第2話 消された王子〈後編〉
「うわはははははッ!!
どうだ思い知ったかッ、龍氣師の力をッ!?
これで数百年もの長きにわたってパヅァルアを暗黒に閉ざしてきた悪しき血統も終わりだッ!
それにしても侍医を兼ねた三流霊術師が張り巡らした結界など、凶霊龍の前にはそれこそ薄紙の盾に等しいことを己が命をもって思い知らされる結果となったなッ、まさに滑稽の極みだッ!
まあ寝台から降りることすら叶わぬほど衰弱していたのはこの【天地徹鏡】によって調査済みであったから今回の止めの一撃は時間をいささか早めただけともいえようが、それは問題ではない……なぜならば実父によって究極の虐待を受けた少年が、血の涙を流し尽くす修練の末に会得した秘術によってついに生涯最悪の恥辱を雪いだという結果のみが重要なのだからだッ!!
フ〜ッ……よいかガドゥアよ、全ては霊法光星史上最悪の暗君であるキサマが打った、愚劣極まる悪手が招いた自業自得の末路だぞッ!
後は必ず落ちるであろう地獄において、因果応報の病いに倒れるまで積み重ねてきた魔王も顔を背けしむるであろう悪業を永遠の苦悶をもって贖いながら、朽ちゆく聖門王国の滅亡を見届けるがいいッッ!!」
フードを跳ね上げ、纏ったローブよりも赤みがかった紫の長髪を山風になびかせながら絶叫する魔龍皇将士団最高幹部は顔の上半分を覆うヴァイザーを勢いよく外したのであるが、その碧い両眼は膜がかかったように白く濁っているではないか!?
「……魔龍皇様の鬼神のごとき叱咤鞭撻に日々打たれつつ、血の滲むなどという生ぬるい表現ではとても言い尽くせぬ修羅の精進を重ねておよそ十年、ようやく魂躰をあらゆる異空間に飛翔させることが可能となった私は迷うことなく最も危険な龍魂素界を目指した──いうまでもなく星覇獣国において確固たる地位を固めるには龍氣師となるしか術がないからだ……!
されどあそここそはこの大宇宙における真の地獄であったッ!
かくて否が応にも悟らされたのだ──地上における苛烈な鍛錬は、龍魂素界で生き延びるための最低限の霊的体力を涵養するための準備に過ぎなかったことをッ!!
即ち、ここからがようやく龍氣師への第一歩であったのだ。
以後、思い出すことすら身を刻まれるような苦痛を伴う酷烈極まる三年間の猛修行を積んでついに【極龍帝】との対面を許され、悲願の龍氣師となることができたわけだが、その代償は決して小さなものではなかった──晴れて霊法光星に戻り、懐かしき肉体に復帰した瞬間に視力が永遠に失われたことを思い知らされたのだからな……!
されど艱難辛苦の甲斐あって、ついに、ついに今日、宿願成就の時を迎えたわけだが、むろんそれは半ば成就されたに過ぎぬ。
なぜならばゼトゥス・マナレック──父王が廃人となって以降、彼奴こそが聖門王国の事実上の支配者なのであるから、私の真実の戦いはここから始まるのだッ!!」
再び天地徹鏡を装着し、フードを目深に被った“消された王子”は、呪わしい過去の桎梏を振り払うかのように踵を返すと、緑深い山間地帯に生気を吹き込む朝の光を避けるかのように鬱蒼と佇立する高木の陰へと姿を消して行ったのである──。
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盲目の龍氣師が闘神城に背を向けた刹那、眷属である凶霊龍もまた主塔の踊り場から忽然と消滅した。
「消えた……お、おのれ、階上から漂ってくる黒煙から窺えるように、既に任務は果たしたということなのか……!?」
口元を掌で覆いつつ若き正霊術師がこう歯噛みした時、濃紺の手巾で顔の下半分を隠した老宮廷医が悄然とした足取りで降りてきた。
「叔父上、やはり国王様は……!?」
緊迫した声音で放たれた問いに応える前に“ご苦労”とねぎらいの声をかけて霊獣を木筒に戻したペザロは、心身両面で主君を支えてきた忠臣は力なく首を振る。
「むろん心眼にて室内を透視してみたが、全ては後の祭りだ……どうやら火の回りはあまりにも迅く、哀れにもガドゥア様を担ぎ出そうとした二人の侍女を巻き込んで、聖門王国史上最悪の大罪を成功させてしまったものらしい……」
「……」
「バノンよ…今さら強調するまでもないが、これから王国は大変な事態を迎えることになる──だが、とにもかくにも臣下たる我々が成すべきことは、嗣子であられるゼトゥス様にこの痛恨の凶事をご報告することだッ!
現在王子は星覇獣国の狂戦士どもを討ち果たすためリュシオーク基地において激戦の陣頭指揮を執っておられるが、ついに本日から我が“年少の畏友”であるナージェムが手塩にかけて育成した【聖獣防衛隊】が戦線に投入される模様だ──ここで連中に痛撃を浴びせることができれば、戦局は一気に変わるッ!
案ずるには及ばぬ…正統なる王位継承者であるゼトゥス様と頼もしき筆頭聖獣師が健在である限り、我らのパヅァルア聖門王国は不滅だッ!
必ずや悪逆な魔龍皇とその軍団を誅滅し、新王こそが霊法光星最強の英雄にして、ルヌラリアの全星民の頂点に立たれる指導者であられることを証明するであろうッッ!!」




