第三隻 5話 ツクヴァル。彼の本当の強さは
「けどさぁ……」
私たちは山小屋へ帰ってまずどうやってパルヤと話をしていくか作戦会議をすることにした。
共に座って向き合い、お互い頭を捻っている。
「あんな感じだったわけだからさ、普通にまたご飯屋さんに入れてもらえるわけがないよね……」
彼の秘密を知ってしまった。
本当の彼は角のある種族……ノトヴァではない。アノトであり、もしかしたら元々は敵国の人なのかもしれない。
そんなことを知ってしまった中で普通に食事屋に入ったらトラブルが起きて当然だ。
「あ? 俺強行突破するつもりだったわ」
「そ、それで上手くいくならやりたいけどキツくない!?」
「きちぃかぁ?」
「だってあの人、自分の種族を知られて、その……周りの人に色々言われるのを怖がってるのかもしれないじゃん。そんな中で普通にご飯屋さんに行ったら次はもっとトラブルになるかも」
そこまで話して、また彼のことを考えた。
別に本当は敵国の人じゃないのかもしれないし、魔獣のお肉について聞いたら怒ったのだって何かそういうのに嫌な思い出があっただけなのかもしれない。アノトじゃなくて、ただ本当にツノがたまたま取れただけなのかもしれない。彼本人に聞くまでは何も分からない。
だからこれはあくまでも憶測だ、憶測だけど…………。
(相当、頑張って過ごしてきたのかも)
今までの彼は、どんな生活をしてきたのだろうか。
町の人たちにどんなことを思っているんだろうか。
どんなことを考えてお店で働いていたんだろうか。
どんな思いで、私たちを見ていたんだろうか。
「……けどさ、やっぱ直接色々聞きたいよね。そういうのも、エゴかもだけどさ」
ツクヴァルが私の話したことに対して、
「おう」
そうやって返事をした。
その返事には、少し重みがあった。
「本当にこう、うまーーく話せる機会ないかなぁ……パルヤさんが外に出た時とか? でもご飯屋さんでずっと働いてるし、町の人の目もあるしなかなか難しそう……」
「あいつどっか出かけたりしねえのかな。外に出て一人になったところを捕まえて───────」
「そんな誘拐犯みたいな真似はダメだって!! …………ん?」
引っかかるものがあった。
(あの人、冒険者からお肉買ってるって言ってたよね?)
冒険者が狩った獲物を直接仕入れて、自分で解体している。
でも、この町は余所者に結構厳しい。そういえば、外から来た観光客だってほとんど見たことがない。
それに、もしパルヤが本当に身元を隠して暮らしているなら、外から来た人間と頻繁に接触したがるだろうか。
「もしも……なら……」
小さくブツブツと独り言のように話す。
そしてツクヴァルがそんな私を見て、少しニヤリとした。
「お前がそーやって話す時は、だいたいなんか良い感じのこと思いついた時だ」
「……そう見える?」
「カンいいからな、お前」
顔を見合わせてお互いにくすくすと笑った。
「じゃ」
「作戦、話すよ」
その夜は、いつもよりずっと遅くまで作戦会議をした。
…………。
夜の山奥は想像していたよりもずっと暗かった。
暗いというより、黒い。真っ黒で道が見えない。
空を見上げても木々の枝葉が重なっていて、月明かりすらほとんど届かない。少し先にあるはずの道も、ぼんやりと輪郭が分かる程度だった。
足音が聞こえる。
刃物を取り出すような、金属の擦れる音が聞こえた。
そして─────。
「よう」
「ッ!? 誰だ!!」
足音の人物が振り向いた。
「常連客のこと忘れたか? 寂しいじゃねーかよ。ああ?」
「ごめんなさい、待ち伏せみたいなことして」
「…………お前ら!!」
あちらの方が暗闇の中で目が慣れているのか、私たちの姿を見て声を上げた。
「でもこうじゃないと……話せないって思ったんです」
「パルヤさん」
先日に遡る。
『……パルヤさんってさ、もしかしたら冒険者からお肉を買って解体してるんじゃなくて自分で狩ってるのかも』
『ほぉ?』
ツクヴァルが私の話を聞いて頷いた。
『だってさ、私たち最近ここら辺で依頼を受けるようになったけどさ。普通の動物を狩る依頼なんて見たことなくない? 魔獣狩りしか見たことないよ』
『フツーに特定の冒険者と約束でもしてんじゃねえか? そこ以外では買わないってよ』
『その可能性もあるけど、ちょっと変だよ』
ツクヴァルが片眉をあげて続きを促した。
『まず、私たちの山って普通の動物が出ないってツクヴァルが言ってたじゃん。だったらそもそもこの町の冒険者の人が動物の討伐をする必要が無いわけで』
『あーー……言われてみりゃ確かにそうだな』
『それにその……パルヤさんって向こうの国の兵士とかだったとしたら、結構強いんじゃないの。それなら自分でこっそり狩った方が安く済むよ』
『ま、それも割と納得できんな』
『この町の冒険者がわざわざ外に出て動物狩って、それ買ってたら逆にコストがかかるし……まあ勿論、突き詰めちゃえば私の理屈も完璧じゃないけどさ』
顔を見る。
『けど、やっぱり、上手く言えないけど違和感あるかも』
所詮、この世界に来たばかりの小娘の推理だ。全然見当外れだったってことにもなるかもしれない。
だけど……
『試してみたい、私』
『動物のいる山、探して待ち伏せしてみない?』
なんて、ちょっとキリッとして言ったけど。
(ここまでめっちゃ時間かかった!! 当たって良かったーー!!)
一日目、外れ。
二日目、外れ。
三日目も、外れ。
地図を見て隣町の山なんかも調べていくつも回った結果、ここにたどり着くまで四日もかかってしまった。「やっぱりこれ、町の冒険者が外で動物を狩ってそれを買ってるんじゃ?」みたいな心配が募る中で、ようやくパルヤを見つけられた。
安心と、今彼が目の前にいる緊張で心臓がバクバクした。
暗闇の中に立つパルヤを見る。
「お願いします、私、魔獣を食べる文化について何か知っているなら情報が欲しいんです。それに、パルヤさんのことも───────」
「僕のことがなんだ、このストーカー野郎どもが!!!」
怒鳴り声が響く。肩が震えた。
ハアハア、とパルヤが怒りで息を切らした声が聞こえる。
「確かに常連だよお前らは!! 肉のことだって……褒めてくれたし!! けどそれ以上になんかあんのか!? 友達でもなんでもねえだろ!! 気持ち悪いんだよこんな所で待ち伏せして!!」
「パ、パルヤさん、でも!!」
「だいたい!! 本当に迷惑なんだよお前ら!! 迷惑、なんだよ!!」
迷惑。
その言葉を聞いた瞬間、何も言えなくなった。
(そ)
(その通りすぎる!!)
そりゃそうだ。店から追い出されたのに、居場所まで探して待ち伏せしている。気持ち悪いと言われても仕方ない。言い返せる要素がない。
だけど。
それだけじゃない気がした。
パルヤの言った「迷惑」には、ここ数日のことだけじゃない、もっと色んなものが詰まっているように聞こえた。
「な……なにが……」
震える声で聞こうとした時、
「何が迷惑なんだ?」
私よりも先に尋ねたのは、なんとツクヴァルだった。
目が慣れてきた。パルヤの表情が見えてきた。
……頬と目が少し、濡れていたように見えた。
「……はあ? お前ら、こんなことしてマジで迷惑かけてねえって思ってんのか? 相当イカレてんぞ」
「他には?」
ツクヴァルが落ち着いて聞き続けた。
そして、また少しの静寂が落ちて、パルヤが口を開いた。
「……お前ら、最近すげー依頼探してたりバカみてぇに色々言われてんのに飯屋行ったり、人の目とかなーんも考えず買い物してんだろ」
「ああ」
「迷惑なんだよッ!! それが!!」
ツクヴァルはいつもみたいに怒ったりせず、ただパルヤの話の続きを聞いていた。
「お前らみてーなのが馴染もうともせずに町にいんのがイラつくんだよ!! 最初クッキーとか配ってたな!? あれすげえ滑稽だったぞ!! あんなんで馴染めるわけねえだろクソバカ共が!!」
「…………」
「んな馬鹿みてえなこと辞めたと思ったら次は気にしてませんって顔で普通に町に来やがる!! みんな嫌だと思ってんのわかんねえのかよ!!」
「わかってっけど」
「じゃあ!! なんで!!」
パルヤがそこまで叫んだ時、
「なんで、僕が作り物のツノまでつけてここにいんだよ……!!」
酷く悲しそうで、辛そうな声が静かに響いた。
パルヤは泣いていた。
泣きながら、ずっと私たちに叫んでいた。
「なあ」
ツクヴァルがパルヤに向かって話す。
「……なんだよバツ印、雑魚の敗戦兵が」
「ちげえ」
すぐに否定した。
「何が違うんだよ、お前らのせいで戦争に負けたとか言われてて───────」
「戦争は」
ツクヴァルの低い声が。
暗闇の中で、重く、重く溶けた。
「終わったんだよ」
その時だった。
ザザッ、と少し離れた茂みが大きく揺れた。
一つじゃない。
二つ、三つ。
私たちの喋り声や怒鳴り声に引き寄せられたのか、暗闇の奥から低い唸り声が重なって聞こえてくる。
「あっ……えっ?」
私がその音に驚いて周りを見渡す。
「……ッ、クソ」
パルヤが涙を乱暴に袖で拭って、素早く片手を前へ出した。
「来ちまった、多いな。僕としたことが面倒なことやった」
その手のひらの周囲に淡い光の粒が集まり、絵を描くみたいに細い線が形を成していく。ガキン、ガキン!! と金属同士を無理やり噛み合わせたような音が響いた。
───────パルヤの手に、光の粒子を纏った斧が生成され、空みたいな青色の魔法陣が周りへと浮かぶ。
「おいバツ印!! お前みたいなのがやれるなんて最初っから期待してないからな!! 面倒だからさっさとどっか行って───────」
「手伝うわ」
ツクヴァルが背負っていたケースから剣を取り出した。
いつものように白銀の魔法陣を展開し、その光が剣へと吸い込まれていく。
「ツクヴァル! 気をつけ……」
私がそう言いかけた時、
「は?」
パルヤの、息が抜けたような声が聞こえた。
なんだろうかと思ってパルヤの方を見る。
目を……ものすごく見開いて、信じられないものを見るようにツクヴァルの方へと視線を向けていた。
「お前」
パルヤが口を開いた。
ツクヴァルは黙っていた。
「まさか、白銀の──────」
そこまで言いかけた時、大きく獣の咆哮が聞こえ、それが無理やり開戦の合図となった。




