第41話 異界渡りの休暇 6
俺の勝利に対して、歓声も拍手も起こらなかった。
むしろ真逆に、観客たちは先ほどまでよりもずっと静かになっている。
何故ならば、俺が使用した魔導具の余波によって、周囲の観客たちのほとんどが眠り込んでしまったからである。そう、ついでに審判も眠ってしまう始末だ。
「ほう、準秘宝クラスの魔導具を惜しみなく」
「くくくく、やけに存在感が薄いと思えば、わざとだな? なるほど、暗殺者タイプ」
「是非、お近づきになりたいニャー」
もっとも、観客全てに魔導具の効果が行き渡ったわけではない。何人かは概念魔術の効果を相殺、あるいは中和、もしかしたら無効化したのか、平然とこちらを観察している様子だ。
やはり、観客の中にも概念クラスに対しての防御を行える凄腕も混じっていたか。
…………なんかこう、筋骨隆々のマッチョマンが純白のワンピースを着ていたり、全身黒ずくめだったり、顔だけ猫の着ぐるみを被っているモデル体型の女とか、やけにキャラが濃い奴ばっかり残ったな。でも、キャラが濃い奴って大抵、強い弱いは別として、一筋縄ではいかないタイプが多いんだよなぁ。
「…………おみごとー」
そう、観客の一部と同じく、平然と魔導具の効果を受け付けなかった金髪パーカー女子のように。
「ふー、おにいさん、とても、つよぉい。しゅごーい」
「あっはっは、そりゃどうも」
金髪パーカー女子は、そのグラマラスな外見とは裏腹に、やけに舌足らずの言葉遣いだ。動作も、どこか幼い。ぱちぱちぱち、と大仰に拍手をしながら、俺の下へ歩いてくる。
きっちりと、倒れ伏すゴシックロリータ女子を、庇うようなルートで。
「だが、凄いのはそちらも同じじゃないか? さっきの概念干渉は上手く行ったと思ったんだけどさ」
「えへー、どーしてでしょうかー?」
「ふぅむ。恐らくは、そのヘッドフォンに秘密があるんじゃないか? 微睡の干渉手段は聴覚に限定されている。眠気を感じた瞬間、そのヘッドフォンを大音量でかき鳴らせば、防ぐことも実は可能だからね」
「はーい、だいせーかい」
にぱぁ、と無邪気な笑みを浮かべる金髪パーカー女子。
しかし、その姿とは裏腹に、こちらの概念干渉を防いだやり方は実に巧みだ。何せ、力ずくで解消したのでもなく、無理やり中和したのでもなく、そもそも効かなかったわけでもなく、正しい手順で、適切に干渉を防いだのだから。
概念魔術は脳筋タイプのごり押し相手にはよく効力を発揮するのだが、この金髪パーカー女子のように、頭の回転が速く、しっかりとその魔術に適した防護術を行う相手に対してはいささか分が悪い。
「そーれーでー、ちょっと、ごていあんなのですがー?」
「ほう、言ってごらん」
「ほんらいであればー、このメスがー、まけちゃったじてんで、もうかけはおわりなのですが。んもう、このままー、しょじょまくを、ぶちやぶっても、いいのですがー」
「俺はよろしくないよ。衆人環視の上で、眠っている相手にぶち込むのはよろしくないよ」
「そのー、ですねー? かけきんを、つりあげませんか?」
「……ふむ」
にぱぁ、と金髪パーカー女子は気の抜けた笑みを見せると、こちらに擦り寄って来た。
「あなたにー、ゆうりなじょうけんで、もういちど、しょうぶでー。こちらは、かけきんをつりあげて、もしも、あなたがまけてもー、なにもいただきませんからー」
「えー、どうしよっかなー」
ふわふわの胸が露骨に押し当てられて、俺の二の腕がとても幸せな状態なっているが、冷静な思考を保とう。ゴシックロリータ女子は強く、勘も鋭い。もう一度戦って勝てる保証など何処にもない。
「おにいさんはつよいのでー、つぎは、ボクもいっしょにたたかいます」
「ボクっ娘だと!? じゃなくて、それは流石に、君たちが有利過ぎると思うぜ?」
「かけきんはー、ボクのしょじょも、いっしょにつけますのでー」
「――――!!?」
衝撃の言葉と共に、むにぃいい、という衝撃の感触が俺の思考を打撃する。そりゃあもう、ぼっこぼこに殴ってくる。
お、お、おちつ、落ち着け俺ェ! 初体験、初体験だぞ!? 初体験を三人プレイでかますのか、俺は!? 何それ、ロック過ぎない!?
「しまいどんですよー、どうですかー?」
「姉妹丼!? というか、姉妹なの!?」
「いもうとですー」
「こっちが!? 体格的にあっちが妹だと思ってたけど!?」
「いろいろあるのですー。でも、いっしょにいただくのですから、どちらでもよいのでは?」
「確かに!」
舌足らずの言葉が、蜂蜜のように俺の理性を甘く浸していく。
駄目だ、駄目だ、いかん、耳元でこの甘ったるい口調は不味い。具体的に言うと、下半身が不味くなってきそうだぞ、おい。くそう、戦わずして負けそうだ! でも、負けた方がいいのかな? だって、初体験で姉妹丼だぜ? ロック過ぎない? ロックスターになってしまわないかな、俺。
「うああああ、でもなぁああああああ! 俺は堅実な判断をだなぁああああ!」
「もしもかったら、コスプレもおっけーですー」
「よし、乗った! メイド服で!」
そして、最終的に俺の理性はメイド姉妹をご一緒セットに負けてしまったらしい。気づけば、俺の口は更なる賭けを望んでしまっていた。
「では、そのようにー。いまから、じゅんびしますので、おまちをー」
「うーい」
腕から離れていく柔らかな感覚を名残惜しみつつ、俺は思考を切り替える。
とりあえず、賭けをしてしまった物は仕方ない。出来る限り最善の手段で戦い、もしも、怪我をしそうだったらさっさとギブアップしよう。どうせ、負けても何も減らないんだし。いや、むしろ、開始した瞬間に負けを認めれば、何事もなく……駄目だ、メイドで姉妹丼という言葉に俺の理性がやられている……勝ちたいなぁ。
「おーい、フシ。おきてー、おーい」
「すぅすぅ、むにゃあ」
「おきなさーい、あねー、ばかあねー」
「ぐうぐぐ」
「…………」
びたーん、びたーん、びたたたたたたたーん。
「いたぁ!? ちょ、やめ、やめなさっ! 誰!? 一体、誰なの!? この私の顔面をすさまじい勢いで往復ビンタをしぶばあぁ!?」
「まけいぬ、さいせんのじかんですよ?」
「もうちょっと優しく起こしなさいよ!」
俺が考え込んでいると、なにやら、赤髪と金髪という変わった組み合わせの姉妹が、ぎゃあぎゃあ、何やら言い争いをしていた。
その光景は微笑ましくも、途中で割と洒落にならない拳やビンタの応酬があるので、やはり彼女たちが相応の実力者であると改めて実感する。そして、その実力を、何らかの理由で周囲にアピールしなければならない、という理由もまた、察することが可能だった。
さて、俺はどうするのが正解なのかね?
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「準備はいい?」
「そっちこそ、再戦の準備は良いのかよ?」
「ばっちしです」
「そうか、そうか。んじゃあ、遠慮なくやろうぜ」
ゴシックロリータ女子は、金髪パーカー女子の手荒いビンタのおかげで、何とか覚醒することが出来たらしい。あの微睡は大分深く眠りに沈めるはずなのだが、眠っていた方の耐性が高かったのか、起こした手段が良かったのか、今はすっかり眠気を飛ばしているようだ。未だに、余波に巻き込まれた観客たちは熟睡しているというのに、タフな女子だよ、まったく。
「お兄さん、貴方は私よりも強い。だから、私は負けだ。油断はしてないつもりだった。でも、全身全霊では無かった。限られた条件で最善は尽くしたけど、最高の状態じゃなかった」
「お? なんだ、言い訳か?」
「言い訳? いいえ、違うわ――――宣言よ」
そんなタフな女子は、さらに覚悟を決めたらしい。
明らかに先ほどまでとは纏う空気が違う。ぴりぴりと、こちらの皮膚が粟立つほどの重圧が、彼女から感じられる。
「ここから先は、全力でやるわ。そう、私たち二人の、全力で! いくわよ、ツクモ!」
「やるよ、フシ」
ゴシックロリータ女子――フシと、金髪パーカー女子――ツクモは、互いに息を合わせて、何やらやろうとしていた。
もちろん、俺がそれを待つ義理などは無いのだが、隙が無い上に……思ったよりもずっと、それは高速で展開された。
「存在転化――――【我は輝ける鎧とならん】」
ツクモは、先ほどまでとは違う、無機質で淡々とした口調で何かを呟く。
その瞬間、ツクモの肉体が解けて、金色の風となった。
金色の風がその場で旋風の如く、フシの体に纏わり付き、姿を覆い隠す。
「魔力は惜しまない! 存分に性能を発揮しなさい、ツクモ!」
『あいあい、フシ』
フシに纏わりついた金色の風は、そのまま物質化して、全身鎧となって装着される。
『概念防御、起動。肉体強化、起動。生命転換、起動』
「く、う――――は、ははははははっ!」
金色の全身鎧を纏った怪物が、そこには居た。
「うわぁ」
俺は思わずドン引きして、声を漏らす。
何しろ、彼女たち姉妹が取った戦法がシンプルで、なおかつ最適解過ぎたのだ。
即ち、『とりあえずあらゆる耐性を全部上げて、どんな手段を取られても耐えている間に、相手を速攻でぶっ倒す』という、脳筋戦法が。
「さいっこーうの気分よ、妹ぉ!」
『ハイになっているひまがあったら、おにいさんをたおしてー。じかんがないのー』
ツクモという、あの金髪パーカー女子の正体は恐らく、インテリジェンスウェポン。人の心を持ち、魂を持ち、そして、武器と人、二つの姿を持つ存在。
しかも、ランクは秘宝級以上だろう。
現在の手持ちの魔導具を使っても、彼女たちの防御を一瞬で貫くことなんて出来ないし、また、さらに増強された怪力無双による一撃を受け止める手段も無い。
「これが私たち二人の全力よ、お兄さん! さぁ、戦いましょう、どちらかが倒れるまで!」
「あ、ギブアップしますんで、はい」
なので、俺は即座に敗北を認めることにした。
いやだって、殴られたら普通に死ねる奴じゃん、それ。




