第100話 勿忘草を摘みに行こう 7
とりあえず、復活です。後、100話達成。
全体のプロットとしては大体、半分ぐらい? 最終的に200話いくかどうかは微妙です。
心配していたわけではない。
ただ、少しばかり疑っていたことは事実だ。何せ、どれだけ力が強くとも、見崎は華奢な女性だ。その肉体で、どうやってあの化物共と渡り合うのかと。いや、渡り合う実力があったとしても、それは何かしらの危険が伴うことなのではないかと思っていた。
片手間で全滅させられる、なんて言ってはいるが、それはあくまでも俺を勇気づけるための冗談であって、本当はそれなり以上に大変なことなのではないかと。
「さて、まずは状況の確認だ。平蔵さん、アンタは偶然、オカルト系の依頼を受けた。あくまでも偶然、人の伝手で地元のオカルト事件を調べることになった、それでいいよな?」
「……あ、ああ、そうだ」
「ふぅむ、偶然、偶然ねぇ。よしんば、偶然だとすれば出来過ぎだ。もちろん、世の中にはそういう偶然もあるが、これは明らかに何かの意図の下に動かされていると仮定した方が良いな。問題は、どの時点までその何かの意図に沿って動くか、だ。あまり最初から脱線し過ぎる行動を行えば、余計な干渉が入って状況が悪化するかもしれん。そうなれば、俺はともかく、平蔵さんを守り切れるとは限らないからな」
「そ、その、見崎?」
「ん? あー、大丈夫だ、平蔵さん、安心してくれ。守り切れない可能性がある、というだけで、対策は色々と考えている。アンタに掛かっている呪いも、止める方法自体はあるんだが、どうにもそれだと根本的な解決にはならない上、呪いを止めている間は、アンタの意識も止めておかないといけなくてなぁ」
「それは助かるが、そうじゃなくて、その、な?」
俺は妙な気まずさを感じながら、見崎へ言う。
「何をやっているのかさっぱり分からないけど、強すぎません?」
視線すら向けず、俺と会話を続けながら、文字通りの片手間で『右手蜘蛛』の化物を次々と屠っていく見崎へ、賞賛と畏怖の言葉を告げる。
まるで、その光景は魔法か――いや、反則でも使っているかのような物だった。
視界がまるで利かない濃霧の中、巨大さと反比例するかのように幽かな気配の化物が俺達に奇襲を仕掛けてくる。怯えて、周囲に過剰なほど気を配っている俺でも、中にはまるで気づけない奇襲もあった。というか、ほとんど俺は気づけなかった。
「んんー、俺が強いというか、こいつらが弱すぎなんだよ」
気づけなくても、まるで問題は無かった。
俺の視界に入った時には既に、その化物は『ガォン!』という奇妙な音と共に、跡形もなく消し飛ばされてしまっているのだから。
え? 何? どういう原理の攻撃なの、これ? 俺はてっきり、除霊とか、聖なる力で寄せ付けないとか、陰陽師系のあれこれで調伏するとか、そういう方向性だと思っていたもん。
でもこれ、ちがくね? 異能バトル系統の攻撃じゃね?
「見てくれだけ大きい張りぼてみたいなもんだ。中途半端に砕いて、汚れるのが嫌だから空間ごと破壊しているが、本来なら、そんな必要も無い。徒手空拳で適当に殴っていても、対応できるレベルの相手だぞ」
「空間を破壊って何さ!?」
「空間を破壊は、空間を破壊だよ。力を込めれば、ガォン! と出来るぞ。つーか、それよりも問題はこの濃霧だ。張りぼての化物なんかよりも、余程恐ろしい」
「え? あの化物よりも?」
見崎の言葉に、俺は首を傾げた。
確かに、外に出られなくなるという効果は恐ろしい。けれども、直接的に俺に危害を加えて来そうな化物たちよりも、脅威度が上なのだろうか?
「おう。分かっていないようだから、説明するけど、この霧はヤバい。今は対処しているから問題ないが、ずっとこれを吸い続けていると――――溶ける」
「……は?」
溶ける?
溶けるって、ええと? アイスとか、氷みたいに?
「この霧は何もかもを曖昧にして、段々と人を……いや、何もかもを狂わせていく毒だ。三十分も吸い続ければ、精神が溶かされて廃人に。一時間もまともに吸えば、肉体が溶かされて、この霧と同化してしまうだろうな」
「え? いや、でも、俺はこの場所に来てから、明らかに一時間以上は――」
「そう、それだ」
ガォン! と周囲の化物を一掃しつつ、見崎は俺が引っかかった違和感を指摘した。
「アンタは何故か、この霧の中でも肉体が溶けていない。加えて、精神的干渉も最低限に留まっている。本来なら、俺と出会う前に溶け切ってもおかしくないはずなのに」
「溶け切る……あの、見崎。もしかしたら、なんだがよ? その、この村の住人が誰も居ないのって、ひょっとして?」
「ああ、溶け切ったんだろうな、とっくの昔に」
「う、ぐっ」
腹を殴られたかのような吐き気が、生理的嫌悪感が熱い塊になって喉元にせり上がってこようとする、だが、今の俺にはもうそんな余裕は無い。呑気に胃液をばら撒く余裕なんて無いのだ、無理やり意地を張って飲み下し、喉元がひりひりと痛むのを、必死になんでもない振りをしてやり過ごす。
「死んだ、ってことか?」
「いいや? 死んでいないな、霧と同化していだけで、死んでいない」
悍ましくも、幸いなことに、と見崎は言葉を付け足して肩を竦めて見せる。
それは、一体どれだけの苦痛なのか? あるいは、何も感じないのか。命があるという見崎の断定が、救いのようにも悪趣味な拷問にも感じられる有様だ。
下手したら、いや、『何か』が無ければ、俺も仲良くその仲間入りだったのかよ、こえーわ。
「ともあれ、こうしてアンタがまともな体で居るってことは、この霧にはいくらか相手を選別できるだけの余地が存在するってわけだ。何もかもを溶かす現象ではなく、何者かによる『演出』と考えて良い。そして、アンタはその悪趣味な演出家によって見出されてしまった役者なんだろうな。ただ、アンタの話から推測すると、その悪趣味な演出家が土地神であることは疑わしいと思う。例え、アンタを呪うほど恨む事情があったと仮定しても、やり方がまどろっこしい。アンタが憎いなら、縁を手繰ってアンタだけを狙えばいい。態々、自分の土地に住まう住人達を巻き添えにして恨みを晴らすってのは、あまりにも違和感がある」
「…………俺をここに呼び寄せたのは、沙耶自身ではなく、他の何者かってことか?」
「そう考えるのが妥当だろうな。そもそも、アンタが土地神と会わなくなって時間が経ち過ぎている。特別な契機でも無ければ、十年以上も経ってから呪い殺そうというのは不自然だ」
何者かの意思。
沙耶ではない、第三者。
残念ながら、俺には、まったく見当が付いていない。
沙耶と別れてからの俺の人生と言うのは、途轍もなくつまらなく、惰性で場当たり的に生きていたようなもんだ。誰にも深く愛されない代わりに、誰にも深く憎まれない。何度か、適当に付き合って別れた女性とも、円満に関係を解消していたぐらいに、俺はヘイトを集めないように立ち回って生きて来た。
だが、もしかして、ひょっとしたら沙耶の時と同じように、俺が肝心な何かを忘れているだけなのかもしれない。
「まー、なるようにしかならねぇって! ほら、俯く暇があったら前を向いて打開策を考えようぜ!」
「げほっ!? ちょ、いたっ、背中叩かないで、マジでいたっ!?」
「とりあえずは、アンタが泊まるはずだった温泉旅館に行くか、温泉旅館。そこに何かしらの手がかりがあるかもしれんし、罠だったら俺がぶち破ってやる」
沈む俺の気分を、強制的に見崎が引き上げる。
ばしばしと、こんな陽気な声で背中を叩かれれば、嫌でも気持ちが前向きになってしまう。というか、普通に痛い。恐怖を感じる前に、背中の痛みが気になって、怯える気持ちがいくらか解消されてしまったらしい。
叩けば治るとか、俺は古い家電かよ? 我ながら、単純な精神構造でびっくりだぜ。
「安心しろよ、平蔵さん。これでも俺は英雄と呼ばれていた存在だ。この程度の怪異、鼻歌交じりに解決してやるともさ! ただ、脇が甘いところがあるのも自覚しているから、しっかり俺の視界の範囲に居るように。俺から離れるとマジでヤバいから」
「あー、ホラー映画だとちょっと別行動を取った途端、画面が暗転する奴」
「なんでホラー映画の犠牲者枠って、あんなに分かり易く死亡フラグ立てるんだろうね? たまには、あの死亡フラグをへし折って最後まで生き残る様を見てみたい」
「そうなったらもう、ホラーじゃないんじゃね? ホラー風味のギャグじゃね?」
「ははっ、確かに」
不思議だ。
この狐面の奇人と会話していると、ホラー映画染みた非日常に遭遇しているのに、減らず口がどんどん口から出ててくる。まるで、この非日常すらも他愛ない日常の延長線上に過ぎないかのように。
「じゃあ、ギャグテイストにホラーをぶち破ってやるとしますか。なぁに、古今東西、シリアスを保てなくなったホラーはギャグに弱いというのが定番だからな」
仮面に隠されて表情も分からないのに、自信満々な見崎の言葉を聞いていると、本当にこれがなんでもないような出来事のように思えてくるから、笑えるわ。
多分、この時の俺の目は、特撮番組でヒーローの登場を心待ちにしている幼子と、似ていたんじゃないかと思う。
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「ひひひ、ようこそぉ。この悪夢の霧に浸され――」
「そぉい」
「うぉおおおおおおおおおいいい!? なんで、温泉宿の中でやっと会えた住民をガォン! したのぉ!? なにその、殺意ぃ!?」
「いや、でもこれ形だけの偽物だぜ? 魂の入っていない霧の塊だ」
「だとしても、台詞は最後まで言わせろよぉ! 何かヒントがあったかもじゃん!」
「あ、そこら辺はきっちり、オウルが……げほんっ。んーっと、切り取った空間の情報を取得して調べるからご心配なく」
「わかった、わかったぞ、見崎! お前ってば、TRPGで謎解きする時、その謎ごと根本的に潰す奴だろ!? 謎の解決じゃなくて、解消を選ぶ奴ぅ!」
「失礼な。遊びの時は、きちんと場の空気を読む良質のプレイヤーだぞ、俺は」
「現実でも空気読もうぜぇ!?」
…………いや、これヒーローというか、人型の怪獣じゃないか?
怪しげな空気を容赦なくぶち壊していく見崎の姿を見て、俺は憧れれば良いのか、ドン引きすればいいのか、分からなくなってきた。