西へ向かう千人
「招集?」
ライコが聞き返すと、伝令は大きくうなずいた。
キティもそちらを振り向く。その隙に、ライコは一歩、横へ抜けた。
「行ってくる!」
「呼ばれた先では、言葉に気をつけろよ」
ドルグの声に、ライコは振り返ってうなずく。
「うん!」
木剣を抱えたドルグの隣で、キティが口を開いた。何か言われる前に、ライコは伝令の後についていった。
◇
軍務卿レグベル公爵の執務室には、すでに幾人もの将校が集まっていた。
千人の兵を預かる大隊長たちが、大きな地図を囲んでいる。その中にペドル少将の姿を見つけ、ライコの顔が明るくなった。
「ペドル少将も!」
少将が振り向く。
ライコは口を閉じ、慌てて頭を下げた。
「……お久しぶりです!」
「ああ。こちらへ」
ペドルが隣を空けた。
地図の向こうにはレグベル公爵が座り、その脇にルクシオンが立っている。ルクシオンはライコと目が合うと、軽く目を細めた。
「そろったな」
公爵の声に、将校たちが姿勢を正した。
ライコも背筋を伸ばす。
「西のアインゼルへ軍を出す。諸君の部隊にも、遠征への参加を命じる」
公爵の指が、自国の西にある国土を示した。
「総兵力は二万三千。総大将はレニエル・ホークガルド大将だ。クレイル伯爵には、左翼五千の指揮を執ってもらう。ライコ大隊も、その指揮下に入る」
ライコは隣を見上げた。
あの川岸に援軍を連れてきてくれた人と、今度は一緒に戦うのだ。
「よろしく、ライコ大隊長」
「よろしくお願いします!」
ペドルがうなずいた。
地図の向こうでルクシオンの口元がわずかに動き、ライコはそちらを見ないようにした。
二万三千。
自分の大隊だけでも、兵を並べれば訓練場の向こうまで埋まる。その二十三倍が、西へ向かう。
「狙いは、アインゼルの北東部を押さえることだ」
公爵の指が、地図の上をゆっくりと動いた。
「同盟国シーネルやトンネルに頼らずに使える、直接の陸路を得る。兵や物資を運ぶ道を、自国の手で確保するための遠征だ」
地図を囲む大隊長たちが、示された場所へ目を落とした。
ライコも指の動きを追う。
地図に引かれた線の先に、まだ見たことのない土地がある。
そこまで千人を連れていく。
「各隊、遠征の準備を整えよ。装備、携行品、兵の状態。出発してから不足が判明することのないよう、確認を徹底するように」
将校たちの返事に、ライコの「はい!」が重なった。
公爵が地図を押さえていた手を離すと、ペドルがライコへ向き直った。
「ライコ大隊長。確認が済んだら、私に報告してくれ。不足があれば、それもまとめてだ」
「分かった!……です」
返事を聞いたペドルが、ほかの大隊長にも声をかける。
将校たちが地図から離れ始めたところで、ライコはルクシオンへ顔を向けた。
「ルクシオンも行くの?」
「いや。こちらに残るよ」
ライコはルクシオンを見た。
顔から肩、胸、足元へ。上から下まで眺めて、ぱっと笑う。
「そうだよね!体力なさそうだし!」
ルクシオンの笑顔が止まった。
隣を通りかけた大隊長が、一瞬だけ足を止めた。
「……そういう理由ではないんだけどね」
「違うの?」
「こちらで進める仕事がある。食料を用意することも、遠征には必要だろう?」
「あ、そっか。みんな、いっぱい食べるもんね」
ライコがうなずくと、ルクシオンは小さく息を吐いた。
「君もね」
「うん!」
「ライコ大隊長、準備を頼むぞ」
扉へ向かうペドルに声をかけられ、ライコは振り返った。
「はい!」
もう一度、地図の西側を見てから、公爵に頭を下げた。
◇
訓練場へ戻ったライコは、ドルグたちに西への出兵を伝えた。
装備の点検や兵の体調確認は、ドルグやバスティオン、ラーヴァニルの手を借りて進めていく。
「ライも、まずはその手だ」
バスティオンに包帯を指され、ライコはうなずいた。
「うん。分かってる」
訓練場では木剣が片づけられ、遠征の準備が始まった。




