穏やかな日常の中の異変
初連載、4話で完結予定です。宜しくお願いいたします。
※後半に残酷な描写が入ってきます。苦手な方はご注意ください。
リリアは街の中心部で、家族と一緒に花屋を営んでいる。
朝早くに花を仕入れ、夕方の少し早い時間に店を閉めるまで、
花の世話やブーケ作りに一生懸命取り組んでいた。
ある日、店番をしていると、
赤い短髪の青年が騎士の装いで店に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「こ、こんにちは。今日は母親に花を贈りたくて。
いつも世話になってるし、たまにはと思って……」
照れたように早口でまくし立てる青年に、
リリアはふっと微笑む。
「お母様はどんな花がお好きかご存じですか?
それか、お好きな色でも」
「いや、わからないんだ……恥ずかしながら花には疎くて」
青年は頬をかきながら、店内をきょろきょろと見回した。
「今は春なので、お花の種類も多いですよ。
明るい黄色を中心にまとめましょうか?」
「ありがとうございます!」
青年は弾けるような笑顔でニコッと笑った。
彼の名前はトリヤという。
お互いに自己紹介を交わし、リリアは花束を手渡した。
(お母様に喜んでもらえるといいな……)
トリヤは嬉しそうに花を受け取ると、
ブンブンと手を振りながら去っていった。
それからというもの、トリヤは一週間おきに花屋を訪れるようになった。
「母親に贈ったら、姉も欲しがって……」
「次は父が……」
「今度は従妹が……」
「近所のおばちゃんが……」
そんなやり取りが数カ月も続くと、
リリアも次第に、
(もしかして……私に会いに来てくれているのでは?)
と思うようになった。
そして、半年が経ったある日。
「実は……リリアのことが可愛いと思って花屋に通い始めたんだ。
優しい笑顔が大好きです。
お付き合いしてください」
「わ、私で良ければ……喜んで……!!」
「よっしゃー!!」
お互いに頬を染めながらも、
見つめ合って微笑む。
この時の二人は、間違いなく幸せの絶頂だった。
――その後に何が起こるのかなど、何も知らずに。
――――――――――――――――――――――――
リリアは、トリヤと付き合い始めたことを、隣で雑貨店を営む幼馴染のアロカにも話した。
リリア自身、まだ現実味がなく、誰かと事実を共有したかったのかもしれない。
「トリヤって、確か王城の門番をしてるんだっけ?
顔が良いって噂を聞いたことがあったような……」
「そうなの。毎週花を買いに来てくれるって話したことあるでしょう?
それで、この前告白してくれて……」
リリアの頬がぱっと色づく。
アロカはそんなリリアをじっと見つめ、
少しわざとらしいほど明るい声で祝福した。
「良かったな!俺、遠目でしか見たことないけど……かっこよかったしな」
「うん、ありがとう……」
そんな話をしていると、帰り道に寄ってくれるお客さんが増えてきた。
二人は会話を切り上げ、それぞれ店の対応に戻る。
そろそろ店仕舞いの時間になった頃、
トリヤが花屋にやって来た。
「リリア!今日はもう終わり?」
「うん。だいぶ暗くなってきたし、花も少なくなったから」
「じゃあ、これを一本ください!」
トリヤが指さしたのは、薄いピンク色のガーベラだった。
リリアはクスクス笑いながら尋ねる。
「また誰かにあげるの?」
するとトリヤは、少し照れたように言った。
「お仕事頑張ったリリアに。今日もお疲れ様」
差し出されたガーベラに、リリアはぽかんと目を瞬かせたが、
「とっても嬉しいわ……ありがとう……!」
と、感極まったように両手で受け取った。
「へへへ……今まで何回もここで花を買ったけど、
今日が一番緊張した」
そう言って笑うトリヤに、リリアは胸の奥から愛しさがこみ上げてくる。
「良かったら、夕飯食べていく?簡単なものだけど」
「え!いいの?!俺、腹ペコでめちゃ食べるけど……」
「お花のお礼も込めて、ご招待します」
二人は仲良く、店舗奥の住居スペースへと入っていった。
――――――――――――――――――――――――
トリヤはその日も王城の門番の仕事を終えたあと、
リリアと夕食をともにし、帰路についていた。
手には、リリアがこしらえてくれた小さなブーケ。
「売れ残りで悪いけど……」とリリアは言っていたが、
それはトリヤの母親のために、心を込めて作ってくれたものだった。
(俺の母さんのことまで気にかけてくれるなんて……
リリアは本当に優しいな)
とっぷりと日が暮れ、通りの人影はまばらになっていた。
その時、道の先で一台の馬車が立ち往生しているのが見えた。
御者が困ったように前輪を覗き込んでいる。
トリヤは迷わず声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「前輪にヒビが入ってしまってね。このまま走らせるのは危険で……」
御者はちらりと馬車の中へ目を向ける。
「しかも、中には高貴なお方が乗っておられる。
一刻も早く邸宅にお送りしたいのだが……」
「馬に乗られる方でしたら、私が一頭お借りしてお送りしましょうか?」
そう言って、トリヤは王城の門番である証明書を差し出した。
「おお、王城の方でしたか。少々伺ってまいります」
御者は馬車に近づき、外から声をかける。
「……それならお願いしようかしら」
なよやかな声が馬車の中から響き、トリヤは思わず目を見張った。
御者の手を取って姿を現したのは、
つややかな金髪をゆるく下ろした令嬢だった。
白い肌は暗がりの中でも淡く光を帯びているようで、
まるで月の化身のように美しい。
「……トリヤと申します。お屋敷までお送りいたします」
「伯爵家のマリーデです。急なお願いなのに助かりますわ」
マリーデはにこりと微笑んだ。
その笑顔は、どこか人を惹きつける甘さを含んでいた。
トリヤはマリーデの手を取り、馬へと乗せようとする。
その瞬間、マリーデが軽く身体を預けてきた。
ふわりと甘い香りが漂い、トリヤの顔が一気に赤く染まる。
マリーデはその反応を楽しむように、
くすりと笑いながら馬上へと腰を下ろした。
トリヤは慌てて顔を手でこすり、
侍女から道順を聞くと、伯爵家へ向けて馬を走らせた。
――――――――――――――――――――――――
トリヤはマリーデに会ってからというもの、
彼女の香りが頭から離れなくなっていた。
可愛らしい顔立ちに、どこか妖艶な香りが重なる――
そのミスマッチさが、妙に胸をざわつかせる。
門番の仕事をしていても、ふとした瞬間に思い出してしまい、
同僚から「恋人ボケか?」と冷やかされるほどだった。
そんな折、一台の馬車が門へと近づいてきた。
見覚えのある紋章――マリーデの馬車だった。
「あら、あなたは……」
入場手続きをしている御者と同僚の横で、
小窓からマリーデが顔をのぞかせる。
「お、お久しぶりです……!」
その瞬間、あの甘い香りがふわりと漂い、
トリヤの心臓が跳ねた。
「あの時は本当に助かったわ。
お礼をすぐにできなくてごめんなさいね。
良かったら、お仕事終わりにどこかのカフェでお会いできない?」
トリヤは反射的に頷いていた。
(こんなに早くマリーデ様に会えるなんて……!
あっ……今日はリリアと会う約束があったんだ……)
仕事終わり、トリヤはリリアに
「今日は一緒に食事ができない」と伝えに行った。
店仕舞いをしていたリリアは、
トリヤを見つけると嬉しそうに手を振る。
「トリヤ!おかえりなさい!
今日はトリヤの好きなトマトシチューよ」
「……ごめん、ちょっと行かなきゃいけない用事ができて」
「あ、そうなのね…」
リリアが残念そうに眉を下げる。
「それでさ、ブーケを作ってほしいんだけど」
「え?ブーケを?」
「俺じゃなくて、一緒に飲む同僚が奥さんに渡したいって」
「そうなのね!もう売れ残りになっちゃうけど……」
「残ってるのでいいから、赤系でまとめてもらえるか?
奥さんが好きみたいで」
「ちょっと待ってね」
リリアはすっと花を選び、
丁寧にペーパーで包み、
金色のリボンを結んだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!また埋め合わせはするから」
「あまり飲み過ぎないようにね」
トリヤはブーケを手に、
どこか浮き立つような足取りで去っていった。
「さて……トマトシチューは作りすぎちゃったし、
アロカの家におすそ分けしようかな」
リリアはシチューをおすそ分けすべく
住居部分へと入っていった。
――――――――――――――――――――――――
トリヤはカフェでマリーデに花束を渡し、
緊張した面持ちで席に着いた。
「素敵なお花をありがとう。
この前のことは、お父様もとても感謝しておられたわ」
「そんな……困っている方を見過ごせなかったので」
「だからね、トリヤ。もし良ければ、うちで働かないかしら?
もうお父様の許可もいただいているの」
「え!私が……ですか?」
「ええ。あなた、とても義侠心に溢れているし、堂々としているでしょう?
私の護衛には、信頼できる方にお願いしたいの」
(義侠心……信頼……)
トリヤは、王城の門番で終わると思っていた自分の人生に、
突然光が差し込んだように感じた。
(俺が……伯爵令嬢の護衛……!)
「考えてくれる?」
「そんな……考えるなんて!やります、やらせてください!」
「まあ、嬉しいわ」
マリーデはにこにこと微笑み、
屋敷から連れてきた侍従に書類を出させた。
「雇用契約書よ。王城には私の方から話をつけておくから、
準備ができ次第、屋敷に来てほしいわ」
「ありがとうございます!
明日、王城の荷物を片付けて……明後日には伺います!」
トリヤは契約書にさっと目を通すと、
迷いなくサインをした。
侍従は署名を確認し、「確かに」と言って書類をしまい込む。
トリヤは天にも昇る気持ちで帰宅していった。
カフェの個室には、マリーデと侍従がまだ残っていた。
「マリーデ様……悪いお方ですね」
「そういうところも、良いでしょう?」
マリーデの侍従であるクスラは、
彼女より背が低く、童顔で、年齢不相応に幼い見た目をしていた。
しかしマリーデはそこを“可愛い”と気に入っており、
侍従の中でも特に目をかけていた。
マリーデはクスラの方へ身を寄せ、
両腕を回してそっと抱きしめる。
「嬉しいわ……トリヤに早く来てほしいわね」
「……」
クスラは何も答えず、静かに帰り支度を始めた。
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