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第三隻 最終話 白銀の残光という異名

 「こっ、この声ってなんですか!?」


 夜の山にけたたましく吠えた咆哮が木々を揺らす。


 そしてそれは、茂みを突き破って、その黒い巨体は飛び出してきた。


「っ……!!」


 イノシシ、そう思った。形だけなら、確かに私の知っているイノシシだ。だけど……。


「お、大きい」


 背中が異様に盛り上がっていて、太い首の先から伸びた牙が、暗闇の中で白く光っている。三匹がこちらを強く睨みつけフゴッ、フゴッ、と湿った音を立てながら地面を掻き、蹄が土を削っていく。


 逃げる様子はなく、むしろこちらへ攻撃してくる気だ。まだこの世界のことについて詳しくない私でも、その危機感がひしひしと伝わった。


「ま、魔獣!?」


「違う。ただのグランボアだ」


「ただのって、まさか」


 息をのんだ。


「魔獣じゃなくて、あれが普通の動物?」


 予想外だった。


 この世界で怖いのは魔獣だけじゃないんだ、動物もだ。


 確かに私の世界にいる動物だって、危険なものはたくさんいるけど……体も分厚いし、牙だって洒落にならないくらい長い。同じ「普通の動物」だと言われても、納得できない。


 そして何より少し焦った様子のパルヤを見て、その危険さを理解した。



そして。



「あーあ……」



 ツクヴァルが口を開いた瞬間に一匹のグランボアが地面を蹴る。ドンッ!! と、土が爆ぜて弾丸のごとくツクヴァルへ突進していく。



「ま、わかるやつにはわかるか。あれが白銀だってよ。灰色しか使えてねえとかほざくやつもいたんだぞ!! んな初心者魔法で戦えるかっつうの!!」


 が、ツクヴァルは避けようともしなかった。


「俺が依頼の成果横取りしてるとか、パチこいてるやついるみてーだけどよ」


 黄色い魔法陣がツクヴァルの片腕を囲むように展開する。そして、腕を伸ばしグランボアの頭を片手で受け止めていた。


 蹄が地面を抉る。


 土が後ろへ勢いよく弾け、あれだけの巨体が前へ進もうと身体を震わせているのに。


 動かない。


 ツクヴァルの腕も。


 足も。


 一歩も!!


「ま、それはでたらめってことだ」


「ちょっ!?」


 突然ツクヴァルがその支えている手を振り払うように離した。支えを失ったグランボアがよろめく。けれどすぐに頭を振り、怒ったように鼻を鳴らした。


 もう一度、瞬時にツクヴァルへと突っ込んでいく。だが、グランボアの目の前に現れたのはピンク色の魔法陣、跳躍魔法!!


 グランボアの額がその煌めきへ触れた瞬間にバンッ!!! と空気が強く弾ける音が響いた。自分で生み出した突進の勢いまで、そのまま何倍にもして叩き返されたみたいにグランボアが信じられない勢いで後方へ吹き飛ぶ。



「じ、自分の跳躍魔法を使って跳ね返した!?」



 それを見て、ぎょっと目を剥いたパルヤが声を上げると同時に、グランボアが太い木の幹へ背中から激突する。木そのものが大きく揺れ、ずるりと巨体が落ちる。そして────


 ツクヴァルが瞬時に剣へ青い魔法を纏わせ、炎の斬撃をグランボアのみに刻んでいく!!


「よーくわかったか?」


 炎の跡が空間へ散る。


「ちゃんと俺が自分で依頼成功させてるってよ!!」


 ツクヴァルはその一連の流れを当然のようにやってのけて……ものすごく得意げな顔をしていた。


 その時、横からもう一匹のグランボアが地面を蹴った。


「え」


 真っ直ぐ、私の方へ。


「おっと」


 ツクヴァルがこちらへ踏み出し対処しようとする。けれど、その前に。


 青い魔法陣が地面へ広がった。


「下がれ!!」


 パルヤが私の前へと飛んできてグランボアに斧を振る。ガンッ!! とグランボアの硬い肉体に大斧の刃がぶつかった次の瞬間、目前から土が一気に隆起し、突進していた巨体が土壁へ正面からぶつかり、勢いを殺されて横へ弾かれる!!


「うわっ……!」


 私が尻もちをつくより先に、パルヤがその前へ立った。


「山に来たんならぼさっとすんな!!」


「ご、ごめんなさい!」


「ほー?」


 少し後ろで、ツクヴァルがにやりとして呟いた。


「お前も結構やるな」


「無駄口叩く前にやるぞ」


「へいへい、使えね―バツ印がせいぜいやってやるよ」


 厭味ったらしく楽しそうにツクヴァルが言うと私の前へ来てパルヤと背中を合わせる。

 青、黄色、翡翠、ピンク。ふたりの魔法陣から出た光の粒子がキラキラと宙を舞った。


 流れ星が落ちるように。


「……綺麗」


 思わず、そう呟いた。

 

「はー……肉調達しようと思ったのに!!」


 パルヤが二匹のグランボアへ向けて斧を振り上げる。青い魔法陣が刃へ重なった。


 そのまま、地面へ叩きつける。


 地面を割るような音が爆ぜて土が次々と溶けていき、グランボアたちが踏み込もうとしていた足場だけが大きく崩れ、二匹の巨体が揃って前のめりに崩れる。


「ここまでやってりゃあとは斬るだけだ」


 炎。


 ツクヴァルの大剣で、燃えていく。


「良かったなヒロコ」


「体力温存だ、今日は戦った後に死ぬほど食わなくて済むぞ!!」


 低く身体を沈め、二匹の間を横切るように剣を振り抜く。


 白銀と青の光を宿した刃が、一筋。


 ─────── 二匹の巨体をまとめて横薙ぎに斬り裂いた。


「…………」


 私はへたり込んでしまった。


グランボア二匹が、ほとんど同時に地面へ崩れ落ちた。そして衝撃で壊れたツクヴァルの大剣も……秒針の音と共に再生していく。


 …………。


 終わった。


 二人を交互に見る。


「白銀の残光」


 最初に、パルヤが口を開いた。


「お前」


「本物なのか」


 言い、その目が真っ直ぐにツクヴァルへと向く。ツクヴァルはなんて答えるのだろうかと思って見ていると、


「ああ」


 短く、あっさりそう答えた。


「生きていたのか」


「国は死んだって発表してるけどな。あそこの戦場で生き残ったって言ったら恥になるとか思ったんじゃねーの?」


「……どこの国も、クソだな」


「そーだろうな」


 ツクヴァルがパルヤを見る。


「お前、〝向こう〟のやつだよな?」


「…………」


 パルヤが黙る。


「そうだ」


 そして、ここでハッキリと答えた。


◇◇◇


『なーじいちゃん、なんでこれって高級食材って言われてんの』


 いつかの日、僕は料理人のじいちゃんにそう聞いたことがある。


『これはなぁ、処理が難しいんじゃよ。魔獣は肝臓に毒があってな、それを上手く取れないと全身に毒が広がるからのう』


『うげ……これって魔獣だったの!?』


『うげとか言うんじゃない!ここの地域じゃ超絶高級なんじゃぞ!』


『いや確かに美味しいけどビビったって!』


『ほれ、パルヤも来い!捌き方をじいちゃんが教えてやる!』


 元々孤児院にいた僕を、引き取ってくれたのはじいちゃんだった。なかなか引き取り手が見つからずたらい回しにされていた中で、どこかで話を聞いたのかわざわざ遠くまで来て「うちの子になりなさい」と言ってくれた。


 じいちゃんに恩返ししたいと思った。だから徴兵されることになった時は嬉しかった。国の役に立てば、じいちゃんの役にも立てると思った。


 だけど現実は、全然華々しくなかった。


 上官からの虐め。どんどん死ぬ同僚。禁術の生贄になっていく捕虜。


 地獄だった。


(もう無理だ、一秒だってここに居たくない)


 だから逃げた。敵国の戦場で、逃げた。


 「敵前逃亡だ! 殺せ!」と叫ぶ上官たちが錬金銃を撃ってきて、弾丸の嵐の中とにかく走って、走って、走って、走って逃げた。


 何日走ったかもわからなくなった中、とある町を見つけた。


 とにかく腹が減ってた。だから何かしら貰えないかと思って縋る思いで店に入った。


(……だけどこのまま行ったら怪しまれる)


 ここに来る途中で死んでいた動物の骨を拾って頭につけた。土魔法を使って糊代わりにして、扉を開けた。


『いらっしゃ……き、君!! 大丈夫か!!』


『すみません……何か、食べ物を……』


『そこで座って待ってろ、今持ってくるから!!』


 ……この人は僕を助けてくれた。この国だって食べ物に余裕がないだろうに。


 そのうちこの人は、僕が店長と呼ぶ人になった。


 店長はじいちゃんみたいな人だった。ちょっと頑固で、こだわりが強くて、でも優しくて。


『最近来るあのアノトの女の子……怪しくないか?』


『えっ』


 そして戦争が終わってしばらくしたある日、僕が肉を捌いて仕事している時に店長が僕にそう話してきた。


『髪の色だって暗いし、バツ印と一緒にいるんだぞ! 向こうのやつか? まったく、戦争に勝ったからって図に乗ってここに住む気じゃ……』


『あ、あは、あはは! そうですよね! 本当に怖いですね!』


 店長の言葉に心臓がバクバクと揺れた。


(ごめんなさい)


(じいちゃん、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。逃げてごめんなさい。店長……)


 騙して、ごめんなさい。


◇◇◇


「…………お前らは」


 パルヤが俯いて話す。


「お前らから見たら、僕ってバカみてえなんだろうな」


 そして顔を上げ苦しそうにへらりと笑った。


「わざわざ角つけて、言葉の訛りも気をつけて、バレないようにバレないようにって必死になってて」


「…………」


「お前らは、人から言われても、堂々として、でも僕は!!」


「おかしくない!!」


 私は叫んだ。


「おかしくない、なにもおかしくない!! あなたは!!」


「…………」


「逃げるのだっておかしくない、怖いところに放り込む方が悪いじゃん!! おかしくないよ、生きるために必死になって、何がおかしいの!?」


 パルヤのへらりと笑っていた顔が、どんどんと歪んでいく。そしてボロボロと涙を流し始めた。


「なあ」


 ツクヴァルが声をかけた。


 パルヤは、黙って言葉の続きを待っていた。


 そして声をかけたものの、何を言うか迷ったのか。ツクヴァルはぼりぼりと頭をかき、「うーん」とうなった後に、


「お前の肉、うめえからとりあえずこれからも行くわ」


 そう言った。


「…………」


 涙を流したままのパルヤの顔が、少し笑った。


「いいよ」


 そして、歩いていく。


「好きに来いよ」


 ……倒されたグランボアたちをそこで片付け始めた。


 …………。


 次の日、私たちはまたあの食事屋に行った。扉を開けるとちりん、と鈴の音が鳴り響き店長が少し嫌そうに「いらっしゃい」と言ってきた。


 そして、


 私たちが席に座るとパルヤがこちらへ来た。


「店長すいません、ちょっとこの人達と話しますね」


「え……? おお、まあいいぞ」


 店長が少しキョトンとした顔をしたあと、また調理場へと戻る。


 パルヤが私たちを見た。


「そのうち店長に話そうと思う。今はちょっとあんま整理ついてねーけど」


「そうか」


「ああ」


 パルヤとツクヴァルが短く交わした。


 ふうー、とパルヤが息を吐く。少しの間静寂が流れた。そしてまた、その静寂を終わらせたのはパルヤだった。


「店長はさ、いい人なんだよ」


 そう話した。


「いい人な上で、あーやって嫌な顔もする」


 パルヤが頬杖をついたあとに、眉を下げながら笑っていた。


「話してキレられたり追い出されたりしたらどーすんだ?」


「その時はその時。けど今まで世話になったってことはちゃんと伝えるし、僕も言い返したいことがあったら言うよ」


「いいんじゃね」


「あとあん時は悪かった。僕も勝手にお前に色々言って」


「ま、許してやるよ」


 パルヤが座ったまま水を注ぐ。ツクヴァルと私がそれを受け取った。


「で、お前」


 そして、私の方を見た。


「……はい」


「魔獣は肝臓に毒が溜まってる。倒した時に内臓が破裂したり傷ついたりして全身に毒が広がるんだよ」


「…………」


 じっと見ながら説明を続ける。


「だから処理は結構難しいぞ。けど、僕は少しできる」


「じいちゃんに昔教わったからな」


……私は目を見開いた。


「……教えてくれるって、こと?」


 聞くと、


「いいよ」


 そう答えてくれた。


「…………」


「や、」


「やったーーーー!!!!」


 全身が震えた。そして思わず叫んだ。「やったやった!」と手をぶんぶん振りながら喜んでいると奥の方から「お客さん静かにー!!」と店長の声が聞こえた。


「っとと、店長怒るしそろそろ僕は行くよ」


 パルヤが立ち上がり、厨房の方へと帰ろうとする。


 白銀の残光って何かとか、本当はもっと沢山聞きたいことがあったけれど、今日はここまで話せれば十分だろうと思った。


「あ、あともうひとつ」


 そして、私たちの方へ振り向いた。


「本日のおすすめは、グランボアの煮込み」


 その言葉に、私とツクヴァルが小さく笑った。


【第三隻 完】


【第四隻目が旅立つ】

ブクマや応援本当に嬉しいです、ありがとうございます!

第四隻目では祈祷師の人がまた登場します。お楽しみに。

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