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11話

 ハリムがデネブ食堂訪ねた2日後の夜。貴族街の外れの廃屋の中男が入っていく。身なりから何処かの貴族の契約労働者なことが分かる。


「これで足りるか?」


「ああ。火種は充分だ」


「屋敷の見取り図は?」


「用意した」


 年配の男が紙を広げる。


「夫人の寝室は、ここ。警備が手薄になるのは、明日の夜」


「…本当に、やるのか」


 若い男が震える声で聞く。


「やるしかない、俺はもう……限界だ」


 年配の男が答える。


「もう、後には引けない」


 男たちが頷く。


 その時——


「やっと見つけた」


 扉が開く。そこにはハリムが立っていた。


「…誰だ」


「君らが襲おうとしているとこの雇われ護衛さ。……最も今は休暇中だけどね」


「……ッチ」


 男達が身構える。だが男たちの身体は皆、それぞれ痩せ細り、身体中に鞭で叩かれた腫れが残っている。勝ち目は明らかにないのは分かっているだろう。その決意にハリムは溜息を吐く。


「言ったろう、今は休暇中だ。君たちを捕縛しようなんて気はない。ただ、俺は止めに来たんだ」


「止めに来ただと?」


「ああ。君らの反乱は確実に失敗をする。いや、反乱さえ起きないで終わる」


 断定するハリムの言葉に、男たちは息を呑む。


「良く考えて欲しい。俺だけで君らの居所を探り当てたんだ。動き読まれてるぞ」


 嘘だ。ハリムは使える者を全て、探りに投入した。ハボリム商会のほとんどを動員して得た情報。そこらの生半可な情報網とは違う。


 見方を変えれば、ただの国民がどうやれば、ここまで隠れることが出来るか。どうやって火種を、見取り図を用意した、誰が反乱の絵図を描いた?


 今ならより分かるが、不穏な要素が多すぎる。確実に裏がある。


「教えてくれないか。誰が糸を引いている?」

 

「……糸?何のことだ」


 年配の男が眉をひそめる。


「君たちを、誰かが利用している」


 ハリムが鋭く言う。


「火種を提供した者。見取り図を渡した者。そして——」


 ハリムが男たちを見る。


「君たちを、焚きつけた者。いるだろう?」


「………」


 男たちが黙る。

 

「…そんな奴はいない」


 年配の男が答える。


「火種は、仲間が手に入れた。見取り図も、俺たちで作った」


「おいおい、今更それは無理があるだろう」


「教える義理もない!」


 若い男が怒鳴る。しかし、年配の男から睨まれ、すぐに萎縮する。“教える”なんて言ってしまったら、それは裏に誰かがいる証明になる。ハリムは笑みを浮かべる。


「素直だね。まだしらばっくれるか?」


 年配の男がハリムを睨む。しかし、すぐに溜息を吐き、手近にあった椅子を引き寄せて座る。


「……お前に何が出来る?」


「君らの無駄死にをなくす、それじゃあ足りないか?」


「足りないな。それに、それも無理なんじゃあないか?」


「……かもな」


 男の言っていることは正しい。反乱を企てた事実は、事前に止めたからお咎めなしとはいかない。反乱はそんなに甘いものではない。このままでは、彼らの死は変わらない。


「けれど」


 ハリムは言葉を止めて、順々に男たちを見る。もう精神的にも肉体的にも限界なのだろう。目が暗い。


「別に死にたい訳ではない。そうだろ?」


 年配の男がじろりとハリムを睨む。


「無駄に希望を持たせるって訳じゃあ、ないんだな?」


「ああ、最善は尽くす。その為に裏で糸を引いている奴、そいつの情報が必要だ」


 ハリムもジッと男を見る。


「……二日だな。二日だけ待とう。それで出来るか?」


「分かった。それで良い」


「……本気だな。それで何が知りたい?」


 若い男は何か言いたそうだが、目で黙らされている。


「まずは端的にだが。……誰と組んでいる?」


「声を掛けられた。誰だかは知らねぇな」


「そうか。じゃあ道具はどうやって?」


「欲しい物を伝えたら、次の日にはここに置かれている」


 情報が少ない。しかし嘘は付いていない。ハリムは考える。彼は何だったら知っている?


「君らはヴィオラ夫人との契約だろう? 屋敷のことは知らないのか?」


「護衛なのに知らねぇのか? 俺らみたいな大人は、敷地内に入らせちゃもらえねぇ。屋敷の中なんて知らんさ」


「そうか、そしたら屋敷の人物と面識は?」


「俺らに指示を出す奴らだけだな。そいつらも、滅多に屋敷にはいないらしいが」


 今の会話で分かることは、彼らが何も知らないということ。それだけでも、的は大幅に絞れる。


「欲しい物の伝え方はどうしてた。毎回会ってたのか」


「会ったのは一回だけだな。あとは紙でのやり取りだ」


「紙か。向こうからは?」


「燃やすように書いてあったからな。残っちゃいない」


 男が首を振る。だが、一枚の紙をハリムに渡す。


「これがその紙だ。良くは分からねぇが、それなりに上等な質なんじゃねぇか」


「確かに上等だな」


 渡された紙は、そこらの一般人が普段使いにするような類の物ではなかった。


「ありがとう、これだけ聞ければ十分だな」


「……本当か。碌なこと教えられなかったが」


「いいや、かなり絞れた。助かったよ」


「ならいいが」


 疲れたのか年配の男が目を瞑る。若い男は下を向いている。何か言いたそうにはしているが、堪えているようにも見える。


「なぁ。言いたいことがあるんなら言えよ」


 ハリムが若い男に声を掛ける。言い方がきつい気もしたが、この男にはそのくらいが良いだろう。


「……何がしたいんだよ。俺らが死のうが捕まろうが、お前には関係ないだろ」


 萎縮しながらも、これは本音だろう。年配の男も気にはなっていただろうが、それを聞くのが不利益になることを理解していた。


「そうだな。俺からしてみれば、君らの生死はどうでもいい。利用価値があるからだな。それで満足か?」


「人をなんだと思ってるんだ!」


「……おい、さっきから思っていたがすぐに喚くな。誰かに聞かれたら困るだろう?それとも、誰かに聞かれたい、とか」


 ハリムが若い男を見下ろす。男は萎縮して目を下す。


「勘弁してやってくれ。そいつは息子にも会えてねぇ。気が立つくらい、許してくれや」


「……そうか。そいつは悪かったな」


 ハリムからの謝罪の言葉も、今は逆上に繋がるのだろう。震えながら拳を握り、歯軋りが鳴っている。ハリムはまた溜息を吐く。


「……それとな、俺も権力に逆らえずに弄ばれてる。一泡吹かせてやりたくて仕方がない」


「だったらしっかりやってくれな」


「ああ、それじゃあ二日後。またここでな」


 そう言い残し、ハリムは廃屋から出た。周囲に気配はない。まだ商会しか掴んでいないだろう。ハリムはそのまま木の影に隠れる。


 男が一人、廃屋から出てくる。時間差で出てくるのだろう。それは賢明な判断だ。だが、こっちではない。


 もう一人の男が出てくる。十分に跡をつけた後に、男の肩を掴んで耳元で告げる。


「お前、執事に会ってるな?」

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