第6話 イヴェロイ・ドゥヌバ、顔面蒼白!
──ギャリギャリギャリギャリギャリッッ!!!
一直線となって猛回転する鋼撃闘虫の尻からは30センチほどの槍の穂先を彷彿とさせる〈針〉が飛び出しており、それが仲間の頭部の窪みに嵌って連結部となり、彼らにとっての必殺技ともいえる戦蟲玄錐を形成しているのであるが、ユゴラーザの背を穿つべく突撃した先端部は凶霊龍が発散する超高熱にドロドロと溶解させられてしまい、その強靭な皮膚を抉ることが叶わぬ。
しかし戦蟲族は攻撃を諦めることなく回転を続け、忽ち10メートル以上の体長を失ってしまうのであった!
「狙いは分からんでもないが……されど師よ、このままあの戦法に固執しても数で勝負の戦蟲族にとって自陣の戦力低下に繋がるだけではあるまいか……!?」
新国王の憂慮に対し、傍らの筆頭聖獣師は厳しい表情を崩さぬままではあったが強固な確信を感じさせる口調でこう応じる。
「たしかに一か八かの賭けではありますが、ノーテズの言によれば最悪でも100匹の犠牲をもってすれば凶霊龍の体表を破って内部に潜り込むことが可能とのこと──とはいえこれはあくまでも過去の戦歴から算出した推測値であることは彼も認めておりましたが、ご覧なさいませッ!どうやら僅かながらも戦蟲玄錐が凶霊龍めの体内に侵入し始めたようですぞッッ!!」
まさしくそれはユゴラーザが上げた苦悶の咆哮によっても明白に裏付けられ、猛焔弾発射の前兆である全身発光現象が潮の引くように停止されたことで決定的となった!
──ギュゴガゴオオオオッッ!?
ギョゲッ!グガッ!ギョゲゲエッ!!
巨体を激しく振りたくって背中に突き立った異物を必死に吹き飛ばそうと試みる蒼き凶霊龍だが、戦蟲玄錐そのものはビューンビューンと大きく撓うものの、鋼撃闘虫たちは全く怯むことなく死の回転を続行する。
「お、おのれ小癪なッ!
かくなる上はユゴラーザよ、口惜しくはあるが一旦〈散躰〉してこれ以上の虫どもの侵入を阻止するのだッ!
そして再生の際には相手に合わせ、14体の群龍となって立ち向かえッ!!
尤もオマエの分身能力ならば最大73体まで増殖させることが可能だが、そうなるとサイズ的に発する焔弾の破壊力が低下しすぎてしまうからなッ!」
この指令を受けて蒼き凶霊龍の輪郭は急速にボヤけ始め、みるみる巨大で半透明なゼラチン質の塊に変化(退化?)すると、不屈の闘志で高速回転を続ける鋼撃闘虫らを残したまま、殆ど一瞬にして消滅してしまったのであった。
かくて不穏な沈黙に支配された龍眼の間において、最初にそれを破ったのはやはり奇怪なる仮面の首領であった。
「…龍氣師イヴェロイよ、魔龍皇将士団最高幹部として当然理解しておろうが、元来〈単身戦〉を身上とする【剛力属性】のユゴラーザにとって、そして我らの〈血の掟〉においてこの醜態は明白な敗北であることは自覚しておろうな……!」
静かな口調ながらもその氷のごとき響きによって首領の瞋恚は一同に痛感され、左脇で俯く隻眼の魔導士の表情は垂れ下がる紺色の長髪によって判然とせぬものの、濃紺のローブに包まれた痩身が細かく震えていることから恥辱に震えていることが如実に窺えた。
「ところでウォセメルよ、おまえならばあの忌々しい虫どもにどう対処したか聞かせてくれるかな?」
主座の右側に陣取る臙脂色のローブを纏った真紅の長髪の龍氣師が口を開く前に、真後ろに赤黒い酒瓶を抱えて控える、貌の上半分を桃色の仮面で隠して同色のラメ生地のビキニを着用し、紅水晶製のイヤリングや腕輪で身を飾った美女が明敏にも絶対者の意図を覚ったものらしく腰まで届くピンクの美髪を仄暗い室内に妖しく揺らめかせながら滑るように御前へと周り、恭しく身を屈めて空の杯に魔酒を注ぐ。
「──はっ、些か後付けの感はありますが、前回敵方が繰り出した聖獣は彼奴らにとりましても切り札的存在であろうとの威容を備えておりましたゆえ、あれをもってしても凶霊龍に敵わぬからには今回は真逆の刺客を立てるであろうと予測しまして、最初から群龍戦法にて臨んだでありましょう……!
さすれば呪わしき戦蟲族もあのような一点突破式の戦法は採り得ぬでありましょうから各個撃破が可能でありますし、たとえ前回同様の巨鳥型が単体で出陣して来ようとも戦い方は幾らでもございますから……」
妖艶さと凶猛さが融合した剣呑極まる霊気を立ち昇らせる女龍氣師はこう薄く含み笑いながら返答したが、美貌と称えるにはあまりにも鋭く吊り上がった暗赤色の左の瞳に凶々しい光を湛えつつ右半分を胸元に垂らした赤髪で覆っているのは、やはりイヴェロイ同様龍魂素界での壮絶な荒行によって片目を喪失しているからであろうと推察された……。
『うぬッ、何と白々しい……!
た、たしかに将士団にも戦蟲使いは複数存在するが、あれだけの曲芸的な大技を実行させ得る手練れはおらぬ……。
しかしそもそも凶霊龍には特有の志向──いや美学というものがあり、我がユゴラーザはあくまでも“究極”と自負する猛焔弾による一撃必殺こそが存在証明というものなのだッ!!
片やキサマのべジュネオスは、元来が日光を避け物陰をコソコソと這い回る蜥蜴のごとくひたすら相手の盲点を狙ってネチネチと手数頼みの小技による消耗を待つという【柔力属性】であり、凶霊龍と称するのも不遜な惰弱生物ではないかッ!?
しかもその非力さゆえに独力で凱歌を上げたことはただの一度もなく、畏れ多くも魔龍皇様の御助力無くして敵獣撃破など夢のまた夢のくせに……ぬおおッ!?』
ひとたび散躰したユゴラーザを群龍化するには最低でも1.5メッツ(約3分間)はかかり、その間龍氣師はひたすら極集中を強いられるわけだが、ここでイヴェロイ・ドゥヌバが最も恐れていた事態が勃発した──即ち、これまでただの一度もなかった魔龍皇の介入が行われたのだ!
とはいえ、ズザ・ビラドの分身たる超凶霊龍(正体は闘龍帝の嫡子と噂されているが股肱の龍氣師たちもそれを目の当たりにしたことはない)が突如として降臨したわけではなく、それは今回も戦場を乱舞する中継装置=鏡晶珠によって代行されたのである!
見よ、先ほどまで戦況を克明に映し出し送り届けることに徹していた50個もの漆黒の鉱性生物群から黒い怪光線が一斉に発射され、戦蟲玄錐の隊形から慌てて散開した鋼撃闘虫たちを強襲しているではないか!
「ま、魔龍皇さまッ!そ、それだけはッッ!!」
三人の龍氣師中、唯一この救援を受けたことがないことが首領による絶対の信頼の証と自認する最年長者にとってこれは信じ難い悪夢であり、長らく自らを将士団最強と位置付けてきた強固なる矜持の崩壊であった!
されど、深い亀裂の入った切ない想いは、絶対者のまるで緊張感を欠いた一言によって微塵に粉砕されたのである──。
「……ふふふ、何を取り乱しておる?
たかが余興ではないか。
それとも何か?ユゴラーザを群龍化すればあの戦蟲族どもを直ちに一網打尽にできるとでも自惚れておるのか?」
ここで従来の青白い顔色から更に血の気を失い、殆ど蠟色となってグラリと痩身を傾がせた古参幹部を嘲弄するかのような声色で魔龍皇は非情なる指令を下したのだ──
「どう見積もったところで、生来の属性に反する分身戦を不得手とするユゴラーザでは縦横無尽に乱舞する戦蟲どもを平らげるのに半日はかかる……多忙を極める余がかくも冗長な時間を座して待てると思うのか?
そもそもあれなる害虫どもは視界に入れるのも不快であるゆえ、速やかに鏡晶珠群によって余が殲滅する──酒杯を傾けながらの手慰みとしてはそこそこ愉しめるしな……。
そこでキサマには新たな任務を与える。
実はつい先ほど、この現場からやや離れてはいるがゼトゥス・マナレックが籠る地下要塞に怪人部隊の剽軽者を一体送り込んだのだが、予想通りあえなく撃退されてしまってな……下手人は例のごとくゼトゥスの守護者を気取る例の紅い魔人であるが、その報復として14体の群龍を差し向けよ。
ふっふふふッ……凶霊龍の暴れっぷり次第によっては、さぞや漲る闘志を持て余しておられるであろう若き新国王が自慢の宝剣を引っ提げてご登場なさるかもしれんからな……!」




