第4話 可憐なる聖獣師、赤面す……
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新国王の意思を海軍総司令リカールに伝達すべく勢いよく立ち上がった守護隊長が真紅の突風のように退出し、新国王と筆頭聖獣師が魔龍皇打倒の妙手を案出しようと沈思黙考してからさほどの間を置かずして、〈非常事態発生〉を告知する警報鈴のけたたましい響きが静謐な空気を切り裂いた。
「鈴が5・5・5のリズムを刻んでいるということは、いうまでもなく凶霊龍の襲来を意味していますッ!
どうやら前回の死闘で私が加えた深傷がようやく癒えたものと見えますな──あの戦いで長年の相棒だった“閃翔牙鳥”オズガを失うという痛手を蒙ったことは片腕をもぎ取られるに等しい恥辱でしたが、我が生涯最大の死闘を目に焼き付けた防衛隊の面々が必ずや仇を取ってくれるでしょうッ!!」
筆頭聖獣師の力強い宣言にゼトゥスも大きく頷くと、
「うむッ、おそらくは闘神城の襲撃にまんまと成功したことで図に乗ったものだろうが、今度こそは目にもの見せてやろうではないかッ!
尤も前回の戦いも決して圧勝したわけではないことは彼奴らも自覚しておろうから、何らかの秘策かそれなりの数の手勢は携えておるのかもしれんが……!
それに必ずしも前回と同じ個体が投入されていると決まったわけでもなかろうが、やはりその可能性もあるのであろうかな?」
この素朴な疑問に、ルゼルク・ナージェムはある意味無礼なまでの確信をもって断言する。
「いえ、憚りながら申し上げますとそれはないと思われます。
と言いますのも、これまで王国に出現せし五匹の凶霊龍は誅滅されぬ限り必ずや同個体が再来しましたゆえ、敵としましても使用兵器中最上位の格付けを致しておるものと推察されます。
そしてこれはあくまでもわたくし個人の意見なのでありますが、魔龍皇自身が召喚した個体は未だ温存されているのではないかと──つまり現段階においては、配下の龍氣師たちに順々に戦功を競わせておるのではないかと思われるのです」
この推論に大きく頷いた新国王は、正面の壁に掛けられている白い蔓草模様の縁飾りを施された2畳ほどもある水晶板に視線を転じる。
「──通常であれば戦闘に従事しておらぬ限り、わたくし自身が【鏡晶珠】を操作して戦況を投影させて頂くのでありますが、今回の聖獣防衛隊の再編成にあたりまして、お付きの【戦景眺映士】も新たな人材に任命致しました──畏れながら、パレル・ラツォーロに入室をお命じ頂けましょうか?」
「うむ、分かった」鷹揚に頷いた新国王はゆっくりと扉に頭を巡らすと、
「聖獣師パレル・ラツォーロよ、入りなさい」
と女性であることが明らかな新任者に向けて一抹の優しさを込めて呼びかける。
「──は、はいッ!」
緊張に上ずった可憐な声が微かに響き、王国の紋章が金色で浮き彫りにされた扉が遠慮がちにスライドされるとそこに現れたのは、瀟洒な空色のケープに身を包み、腰まで届く艶かな銀色のロングヘアを白のリボンで束ねた碧い瞳の美少女であった。
「ほう、これはまた可憐な……一見して天使かと見紛うたぞ。
ナージェム師よ、貴君ほどの方に限ってあり得ぬとは思うが、まさかこの人選は殺伐たる戦闘中において私の心中を少しでも穏やかたらしめようという過度な忖度の結果ではあるまいな……?」
文言こそ固いものの、どこか愉快げなゼトゥスの口調に筆頭聖獣師は苦笑し、片膝を着いて跪く戦景眺映士は白雪の様な頬を紅に染めて俯くのであった。
「いいえ、決してそのような……たしかに血腥き戦場などより花園の方がよほど似つかわしい繊麗な外貌でありますが、その腕前は誇張無しに天才的でありまして、後ほどご納得頂けるものと確信しておりますが、こと鏡晶珠操作技術に関する限り既にわたくしを凌駕しておると申しても過言ではございません。
ひいては目睫に迫りましたゾルゲシタス陥落作戦におきましても彼女の帯同は必須と確信致す次第であります……!」
「うむ、なるほど。
たしかに艦上での謀議にせよ上陸してからの指示伝達にせよ、多数の鏡晶珠を駆使しての現状把握は必要不可欠であるゆえ、その言葉は心強い限りだ──あくまで私見だが、実力が拮抗した苛烈な状況下であればあるほど、冷酷な現実を克明に写し出す戦景眺映士の能力が戦局を左右すると確信しておる……!」
「──御意」
「うむ。
(筆頭聖獣師の背後に視線を移し)
パレル聖獣師よ、それでは早速日頃鍛錬した技術を披露してもらおうか──あくまで有機生命体の聖獣群とは異なり、無機物から奇跡的な進化を遂げた半石半獣の鏡晶珠の操作はある意味で最も困難と常々ナージェム師からも伝聞しているが、斯道の第一人者に推挽され、その若さで最前線に立つということは並々ならぬ大器であることの何よりの証左であろう……!
これより君に続く若人が澎湃と現れてくるとしたなら聖門王国の未来は明るい──私は今、それを確信したぞッ!!」
「痛み入ります──ゼトゥス様。
まことに微力ながら、わたくしの生命を賭して王国の輝かしき勝利に挺身する覚悟であります……!」
震えを帯びながらも凛然とした声音で放たれた決意表明にゼトゥス・マナレックは満足気に頷くが、係累を持たぬ愛弟子の育て親でもある師匠は穏やかな口調ながらもこうたしなめる。
「パレルよ、もはやおまえの眼前におわしますのは昨日までのゼトゥス王子ではなく、パヅァルアの全てを統べられる真正の第十二代国王陛下なのだ──言い改めなさい」
この忠言を受けた美少女聖獣師の反応はあたかも処刑宣告を受けてしまったかのように激越であり、まるで操り人形の糸が断たれたかの様にその場に崩れ落ちると額をクリーム色の分厚い絨毯に埋め込むように擦りつけながら悲痛な叫びを上げる。
「──も、申し訳ございませんッ!
畏れ多くも甚だしい錯誤の妄言を弄しましたッ!
何卒お赦しをッ……で、ですがどうしてもお怒りがお鎮まりにならぬようでしたら、どうぞこの場でご成敗下さいませッ!!」
「……」
むろんゼトゥスの胸中に不快感などあるはずもなく、むしろ可憐なる臣下の過剰ともいえる反応に大いに戸惑ったものであるが、助けを求めて?視線を向けた筆頭聖獣師も神妙に俯いているとあってはなす術もなく、意を決して席を立つと死を覚悟して震えるパレル・ラツォーロに向けてゆっくりと歩を進めたのであった……。




