Who Ignited Flames 3
ある日曜日、友達との遊びから帰ってきた明日香が家で見たものは信じられない光景だった。
切れた唇から血を流す蔵人、その胸倉を掴む隆久、泣きながら隆久に縋りつく里見。
その光景を眺めていた明日香は漠然と事態を理解してしまう。
美しくて、優秀で、穏やかな兄に魅せられたのは、友達だけではなかったのだ、と。
いつだって、考え直すように自分を諭してくれていた。
里見は涙を流しながら隆久にそう訴えるも、歯にでも当たったのか、皮膚が裂けた隆久の拳は抵抗仕様ともしない蔵人の胸倉を掴んだままだった。
4人で囲んだ暖かな食卓も、目を背けていた時間を取り戻すように過ごした日々も、何もかもが嘘のように思えた隆久はもう止まる事が出来なかったのだ。
だからだろうか、口にしてはいけない言葉が隆久の口をついたのは。
お前は俺の家族をどれだけ奪えば気が済むのだ、と。
そして、その日を切欠に、蔵人は姿を消してしまったのも。
高校の入学祝に買い与えた携帯も、大事に使っていた勉強道具も、何もかもが残されているというのに、部屋の主の姿はどこにもなかったのだ。
悩みがあれば黙って傍らに寄り添い、勉強が分からなければ優しく教え、共働きで忙しい両親に代わって自分を見てくれていた兄が居なくなってしまった。
明日香は愚かな母を詰った。離婚歴がある里見と結婚してくれ、その連れ後である明日香と引き取ってくれた隆久を裏切り、仕事の忙しさから家事などを押し付けていた蔵人に肉体関係を迫った里見を。
里見は知っていたはずなのだ。明日香が里見よりも隆久よりも、誰よりも暖かい家庭に憧れていた事を。
蔵人が失踪してから3日後。すっかり塞ぎこんでしまった母に見切りを付けた明日香は、隆久に捜索願を出すように泣きついた。
隆久も理解していたはずなのだ。命の危険を冒してでも蔵人を産んだのはナンシーの選択であり、蔵人に迫ったのは相手をし切れなかった里見。そこに蔵人の落ち度などある訳がないと。
明日香の言葉で心の整理が付いた隆久は、蔵人が失踪して4日目の朝に捜索願を出しに行った。世間体だけを気にして父親面をしていた隆久がどれだけ突き放そうとも嫌な顔1つせず、家族として尽くそうとしてくれた息子。誕生日を祝ってやった事はない。家族愛があるかといえば、そうだとは言い難い。誰よりも愛しているかというには、胸中に抱いた猜疑心があまりにも重かった。それでも、蔵人は隆久にやり直す機会を与えてくれたのだ。
そして隆久は3度目の正直を信じるように家出人捜索願を出したが、警察に返された回答は誰にも予想できなかったものだった。
桜井蔵人などという人間は存在しない。
そんな事はないと隆久は食って掛かるが、子供に家出をされた父、それも存在しないと断定している子供を探そうとしている隆久を警察は軽くあしらった。
その足で役所に向かい隆久は戸籍を確認するが、警察官の言っていたように桜井家に蔵人という息子は存在しなくなっていた。
隆久は自棄になったようにあらゆる記録を調べるが、そこに蔵人の存在はない。ナンシーが蔵人を出産した産院でさえ、記録上では母子共に出産に耐えられなかったという記録に代わっていた。
再婚するまでは同じ時間さえ過ごした事のなかった桜井家にはアルバムもなく、4日前までは確かに存在していた息子が、自分が確かに存在していた世界は確かに失われたのだ。
わけの分からない状況から目を逸らすように、隆久と里見は今まで以上に仕事に身を捧げた。
表面上だけでも暖かな家庭を奪われ、離婚していないだけの家庭に取り残された娘を余所に。




