私の役目ですから」
「黙りなさい! アタシはそんな事を命令してない!」
口の減らない執事の言葉に、ソフィアはエメラルドの瞳を飾る目に浮かんだ涙を払う。
白磁のような肌の顔からは僅かに血の気が引いており、プラチナブロンドの髪は整えられているものの、以前のような長さではなく、クロードはストロムブラード邸に居た頃の面影を失いつつあった。手間の掛かる令嬢の世話をした上で完璧な自己管理を行っていた最高の執事が、だ。
ソフィアはそんな辛いを思いをさせるために、レイア達についてきた訳ではない。
クロード達に余計な気を割かせないためにレイアという、最悪のファイアウォーカーを手札に加えた。"Sheep Tumor"を使わせる事でレイアを完全に掌握し、メサイアを壊滅させて終わらせるつもりだった。
そうすればソフィア・ストロムブラードは役目を終え、辿り着くべき終わりを迎える事が出来たはずだった。
しかしレイアが心配要らないと言った襲撃者はクロード達で、クロードは"命令"を意図的に無視しているためにその体にペナルティを負っている。
状況は、最悪を更新し続けていた。
「命令よ! こんなところに居ないで、皆を――」
「話が違えだろ、他に目移りしてんじゃねえよ」
身を乗り出して声を荒げていたソフィアは抱き寄せ、レイアはその薄い唇に滲む血を啜るように口付けをする。
乱暴に押し込まれた舌は優しく受け入れられ、血液が混じる唾液が2人を繋ぐ。
瞬間、ソフィアの体が内側から生まれた衝撃に仰け反った。
血液は沸騰したように熱くなり、心は痺れるような陶酔に震え、体は快感に踊らされるままに恍惚にたゆたう。
恐怖から顔を歪ませる母の死体、既視感のある白銀の太刀、世界を敵に回したその瞬間。
脳裏によぎり続けるそれらのビジョンすら押し流すように、甘美な刺激はソフィアの内側で炸裂し続ける。
何もかもが溶けてしまいそうなほどに、まるで全てを許そうとする慰撫のように。
そして内に秘めた炎が目覚め、ソフィアは渾身の力でレイアを突き飛ばす。
"Sheep Tumor"でリミッターを解除されたレイアの体はビクともせず、ソフィアは続けざまにソファを蹴って床へと熱に浮かされた体を投げ出した。
リミッターを解除されたレイアは、クロード以外のファイアウォーカーを1人で皆殺しにするほどの実力を持ち、おそらくクロード達は2度目のソフィア奪取を恐れて余分な戦力を随行させていないだろう。
そう考えればこそ、もはやソフィアの思い描いていたシナリオが成り立たない現状は、最悪以外の何物でもなかった。
思惑通りむき出しの肩が床に触れるよりも早く、その体を抱きとめられたソフィアは、膝立ちをするクロードの胸倉を掴んで首筋に顔を埋める。"Sheep Tumor"の起動のせいで熱に浮かされた体にはクロードの体温が心地良く、その事さえ感じられなくなってしまう事が怖くてしょうがなかった。
「めい、れいよ。もう、好きに生きなさい。アタシにも、ファイアウォーカーにも縛られず、アンタがアンタのためだけに生きる、の」
乱れた呼吸を整える事も出来ないまま、ソフィアは抵抗も許さぬままに両腕をクロードの首に回す。
エメラルドの双眸が見詰めるのは、深くも透き通るようなアイスブルーの双眸。
出来る事なら、いつまでもその中に囚われていたかった。
「絶対に、辿り着くから。クロードが居てくれただけの、価値がある終わりに、絶対に、辿り着くから」
アイスブルーの瞳に映る自分の笑顔の不出来さを悔いる事も出来ないまま、ソフィアは唇を重ねた。
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