オマケ 後日談(2)
「てかさ、メリちガッコ卒業したらどーすんの?」
「え?」
「こっち帰ってくる系?」
オフィーリア様の問いかけに、わたくしは頬に手を当てて思案します。
まだ卒業まで2年くらいありますし……カワイイを追い求める日々が楽しすぎて、あまり将来のことを明確には考えていませんでした。
わたくしのことをカワイイと言ってくれる人と一緒に過ごして、年を重ねてカワイイおばあちゃんになっていくのだと、そうは思いますけれど。
「ええと、まだはっきりとは、何も。魔法大学にも、王立魔法研究所にも興味がありますし……でも、いずれは領地に戻ってくるのでしょうか」
「えー、地元戻ってきなよ」
「わたくしの地元なのですが」
ものすごくナチュラルに「地元に残ってる友達」感を出されましたけれども、ここはオフィーリア様の地元ではありません。
数ヶ月でものすごい馴染っぷりでした。オフィーリア様、もしかして前世でも割とその……地方のギャルでいらしたのかしら?
「じーちゃんもばーちゃんも優しいし、野菜おいしいし」
「それは知っていますけれど」
「子育て支援とか、ジュージツだよ?」
子育て。
一応、貧乏とはいえ伯爵家の一人娘ですから。そのあたりの問題は何となく、ついて回るような気はしていたのですが……そのあたりも、はっきりとは何も考えていませんでした。
「あの、フィル」
「何?」
「精霊さんの場合は、そのあたり、ええと……どういう感じのシステムなのでしょう?」
「は?」
「ですから、コウノトリとか、キャベツ畑が云々とか、そういうアレは……」
「…………」
フィルが黙りました。
何とも言いようのない顔をしています。お口がもにゅっとなってしまっておりました。
しばらくもにゅもにゅしていましたが、やがてため息とともに口を開きました。
「川上から大きな桃が流れてくる感じ」
「明確な嘘を言うのはおやめになって」
「ウケる」
ウケないでほしいのですけれども。
それはさすがに釣り針が大きすぎてすぐにバレますわ。
まさか異世界に来てまで「どんぶらこ」とかいう桃が川上から流れてくるときにしか使えない擬音の存在を思い出すとは想像もしませんでした。
フィルは何とも言えない顔をふっと緩めて、口元を綻ばせます。
「一緒にいればそのうち分かるよ」
そういうものでしょうか。わたくしは首を捻ります。
まぁ、これから先ずっと一緒なのですもの。別に焦る必要はありませんわね。
「出し惜しみするでない。人の子の一生は我らと違って短いぞ、羽虫」
「うるさい、ブサカワ猫」
フィルが吐き捨てるように言うと、にゃんまるさんはフーッと背中の毛を逆立てて抗議しました。
とても猫っぽい仕草ですけれど、フォルムがあんまり猫ではないので巨大ケセランパサランのような様相でした。モフリティは高いです。もふ。
ですが、そうですね。
何百年と生きる精霊さんからしてみれば、わたくしたち人間の一生などあっという間でしょう。
それこそ――ちょっとした退屈しのぎにしかならないくらいに。
それでも、と思います。
フィルはずっと、前の契約者さんのことを覚えていました。
そんなあっという間のことでも、大事に覚えていてくれるのなら……それはやっぱり、とても価値があることだと、わたくしは思うのです。
そして出来ればわたくしの可愛さを、何百年と語り継いでもらえたら。
カワイイの求道者として、これほど嬉しいことはありませんね。
「フィル」
「何」
「わたくし、うんと長生きしますわね!!」
「……うん」
決意を込めて拳を握りながら言えば、フィルが珍しく憎まれ口を挟まずに、素直に頷きました。
「僕が『もう勘弁して』って言うくらい、長生きして」
照れ笑いと苦笑いが混じったように、眉をちょっとだけ下げて笑うフィル。
わたくしは口元を手で覆います。
そして咄嗟にオフィーリア様の顔を見ました。
オフィーリア様もまったく同じ仕草で、わたくしを見ています。
そして2人で一緒に叫びました。
「カ~ワ~イ~イ~!!」
「うるさい」
「どうした、オフィーリア……ああ、来ていたのか。久しいな」
畑仕事から帰ったのでしょう、鍬を担いだクロウ様がこちらに向かって歩いてきました。
彼もすっかり日に焼けて、精悍な顔つきも相まってとても「町内会の若い衆」感が増していましたが、今はそんなことに言及している余裕はありません。
オフィーリア様がクロウ様に手招きして耳打ちします。
「ねね、聞いてクロぴ、今さ、フィルちがさぁ」
いちゃいちゃしているお二人を横目に、わたくしは驚愕の嘆息とともに言いました。
「フィル貴方、ちょっと可愛すぎますわ……」
「ほんとにうるさいって」
「あら? もしかしてわたくしの『宇宙一カワイイ』の座……脅かされています?」
「何て?」
「その勝負、受けて立ちますわ!」
「聞いてる?」
フィルを無視して、テーブルに手をついて立ち上がりました。
そして高らかに拳を掲げます。
「ふたりで切磋琢磨して、宇宙一カワイイカップルになりましょうね!」
「……もう好きにして」
フィルがふっと笑みをこぼします。
いつもこうして呆れた顔をしながらも、彼は何だかんだとわたくしがカワイイを追い求めるのに付き合ってくれています。
そんなわたくしがいいと言ってくれます。
それが嬉しくて、わたくしも口元がニマニマしてしまうのを止められません。
だってふたりならきっと、2倍……いえ。
ふたりで笑顔ならきっと、2億倍、カワイイですもの!





