第1話 消された王子〈前編〉
はじめまして、尾岐多聞と申します。
なろうにおける二作目になります。
第一作共々お楽しみいただければ幸いです。
ブックマーク・評価いただければさらに幸甚でございます!
よろしくお願い致します!!
薄明の断崖の上に佇む紫のローブ姿の人影は、眼下に聳える漆黒の巨城を微動だにせず見下ろしていた。
フードを深く下ろしているため身長と横幅から男性であることが分かるだけで風貌は判然とせぬが、装着したこれも紫色の鉱物製ヴァイザーが淡く発光しているせいで若者であることだけは窺えた。
徐々に大気が白んできたことでローブが金糸によって縁取りされ、背中に今にも飛び出してきそうな金色の龍が刺繍されていることが確認され、それは現在、このパヅァルア聖門王国に嵐を巻き起こしている【魔龍皇将士団】の紋章なのであった。
「ついにこの時がきた……!
積もりに積もった15年の怨念の清算の時が……!!
ガドゥアにゼトゥスよ……数百年もの長きにわたり、王国民に塗炭の苦しみを味わせ続けてきたキサマらマナレック家が完膚なきまでに粉砕され、パヅァルアが未来を取り戻すのも間近といえよう──この“消された王子”ニミルドの手によってなッッ!!!」
若者の全身から赤黒い焔のごとき憤怒の霊光が噴き上がり、上向きにして突き出した右掌から炎龍が顔を出して見る間に体長2メートルほどの東洋風の龍体となって飛び出すと、勢いよく召喚者を離れてその頭上にてグルグルと旋回し始める。
「あの日、実の父により王家の系譜から抹消された私は魔龍皇様に救われ、血の復讐を成就すべく、あの方を除いては二名しか軍団に存在せぬ龍氣師となるための地獄の鍛錬を開始したのだ──その過程で命を落としかけたことは数え切れぬほどだが、1年前ついに【龍魂素界】と盟約を結ぶに至り、常時霊龍群を召喚し、さらにおそるべき生物兵器として実体化できるに至ったのだッ!」
あたかも呪文のごとく口ずさまれる呪詛に促されるかのように小さな炎龍は回転速度を増し、やがて水晶の様に透き通ってゆく──そして若き龍氣師の右人差し指が寸毫の迷いもなく王の居室でもある主塔を強く指し示すと、鋼の意志を込めてこう命じたのである。
「できれば真夜中に放ちたかったが、この季節におまえが最も鋭気に満たされて発出できるのが【黎光刻】(午前四時に相当)である以上は致し方あるまい──さあ行けッ、グローメズよッ!
稀代の悪王を討ち果たし、この地に光明をもたらせるか否かはおまえの正義に燃える焔の牙にかかっているのだッ、必ずやこの崇高なる使命を全うするのだぞッッ!!」
かくて対人戦闘では不敗を誇る小型召喚龍は、十数人もの暗殺者たちが成し得なかった密命を果たすべく一陣の凶風と化して十一代目国王を今度こそ亡き者にすべく“闘神城”の異名で恐れられるツェルナコラ城へと潜入したのである──!
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王国民には厳重に秘されていたが、現王ガドゥア・マナレックⅪ世は死に瀕していた。
春先に突然体調を崩し、晩秋の今、彼と接する全ての人々がいよいよ崩御は目睫に迫ったと覚悟していたのであった。
しかしおよそ30数年にわたり、それこそ命懸けで尊体護持に努めてきた宮廷医のペザロにとって、この事態は到底容認できるものではなかった──なぜならば、誰よりも王自身が死を厭い恐れ、禁酒・菜食の徹底した励行等、ストイックなまでの節制に努めていたからである……。
「これには余としてもどうしても納得がいかぬ……かといって〈毒見頭〉のケメルは数百名もの密偵を放って食材生産者たちを厳しく監視し、調理中も厨房内にて鋭く目を光らせているのであるから原因は別にあるとしか思えぬ──つまり、呪術か霊術かはたまた暗黒魔法か、手段の特定は難しいにせよ、何らかの心霊的作用によって余はここまで追い込まれたのだと考えるしかない……ペ、ペザロよ、背後ではやはりあの忌まわしき反動組織が暗躍しているとしか考えられぬのだが……!」
ガドゥアが言わんとしているのはむろん聖門王国最悪の不安定要因である、魔龍皇を自称するズザ・ビラド率いる【星覇獣国】以外にありえなかったが、我こそは医道に加え霊術面においても王国屈指の泰斗であると自負するペザロが高弟を総動員して居室はもとより城内全域に強力な結界を張り巡らせ、昼夜問わず神経を研ぎ澄ましている効験によるものか、目下のところその種の攻撃が王の身魂を蝕んでいる気配はない……。
『だが油断はできぬ──認めたくはないことだが、魔龍皇が駆使し、星覇獣国の屋台骨を支える龍氣法術とやらは古今の神霊術を渉猟し尽くした私ですら全く実体が掴めぬ闇の秘法……王の命を脅かしている元凶が事実それであるのならば、真に有効な対抗手段はないということではないか……うぬぬ、これはまずい……かくなる上は一刻も早く敵軍を撃滅してビラドを捕獲し、悪辣な呪いを解除させねばッ!
唯一の望みは嗣子であられるゼトゥス様が王国随一の勇士であられること──あのお方であれば必ずや聖門王国を覆い尽くす暗雲を“極宝剣”シェスサーラの煌めく刃によって薙ぎ祓い、かつての黄金期にいやまさる栄光を招来されるに相違ないッ!!』
心中でこう独白しつつ身支度を整えた宮廷医は、その不屈の精神力と若き日の激越な鍛錬の賜物か、最近やや持ち直し今のところは小康状態を保っている王の容態を窺うべく、忠実な助手である甥のバノンを伴って冷えびえとした朝の大気の中、主塔の石段をしずしずと昇ってゆく。
──異変を口にしたのは既に十数年の修行を積んだ気鋭の【正霊術師】が先であった。
「叔父上、上方からとてつもなく邪悪な波動が押し寄せてきているようですが……!?」
当然ながらペザロも事態を把握しており、厳しい表情でうなずくと濃紺の上衣の内衣嚢から長さ20×直径2センチほどの黒く塗った木製の筒を取り出す。
「──出でよ、ワムラス!」
峻烈な指令を受けて筒先から金色の一角蛇が顔を出すと、淡い黄金色に輝く、3メートルにも達するであろう胴体をうねらせながら露出し、かなりの速度で階上へと漂ってゆく。
「あの鷹揚な性格の【邪啖蛇】があれほど気色ばんでいるということは、かなりの魔物がガドゥア様に迫っているということに相違ない──しかしその実体が我々の霊眼で捕捉できぬということは、どうやら聖門王国はおろか、霊法光星全域ですら未確認の存在ということに……あッ!?」
小走りで駆け上がるバノンの叫びは侵入者の〈正体〉に彼が思い至ったことを表し、一歩遅れて続くペザロは険しい表情でうなずく。
「間違いない──星覇獣国の刺客だ。
しかも私の見込みでは連中自慢の【凶霊龍】であることに間違いないだろう……!」
されどこの断言は甥にとって意外極まるものであったらしく、緑色の頭髪がなびく端正な容貌を驚愕に歪めて「エエッ!?」と叫ぶ。
「凶霊龍といえば天空を乱舞して王国軍の【巨鳥部隊】とぶつかり合う印象しかありませんでしたが──なるほど、そもそもが敵の龍氣師が龍魂素界なる未知の異空間から召喚した邪悪な霊体なのですから、大きさを自由に変えられない方がむしろ不自然というもの……しかし叔父上の一角蛇はあくまでも肉を纏わぬ霊獣であり、彼があれほど激しく反応したということは、今回の刺客は純粋霊体ということなのでは……!?」
「おそらくな──そして我々が加勢してやらぬことには、あの子が勝利することは困難だろう……むうッ!?」
王の居室に到達するまでに存在する八つの踊り場──その最後のエリアにて、ワムラスと見慣れぬ炎龍が絡み合いながら虚空をのた打ち回っているではないか!?
さしもの霊術師たちにも咄嗟の対応策が思いつかず、半ば呆然となって霊獣同士の死闘を静観させられるが、ハッと表情を強張らせた宮廷医はいきなり「バノン、ここは任せたぞッ!」と叫ぶと脱兎のごとく駆け出すと身を屈めて魔戦の下をくぐり抜け、石段を数段飛ばして昇ってゆくのであった!
そして質実剛健を旨とする尚武の国王の居室にふさわしい、王国の紋章である〈双頭の鷲獅子〉が鋳物のまま象嵌された鉄扉を目の当たりにした瞬間、「おのれ!遅かったかッ!?」と絶叫したのだった──なぜならば、戸の隙間からは黒煙が濛々と漏れ出して、室内が火の海となっていることが容易に想像できたからである!




