九十四話 市場とルーヴォルの試し
アレスがルーヴォルと一緒に街を散策しアリスとスカハが街の外に出ている頃、メリアと輝夜の二人は食料品買い出しの為にダリスの市場に居た。
「店主殿、この野菜は幾らでござろうか?」
「十個で銀貨四枚ってところだな」
輝夜の言葉に店の店主が快活に答えた。
「店主殿はか弱き女子にそんなに大金を出せと言うのでござるか、銀貨三枚ではダメでござらんか?」
「む、いつもは値切りは受け付けねぇ主義だが、嬢ちゃんたちみたいな別嬪さんに会えたんだ、ここは銀貨三枚と銅貨五枚で売ってやるよ」
「感謝するでござるよ、店主殿」
輝夜は野菜が沢山入った紙袋を受け取って売り場を後にした。
「その値切りの仕方はどこで学んだの?」
若干ジト目で輝夜を見つつメリアは歩きながら聞いた。
「簡単な洞察でござる、女二人に高く売りつける者は悪者でござるよ」
「何気に輝夜は強かよねー、まぁ、全てはアレスに自分の料理を食べさせたいが為だろうけど」
「そ、そ、そんなことはないでござる!、ちゃんとメリアたちの事も考えているでござる」
早口で言う輝夜にメリアは忍び笑いを零した。
「冗談よ、それで次は何を買うの?」
メリアは輝夜から紙袋を受け取って腕輪に仕舞いながら聞いた。
「必要なものは大方購入したでござるからこの街特有のものを見てみるでござる」
言いながら輝夜は歩き出して一つの露店の前で止まった。
「早速何かあったの?」
「これを見るでござるメリア」
声を掛けると輝夜は薄く茶色に染まったゆで卵を見せてきた。
「ただのゆで卵よね?」
「違うでござる、普通のゆで卵は薄い茶色にはならないでござる」
「それは温泉で茹でてるからだよ、黒髪のお嬢さん」
輝夜が不思議に思っていると露店の若い女店主がそう声を掛けた。
「温泉で!?、なるほどだから色が違うのでござるか」
「本当だ、ほんの少しだけだけど魔力を含んでいるわね」
感心しながら二人は薄い茶色のゆで卵を見た。
「細かく刻んでサラダにしたらアレスは喜んでくれるでござろうか…」
「ちょっと輝夜、心の声が漏れてるわよ」
「しまったでござる!」
頭を抱える輝夜の様子が面白かったのか店主が笑った。
「あはははっ、どんだけ恋人のこと好きなんだいあんたは、その恋人の為にこの温泉卵はどうだい?、今なら一つオマケをつけとくよ?」
店主の言葉に輝夜がいの一番に返事したのは言うまでもない。
メリアが買ったゆで卵をアイテムボックスに入れているとガチャンという陶器が割れるような音が響いた。
「うだうだ言ってんじゃねぇぞ!」
メリアと輝夜が音のした方向を見ると数人の男が露店の一つに集まっていた。
「あれはガリルのクソ野郎と仲間かい、あいつに絡まれるなんて気の毒な」
女店主の忌々しそうな呟きを拾った二人はその名前に聞き覚えがあった。
二人は毅然と男たちの方に向かい声を掛けた。
「止めなさい、貴方がしていることは立派な犯罪行為よ」
「感情を抑えられぬとは修練が足りていない証でござる」
周囲の人々の心配の視線を一身に背負いながら二人は男達に言った。
男たちはメリアと輝夜の言葉に振り向き、驚愕の声を上げた。
「てめぇらは!?、昨日のギルドで会った!?」
「なんでこんなところに!?」
その中でも一際大きな体格の男の高笑いが響いた。
「ははははっ!、てめぇらは昨日ギルドで会った美人の二人じゃねぇか、恋人に愛想でも尽かして俺に会いに来たのか?」
大男ガリルの言葉にメリアと輝夜は額に青筋を立てたがガリルはそれに気づかず続けた。
「あのクソガキはムカつくがてめぇらは顔が良いからな、まぁ、安心して俺の物に…」
「調子に乗るのもいい加減にしなさいよ!」
メリアの怒りの声と共に放たれた回し蹴りがガリルの顔面にめり込み横に吹き飛ばした。
通りに転がったガリルを一瞥した輝夜が前に一歩進み出た。
「さしもの拙者でも憤りを感じているでござるよ」
「!?、女のくせに!」「よくも兄貴を!」
仲間四人が拳を構えてメリアと輝夜の二人に襲いかかった。
露店の人達が思わず目を瞑る中、メリアと輝夜は素早く足を跳ね上げ二人の顎を蹴り上げた。
冗談のように二人の男が宙を舞い露店の人達が驚きの声を上げるがメリアと輝夜は気にせず細い足を引き戻し流れるような回し蹴りで残りの二人を蹴り飛ばした。
二人は地面に墜落し残りの二人も共に意識を失った。
「ちっ!、くそが!」
ガリルはメリアに蹴られた頬を労りながら倒れた仲間を見て逃げた。
「逃げるとは見下げ果てた小僧なのじゃ」
「!?、退け!」
いつ間にか目の前にやけに気配の薄い少女が現れたことにガリルは驚きつつも構わず退けて逃げようとした。
「少し躾てやるのじゃ、"花蝶之舞”」
少女が取り出した二本の扇子を扇ぎその場で軽やかに舞うと様々な花の花弁が吹き荒れてガリルの視界を覆い尽くした。
「しばらく反省して眠るのじゃ、小僧」
そんな少女の声が聞こえるのを最後にガリルの意識は途切れた。
いきなり現れた少女が扇子を両手に軽やかに舞うとガリルが意識を失い倒れたのでメリアと輝夜は驚き、少女に駆け寄った。
「ありがとう、あれ?、何となく気配が薄い?」
「メリアの言う通りでござる、貴殿は一体…?」
メリアと輝夜は共に疑問を浮かべると少女も不思議そうな顔をした。
「お主らの匂い、どこかで嗅いだ気がするのじゃが…?」
少女も何故かメリアと輝夜を見て首を傾げていると、青年の声が響いた。
「おいルーヴォル!、どこ行ってたんだよ…ってメリアに輝夜?」
両手に食べ物を持った立つ青年 アレスが驚いた顔でメリアと輝夜を見た。
◆◆◆◆
「ホホホ、なるほどそなたらがアレスの恋人の二人だったとはのう、驚いたのじゃ」
「こっちだって驚いたわ、こんな美人の獣人さんと友達になったなんてね!」
メリアは非難の視線を向かいに座るアレスに向けた。
「そんなこと言われても別に自分から言うことじゃないだろ?」
「アレス、拙者は少し失望したでござるよ、こんなにホイホイと美人と知り合うなんてと」
「俺が悪いのか!?、いや、でも…」
「ホホホ、アレス、この場合はどんな理由でも男の方が悪いのじゃ、諦めい」
ルーヴォルが笑いながらそう言うとアレスは露骨に肩を落とした。
「解せない」
あの騒動から逃げる為に入ったカフェで注文した紅茶を飲んでアレスは呟いた。
「それで改めて私はメリア、メリア・ファフニールよ」
「拙者は天月輝夜と申すでござる、気軽に輝夜と呼んで欲しいでござる」
項垂れるアレスを放っておきメリアと輝夜は改めて自己紹介をした。
「うむ、メリアに輝夜か、良い名前なのじゃ、妾はルーヴォル、ルーヴォル・フェンリル・ヴァナルガンドなのじゃ」
三人は微笑み合い握手を交わした、美しい少女たちが微笑み合う光景は下手な絶景を上回るが見ることが出来るのはアレスのみだ。
「それでルーヴォルはアレスと何してたの?」
「うむ、アレスがそなたとのデート計画を立てたいから街を案内して欲しいと頼まれたから案内してやってたのじゃよ」
ルーヴォルの説明にメリアは嬉しさから頬に朱が差して若干俯いてしまった。
そんなメリアを見てルーヴォルはおかしそうな笑い声を上げた。
「ホホホ、本当に愛し合っているのじゃな、やっぱり驚くことなのじゃ、メリアとやら、そなたはアレスが女を増やすことをなんとも思っていないのか?」
ルーヴォルに声を掛けられて顔を上げたメリアをルーヴォルの金色の瞳が射抜いた、どこか試すような問いにメリアは気負うことなく答えた。
「何も思わないわけはないわ、私のアレスを誰にも上げたくないって気持ちはいつでもあるけど、アレスは最高の男だから女が集まるのは納得出来るの」
「アレスがいつか自分から離れてしまうとは思わないのかえ?」
「思わないわ、だってアレスはいつどんな時だって私をないがしろにしたことはないし私がそんなことはさせないもの」
自信たっぷりに言うメリアにルーヴォルを目を丸くして、笑った。
「ホホホ、本当に面白いのう、アレスも面白い奴だと思っておったがメリアも大概なのじゃ、本当にアレスに相応しい女だのう」
ルーヴォルは扇子で口元を隠しながら言った。
「メリアはそういうところもあってアレスに一番好かれているでござる、拙者もメリアに負けないように修練せねば」
「輝夜はアレスの胃袋を完全に掴んでいるじゃない!、私はまだまだ遠く及ばないわ」
「ほう、輝夜は料理でアレスの胃袋を掴んでるとな?」
「俺が居る前で俺のことを話すのは止めてくれないか!?、三人共俺が居ること忘れてるだろう!?」
俺は飲み終わったカップをテーブルに置いて抗議の声を上げた。傍から見ればアレスの頬がほんのり赤く染まっているのが分かるだろう。
「私はいつでもアレスの魅力を語るわ!」
「大きな声で言うことじゃないぞ!、それは!」
俺は何とかメリアに話をさせるのを止めさせる為に奮闘するのだった。




