第25話 激突!聖獣師VS龍氣師⑦
女龍氣師ウォセメル・ワノンが召喚した臙脂色の凶霊龍が出現したのは王家の森に最も近い(それでもおよそ2800ヤーン=約4.5kmほども離れていたが)、聖門王国でも屈指の広大さを誇るメアロック湖であったが、常に水場を〈降臨地点〉とする彼女がここを選択したのは当然といえた。
しかもべジュネオスは柔力属性の特性として出現段階から群龍化しており、しかも退勢著しいかつてのライバルが駆る単体戦闘を身上とする剛力属性の凶霊龍が分裂した際よりも大幅に上回る22体もの散躰を有していた!
しかも1体につき18ヤーン(およそ29m)もの巨体を有しているものだから、不幸にも当時稼働中であった3隻の大型遊覧船に乗り合わせていた総計71人の乗客と68艇の人力小型ボート上の135人の王国民は忽ち大パニックに陥り、その内の実に164人が負傷や転覆によって帰らぬ人となったのであった……。
とはいえ紅蓮の焔のごとき赤髪の龍氣師は自ら引き起こしたこの阿鼻叫喚の地獄絵図に眉一つ動かすことはなかったどころか、毒々しい口紅に彩られた唇の端を吊り上げて冷笑しながら、津波のごとき水しぶきを巻き起こして猛り立つ群龍たちを上陸させ、王家の森への進軍を開始したのである!
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その移動法は地を這うがごとき超低空飛行であり、龍というよりも蛇という方が適切な形姿も相俟って、まさに大蛇がのたくりながら前進するさまを彷彿とさせた──尤もその速度は時速120ヤーン(約75km)に及び、更に飛行中は体色が半透明化するという特徴も手伝って、はるか上空からそれを視認するのはまことに困難であったが、全聖獣中でも最も鋭い視力を誇る巨鳥たちの目をごまかすことはできなかった。
とはいえそれは丁度凶霊龍と相対する位置に陣取っていたヨシュア隊においてのみ察知が可能であり、しかもセラステラが突進した直後であったため、〈博士〉の愛鳥トゥーチェンが右側の貴族聖獣師の相棒ヴァーテスに目配せを送ったことで忽ち連携態勢に入った両者は、直ちに部下たちを迎撃のため急降下させたのであったが、それを目の当たりにしたミコーレ隊の面々はすぐに部隊長から彼らに合流せよとの指令が下るのを確信していたのであった。
『ふふふ、来たわね烏合の衆どもがッ!
それにしても聖獣防衛隊の学習能力の無さには今更ながら呆れるわ……なぜなら我が愛龍が好んで水場に降臨することはいい加減承知してるだろうにただの一匹も配置してないんだからッ!
ほほほッ、一旦出現したからにはこっちのもの、我々の進軍を止めることは誰にもできない──人龍共に能無しのユゴラーザとの違いを骨の髄まで叩き込んでやるわッッ!!』
その手始めにウォセメルが採った方針は、群龍たちの進路を点在する民家に重ねることで上方からの攻撃を躊躇させるというものであった。
『ひひひッ、メアロックはパヅァルア有数の観光地でもあるため前王がそれなりに周辺地域の整備に注力したこともあって険峻な環境の割には人口が多い……そしてそれらはリュシアーク地方にあってもう一つの名所でもある王家の森まで途切れることなく続いてるから、ここをコースに選ぶだけで少なくとも煌破弾は放てぬはず──とはいえこの緊急事態においては、あの苛斂誅求・酷烈非道を統治の柱に据える王家が民草の命など顧みるはずがないかしらねッ!?
オッホホホホホッ!むしろ私としてはその方が楽しめるから大いに望んでるんだけどッッ!!』
むろん筆頭聖獣師ルゼルク・ナージェムはかくなる事態を想定して当時既に事実上王政を司っていたゼトゥスの判断を仰いだのであるが、それによればたとえ一軒であろうとも敵の周囲に民家が存在する以上は戦火を交えるべきではなく、むしろ許可無き王国民の侵入が厳禁されている王家の森まで敵を誘導し、そこで雌雄を決せよと命じたのであった──とはいえ直径5千ヤーン(8km)の円形に設計された森の周縁から1250ヤーン(2km)余りの空間はこの英断を補完すべく【交戦許可区】に指定されて一切の家屋を含む民間施設が存在しないため、少なくともおよそ1560ヤーン(2.5km)の距離を耐え忍べば侵略者への猛襲が可能になるのだ!
したがってジェルマーとヨシュアの部下たちの役目は群龍どもを監視しつつ着実に許可区へと導くことであり、標的がそこに達した瞬間に熱閃煌破弾を一斉発射することであった!
──されどその時、長大な殲敵決死線の死角を突き、第三の龍氣師が操る19体の凶霊龍が何と地中から王家の森…いやその地下に築かれた要塞へと接近していたのである!




