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第42話 異界渡りの休暇 7

 俺は自他とも認める馬鹿野郎であるが、自殺願望や破滅願望を持っているわけではない。なので、当然の如く、大怪我をする可能性や、最初から勝算が皆無の相手と戦うことを良しとはしない。失う物が何も無いのであれば、尚更だ。

 何故ならば、それはもはや浪漫では無く、ただの無謀だからだ。


「ちょ、ちょっと! 何よ、それ!?」


 ただまぁ、相手からすれば当然、こういう手段は認められないだろう。何せ、奥の手を切って、これからという時に、いきなり相手が降参してきたのだ。そりゃあ、怒る。怒って当然だろうけどね。


「何でも何もないぜ、ゴシックロリータ女子――もとい、フシちゃん。君たちが本気を出した。俺はそれを見て、勝てないと判断した。だから、負けを認めた。ただ、それだけのことじゃあないか」

「怖気づいたっての!?」

「うん、その通り。俺は怖気づいたのさ、君たちに。だから、この勝負は君たちの勝ち」

「――――っ! この、この、この卑怯者! ヘタレ! インポ!」

「おやおや、女の子がそんなに下品な言葉は使っちゃいけないぜ?」

「がああああああああああああ!!!」


 黄金の全身鎧を纏ったフシは、怒りを持て余して、地団駄を踏む。ただ、それだけの余波で、路面が割れ、地面が揺れるので、やはりギブアップして正解だったな、うん。


「こ、こうなったら無理やりにでも戦ってもらうわよ!」

「言っておくけど、俺は、勝てないだけで逃げられないわけじゃない。その形態、耐久力と攻撃力に特化しているようだけど、相手の魔術行使を封殺する手段は果たして存在するのかな? そして、この俺が空間転移系の逃走手段を用意してないとでも?」

「ぐ、ぐぬぬぬ、ぐぬぬぬぬぬっ!」

「おいおい、そこは悔しがるなよ、勝ち誇れ。君たちが勝者だろう?」


 もっとも、こちらは失ったものはさほどなく、そちらは奥の手を衆目に晒してしまったという損失があるけどな。

 やれ、この俺のような馬鹿野郎相手に、リスク管理で負けるなんて未熟だぜ、君たち。何せ、この俺は女の子のナンパの為に秘宝級の魔導具を使った大馬鹿だぜ? その大馬鹿との戦いのために、奥の手を切るなんざ馬鹿らしい。

 だから、これ以上手札を周囲に見せる前に、撤退すべきなんだよ、君たちは。


「はい、んじゃあ、俺はこれで。また会う時があったら、今度は賭け無しでナンパさせてもらうぜ、美少女姉妹」

「う、うぐぐぐぐ……」


 必死に怒りを堪えているフシに背を向けて、俺は悠々と歩き出す。

 背後からの攻撃は無い。あったとしても感知できるが、フシという少女は己の言動に誇りと責任を持って生きているタイプの人間だ。

 賭けに勝った相手が、逃げ去る敗者の背中を撃つことを、彼女はきっと認めない。


『――――まって、ください』


 だから、俺に声を掛けるのはきっと、妹の方であると分かっていた。

 賢く、けれど、それ以上に諦めが悪いのは、妹の、ツクモという名のインテリジェンスウェポンであると。


「へぇ、空気振動じゃなくて、電波系か。なんだか親近感が湧く意思伝達手段だけれども、一体、この負け犬に何の用だよ?」


 予想はしていた。

 なので、俺は振り返り、改めて彼女たちと向き合う。


『ほんきで。ほんきで、ボクたちと、たたかってください』

「本気だったぜ、今までも」

『でも、ぜんりょくじゃ、なかったです』

「そりゃあな? お遊びのストリートファイトで本気を出すことがあっても、全力は出さないぜ? だって、それは本来、隠すべき手札だ。ここぞという時に使うべき力だ」

『だから、あつくなって、ぜんりょくをだした、ボクたちは、ばか?』

「というよりも、未熟だ。実力はあるだろうが、経験不足だ。一度失敗したら、これから学んでいけばいい。なんて、負け犬の俺が言えた立場じゃないだろうけどな?」

『そんなこと、ありませぬ。おにいさん、ボクたちより、ゆうしゅう。でも、だけど、あえて、おねがいします』


 数秒、時間をおいてツクモは己の願いを口にした。


『ばかなボクたちの、いろじかけにひっかかって、いっしょに、ばかになってください』


 ぴりっと、その願いを告げる電波が、何故か首筋を少しだけ痺れさせたような気がした。


『だって、このままだと、ボクたちは、ただのまぬけです』

「誰だって最初は間抜けだ。これから学んでいけばいい。強いて言うなら、自分を賭け金にしたストリートファイトなんてやっていると、どうしても値踏みされるぜ?」

『でも、いま、いじをとおさないと、きっと、だめになるから』

「…………はぁ。理由を言えよ、焦っている、理由を」


 俺は大きくため息を吐き、ついつい理由を訊ねてしまう。

 ああ、駄目だぞこれは、駄目な奴だ。


「そこから先は私が話すわ、お兄さん。実は、というか、お兄さんも予想していると思うけれど、私たちはホームを出て来たばかりの新人異界渡りなの。辛うじてこの港に辿り着けたけど、ここから先、違う世界に渡る伝手が全く無いわけ。だから、その、自分の実力を知らしめて、こう、『お前、中々やるじゃねぇか。ちょうど、腕に覚えのある奴を集めているんだ、一枚噛まないか?』みたいな展開を望んでいて――」

『ばかあね、ちがう。ちゅうもくしてもらうのはおなじだけどー、こえかけるの、こっち。ボクが、かんきゃく、みきわめるやくなのー』

「そうだったっけ?」

『ばかあねー』


 姉妹の会話を聞きながら、俺はその経緯を推し量る。

 きっと、己の世界を飛び出すだけの何かが、彼女たちにはあったのだろう。飛び出した先の保険なんて考える余裕なんて無いぐらいの、何かが。

 それは、切実な理由かもしれない。

 あるいは、笑ってしまうほど愚かな衝動かもしれない。

 だが、どちらにせよ、この姉妹はそれだけ不格好だろうとも、自分の物語を始めることを選んだのだ。

 異界渡りとして、生きていくことを選んだのだ。


「……言っておくと、別に俺と戦わなくてもそれなりに実力は見せられたし、後は地道に声を掛けて行けば伝手の一つや二つは得られるぞ?」

「だけど、お兄さんの伝手は得られない、そうでしょ?」

『ここであきらめたら、それっきりなかんじがー。おにいさん、あきらかにただものではないかんじですのでー』

「…………仮に、俺が全力を出したとして。その上で俺を倒したとして。そういう経緯の相手を、この俺が『気に入ったぜ、これから一緒に仕事しよう!』なんて、なると思うか?」

「『思う、だって、お兄さんだもの』」


 声が綺麗にハモるレベルで、俺はそういう認識なのかよ、まったく。

 この短いやり取りで、俺の何を知ってんだか、こいつらは。

 ――――ああ、くっそ、絶対怒られるだろうなぁ、これ。ガチで怒られるよ。久しぶりにガチの説教をされちまうよ、もう。


「そうか、だったらいい――――構えろよ、美少女姉妹」

「え、それじゃあ!」

『もしかしてー?』

「ああ、全力でやってやる……アイテムボックス解放。番号一番、黒羽」


 俺は一番使い慣れた得物である、刀を手元に召喚した。

 すると、美少女姉妹は待っていました、とばかりに戦意を滾らせる。鎧越しからでも、あるいは、鎧となっていても、満面の笑みが浮かんでいるのがはっきりとわかるようだ。

 ただ、その笑みは可憐でありながらも、猛獣のように猛々しいのだろう。


「お兄さん、貴方の意思に感謝するわ! 私の名前はフシ。A11の【不死】よ」

『ボクはツクモ。A12の【憑物】ですー』

「そうか、俺はミサキ。見崎神奈だよ」


 名乗り合いながらも、既に俺たちは互いの間合いに入っている。

 相手は一息で、俺を消し飛ばせるであろう怪力無双にして、神速の持ち主。音速を超える移動速度で、真っ直ぐ突進されるだけでも、この肉体では致命傷だ。仮に、あらゆる物質を断ち切る黒羽を振るえたとしても、刃が当たる前に、こちらが殴られるだけ。本当に、大体詰んでいるんだよな、この状態は。


「行くわ」

『ごーごー』


 ――――この俺が、己の異能を使わなければ。


「ああ、そうそう、言い忘れていたけどな、美少女姉妹。俺が全力を振るうってことはつまりだな」


 一歩。

 音速を超える速度で突進して来た、黄金の鎧をすり抜ける。さながら、煙の如く。

 二歩。

 悠々と黒羽の刃を抜刀。漆黒の刀身を、静かに構えた。

 三歩。

 美少女姉妹は俺を見失い、存在の残滓すら感知できない。


「超越者すら、殺せるってことだ」


 四歩。

 異能を行き渡らせた刃で、美少女姉妹の『意識』を一時的に断ち切る。体は傷つけず、その戦意のみ、切断し、戦いを終らせた。


「だから、俺に勝ちたいのなら、そもそも全力を使わせないのがセオリーなんだよ。もっとも、俺がまともに戦うなんて機会はとても珍しいんだけどね、実は」


 緩やかに倒れるフシと、人型に戻って倒れるツクモ。

 二人の奇妙な美少女姉妹は、互いに寄り添い合うように倒れ、その表情はどこか安らかに見えた。



●●●



「見つけたぞ、超越者殺し」



 ――――小さく呟かれた歓喜の声を、聞き届ける者は誰も居なかった。

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