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結婚

 クリフォードとサラの結婚式は郊外のウォーグレイヴ家の別荘で静かに執り行われた。ウォーグレイヴの親戚とはいえクリフォードの姉達が来るはずもなく、出席したのはアルフレッドと家宰のヘンリーだけである。一方ラディーナ家もサラの両親と兄しか出席せず、本当に静かな式であった。

 結婚式後、アルフレッドは仕事があると急ぎ城へと戻っていった。クリフォードとサラはウォーグレイヴ家の馬車で屋敷へと移動していた。

「サラ綺麗だな~」

 クリフォードはサラの隣に腰掛け表情を緩めたまま、ずっと彼女の顔を見ていた。彼女はその視線から逃れるように窓の外を見ていた。

「何でずっと窓の外を見てるの? 久し振りに会ったのに素っ気なくない?」

 サラは外を見るふりをして、にやけているクリフォードにどういう態度をしたら正しいのか考えていたのだが答えは出ていなかった。自然と握られている手も振り解けず、彼女は視線を逸らすのが精一杯だったのだ。

「抱き締めていい?」

「何でそうなるのよ」

 サラは不機嫌そうにクリフォードの方を見た。彼は彼女の表情を見て、叱られた子供のようにしゅんとする。

「俺はこの日をすごく楽しみにしてたのに、サラはそうでもないんだね」

 サラは必死で言葉を探す。彼女もまたこの日を楽しみにしていた。やっとクリフォードと向き合えると。しかし今まで向き合う事を避けていたせいか、いざ向き合おうとすると、どうしていいのかわからなかった。

「俺は頑張るから。いつかサラに俺と結婚してよかったと思って欲しいから。でも出来たらもう少し楽しそうにして欲しいな」

「ごめん。緊張しているの。クリフの家に行くのは初めてだから」

 クリフォードが悲しそうな表情をするのでサラは微笑んだ。彼に幸せになって欲しいから嫁ぐのに、彼に悲しそうな表情をさせてはいけないと思った。

「何だ。そういう事」

 クリフォードは安堵した。どうやらサラの言葉をそのまま信じたようだ。その言葉も嘘ではなかった。公爵家という想像も出来ない場所、いくら彼が受け入れているとはいえ屋敷の者全員が彼女を受け入れるとは限らない。不安など数え出せばきりがないのだ。

「緊張しなくていいよ。皆いい人だから。それにエマはサラの侍女をやるって」

「エマさんが?」

「手紙の配達は俺とヘンリーとエマと父上しか知らないから、屋敷で会った時は他人の振りをして欲しいと言ってたよ」

 サラは頷いた。使用人と会っていた事は秘密にしなければならない。今うっかり呼んでしまったが、間違えても屋敷内ではさん付けで呼んではいけない。

「ちなみにお屋敷にはどれくらいの人が働いているの?」

「数えた事ないからわからないなぁ。顔を合わせるのは十人くらいじゃない?」

「何故そんなに適当なのよ」

「サラは屋敷の人間全員覚えてるの? 庭師が何人とか料理人が何人とか俺はわからないけどおかしいの?」

 クリフォードの言葉にサラは怪訝な顔をした。彼女の屋敷に庭師はいないし、料理人も一人しかいなかった。言い方からして複数いるのだろうが、他にも侍女に召使いなどがいるのだろうから把握出来ないくらい人がいるのかもしれない。

「ラディーナ家は三人しかいなかったもの。何十人もいるとは思わなくて」

「そっか。そう言えば一回サラの家に行ったけど屋敷が小さかったね」

 男爵家と公爵家、家の大きさが違うのは当たり前である。むしろよくあの日花束を持ってきたとサラは思い出していた。クリフォードも優しいのだ。少々自己中心的だが。

「男爵家はあれくらいが普通なの。エリオットの家と変わらないでしょう?」

「確かに。でもエリオットは一人だからあの大きさで十分でしょ」

 サラの家は五人だったがそれでも別に狭いと思った事はない。これは想像出来ないくらい大きな屋敷に連れて行かれるのだろうと彼女はため息を吐いた。

「一度学生時代に遊びに行っておけばよかったわ」

「最初に断ったのはサラじゃん。公爵家になんて足を踏み入れられないって」

 クリフォードは口を尖らせる。友達になってすぐの頃彼に夕食に誘われた。だが父が怖くてサラは断ったのだ。それ以降、彼は彼女を誘わなかった。

「それはこうなるなんて思っていなかったから」

「別に心配しなくていいよ。ヘンリーが煩いだけであとは皆優しいから」

 サラは頷いた。ここで考えていても仕方がない。屋敷に着いてから考えようと彼女は思った。

「で、そろそろ抱きしめていい?」

「だから何でそうなるのよ」

「緊張をほぐす為?」

 クリフォードの答えにサラは呆れた顔を返す。

「それは効果が期待出来なさそうだから遠慮しておくわ」

 狭い馬車の屋形の中。抱きしめられたら心臓が持ちそうもない。違う緊張に変わるだけだとサラは思った。しかしそんな彼女の気持ちをクリフォードは察する事が出来ず、再びしゅんとした。

 サラは自分が意地悪をしているような気になって、どうしていいかわからなくなった。しかし最初が肝心だ。一度甘やかせばクリフォードは絶対調子に乗る。そういう性格なのはわかっている。流石に四六時中抱きしめられたらたまったものではない。

「手だけで十分よ」

「俺は手だけじゃ不満なんだけど」

「何でよ。こうやって繋ぐのは初めてでしょう? 気持ちが追いつかないからもう少しゆっくりにして」

 サラにそう言われ、クリフォードは手を見つめた。彼が握りしめているだけで彼女は握り返していない。これは繋いでいるとは言えないと思った彼は手を離した。

「ゆっくりって言われてもわかんない」

「それならさっきの頑張るは何を頑張るつもりなのよ?」

「それはサラが俺を愛してくれるように、惜しみない愛を捧げようと」

 クリフォードは真剣な表情だった。サラはそれがおかしくて笑い声が出そうになるのを必死で堪えようと口を手で覆った。

「何で笑うの。俺は真剣なのに」

「真剣なのはわかったわよ。でも何か的外れだなと思って」

「的外れ? 何で?」

 やはりサラの気持ちなどクリフォードはわかっていないのだ。既に気持ちが彼にあるなど想定もしていない。

「だって押し付けられそうだから。逆に私が嫌になるとかは考えないの?」

 サラの言葉にクリフォードの瞳の奥が不安に揺れた。

「でももう大嫌いって言わないと言ったじゃん」

「そうね。言わないわ。でも思うのは止められないわよ?」

 クリフォードは今にも泣き出しそうである。サラは慌てた。

「可能性の話をしているだけで、そうだとは言っていないでしょう?」

「いつか俺を嫌いになる? 同じ屋根の下に暮らしているのに、まるで俺の事が見えてないかのような態度を取ったりする? それは嫌だ。どうしたら俺を嫌いにならないでいてくれる?」

 クリフォードの表情には困惑が見て取れる。サラは触れてはいけない場所に触れてしまったようで、軽口を叩いた事を後悔した。しかし嫌いになるかどうかなど彼女にもわからない。彼の態度に一生嫌気がささないかと問われると答えに困る。

「そのような未来の事を聞かれてもわからないわ。今は嫌いではないわよ」

「言い方。もう少し優しく言って!」

 その時馬車が止まった。門が開く音がする。サラは窓から外を覗いた。

「ここがクリフの家?」

「そうだよ。屋敷の玄関まではもう少しあるけど」

 再び馬車が動き出す。窓から見える庭は広い。これは庭師が複数いないと管理出来ないとサラは驚きながら見ていた。

「広いお庭なのね」

「そうだね。そのかわり屋敷が小さめだって父上が言っていたよ」

 公爵家の小さめなんて信じられない、そう思ったもののクリフォードにそれを言った所で通じるはずがない。サラはそれ以上は何も言わず馬車が止まるのを待った。

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