第5話 凶霊龍の迎撃者
星覇獣国の本拠地であるゾルゲシタス島は夥しい樹木で覆い尽くされた“鬱蒼たる巨大密林”であり、魔龍皇は王国軍の襲来に備えて居住エリアを含む大部分の機能を地下に設置していたが、自身の権勢を象徴する建造物を中心部に築いていた。
全長100ヤーン(約160メートル)・直径30ヤーン(約48m)に及ぶ、“漆黒の巨塔”【魔龍閣】である。
そして最上階の〈指令室兼作戦会議室〉である【龍眼の間】には絶対者が中央の玉座に陣取り、ガドゥア抹殺のため遠征中のニミルドを除く二名の龍氣師が左右の後方に結跏趺坐の体勢で控えていた。
魔龍皇を名乗る“ルヌラリア最強にして最凶の魔導士”ズザ・ビラド──金色の瞳を持つ黒龍の頭部を象った仮面を被り、これも襟元と袖口、そそして裾を金糸の刺繍で縁取った黒いローブに身を包んだ長身の怪人は、血のように紅い魔酒を満たした黒水晶の杯を口許に運びながらゼトゥス新国王の居室に設置されたものと殆ど同じ大きさ(形状は横向きにした楕円形)の、これも黒水晶製の闘示盤に映し出された光景に見入っていたが、その舞台はいうまでもなくリュシオークであった。
「前回の戦いからおよそ20日あまりが経ったわけだが、再召喚したユゴラーザは調子良さそうだな、イヴェロイよ?」
魔酒をたっぷりと喉に流し込んでから再び頭を傾け、右頬を拳で支えたズザ・ビラドが後方に錆びた声色で呼びかけると、左側に陣取る濃紺のローブを纏い(主の御前だけに当然フードは被っていない)紺色の長髪を波打たせる、病的なまでに青白い皮膚を持ち右目に髑髏を象った黒い眼帯を装着した中年男が、
「そのようでございます──さぞや龍魂素界の【龍命泉】にどっぷりと浸かり、誇り高き真龍帝の赤子としての鋭気を回復してきたものでありましょう……」
と薄い唇の端に不気味な笑みを湛えながら応じる。
おそらくは魔龍皇が操る鏡晶珠によって〈送信〉されているのであろう現地からの映像によれば、今回の担当龍氣師であるイヴェロイ・ドゥヌバが召喚した“蒼き凶霊龍”ユゴラーザは、縦横無尽にリュシオーク市街の上空を乱舞しつつ開口部から青白き猛焔弾をリズミカルに発射して地上を炎熱地獄に変えていた。
「ふふふ、前回攻撃の段階で軍庁舎をはじめとする目ぼしい建物はいい加減灰燼に帰さしめているわけだから今回は商業施設が主目標になるが、ここら一帯はいわば王国軍の根城にあたるゆえに念には念を入れて破壊するに如くはない──そもそも買い物客も応対する商人も殆ど全てが軍関係者なのであるからな……!
さて、逃げ惑うこやつらにとっては悪夢の再来であろうが我々にとっては今度こそ必勝を期したまさに決着戦、前回は筆頭聖獣師めの愛鳥をみごと屠ったわけだが、はたしてあれだけの聖獣を再度調達することができたものか……むッ、出てきたなッ、今回の相手はあやつらかッ!?」
さしもの魔龍皇が些か驚いたような声を上げたのもむべなるかな、〈北東〉の方角からあたかも流動する黒雲のごとく殺到してきたのは、幼児の躰ほどの巨大な黒光りする甲虫の大群であったのだ!
「ふふふ、真正面からぶつかり合う力勝負には前回で懲りたものと見えて随分毛色を変えてきおったわ──はたしてイヴェロイよ、汝の愛龍は余の見るところ一千近い刺客どもを鎧袖一触することができようかな?」
含み笑いながら杯を傾ける首領に小さく頭を下げた片目の龍氣師は、不敵な笑みを崩さぬまま青く染められた爪が鋭く光る人差し指を戦彩光鏡に突き付けて昂然と命じる。
「ユゴラーザよ、森羅万象を神秘の蒼き炎によって溶かし尽くし、万物の源たる清澄なる灰へと回帰せしめる新たなる創造主よ、今まさに恥知らずにも眼前に発生せし汚怪な下等生物どもを速やかに焼尽し、無垢なる元素へと還元して大いなる自然のささやかな誤謬を改正せよッッ!!」
召喚者の檄に直ちに呼応した凶霊龍は、星覇獣国及び龍魂素界の威信を満天下に示さんとしたものか一撃にて大勢を決しようとしたものらしく、小山の様な体躯とそれを飛翔させる巨翼から青白き燐光を発生させ、上下の顎が一直線となるまでに全開して〈究極猛焔弾〉の発射態勢に入る。
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「さすがにこれを食らうとまずい……師よ、はたして甲虫群を操る聖獣師はみごと対応できようか!?」
──美しき新国王の激励は忽ち可憐なる戦景眺映士の涙を乾かせて戦士の自覚を蘇らせ、ゼトゥスに励まされて立ち上がると師匠が調合した特殊な透光液を全面に塗布された闘示盤に向き合う両雄の後方1ヤーンほどの床に結跏趺坐したパレル・ラツォーロは、精神を〈極限集中〉させてリュシオーク上空に散開する27個もの鏡晶珠の最適な配置を瞬時に案出して実行し、忽ち現地の様子を把握し得た王に絶賛されてまたもや頬を染めたのであった……。
「現場にて鋼撃闘虫を指揮する新加入のノーテズは戦蟲族を扱わせれば防衛隊でも随一の実力者ですから、おめおめとあの大技を食らうようなことは考えられません──むしろ性急に勝負を決しようとした敵側にこそ初遭遇した妖異なる対戦者への怯みが窺えましょうぞッ!
逆にこちらが相手のお株を奪うかのごとく、必殺の【戦蟲玄錐】の態勢に入ったようですッ!!」
力強い解説を裏付けるかのごとく、鋼撃闘虫たちはまさに電光石火の早業で奇想天外なフォーメーションを形成した──何と一斉散開したかと思いきや次の刹那には一匹ずつ数珠繋ぎとなり、その外観はあたかも天空に投げ出された黒い綱を彷彿とさせたが、発光中で身動きの取れぬらしい凶霊龍を嘲笑うかのごとく急上昇してピーンと棒状となると同時に超速回転を開始して一本の長大な極細ドリルへと変貌すると、尋常ならざる高熱を放射しているはずの蒼き凶霊龍の背中のド真ん中目がけて突っ込んだのだ!




