八十六話 絶望と亡き父の教え
初撃を避けられて攻撃を食らったスカハだったがめげずにカーズへと攻撃を仕掛けた。
「"一ノ槍 螺穿”!」
二本の槍の刺突がカーズへ目掛けて放たれるが、カーズは苦もなく拳で打ち払った。
「んなぁ、弱い攻撃じゃあ俺は殺せねぇぞ!」
「ーぐはぁ!?」
いつ間にかスカハの懐に飛び込んでいたカーズの拳がスカハの腹にめり込み、スカハは大きく吹き飛ばされた。
何とか体勢を立て直して立ち上がると目の前にはカーズが立っていた。
「おら!」
カーズの蹴りが放たれ咄嗟に二本の槍を交差させて防御したが衝撃は殺せず再び吹き飛ばされた。
「何だよ、俺を殺すなんて言うからどんなもんかと思ったら、大したことねぇなぁ」
「な、何で父や仲間をあんな卑怯な手で殺した」
痛む全身を叱咤して立ち上がったスカハは、呼吸を整えるついでに聞いた。この男が本当に自分の仇なのか確認する為に。
「お?、それを聞くのか」
カーズは一瞬考えるような仕草をして、口を開いた。
「俺は昔からオリオンの野郎が嫌いだったんだ、いつも澄ました面をしやがってムカつくんだよ」
カーズはとても邪悪に笑って続けた。
「だからあいつの仲間を殺すと脅して、やつをおびき出して殺し、やつの部族を滅ぼした、お前の母が自害しちまったのは残念だったけどな」
一瞬で思い出される別れる直前の母の表情と血を流して倒れる部族の皆、皆を殺し回ったカーズの愉悦の表情。
「カーズ!!」
スカハは内心から湧き出る憎悪と憤怒を槍に乗せて刺突を放った。
一呼吸で十を超える刺突を放ったスカハに対してカーズは酷く歪んだ笑顔を浮かべた。
「お前はゆっくり殺してやるよ!」
無数に打ち出された拳が刺突を防ぎ、霞む速度で放たれる蹴りがスカハの鳩尾を強襲した。
「"氷鎧”!」
スカハの全身に氷がまとわりつき、氷の鎧へと変わり蹴りを受け切った、衝撃が浸透し痛む胸を無視して技を放った。
「"二ノ槍 氷穿”!」
二本の槍から伸びた氷の槍がカーズを穿こうと迫った。
しかしカーズは慌てず歪んだ笑顔を浮かべたまま、氷の槍を掴むと握り潰した。
「!?」
「お前の槍はそんなもんか!!」
カーズはスカハの槍を掴み、投げ飛ばした。
轟音を立てて壁に激突したスカハが気付いた瞬間には目の前にカーズが居た。
「まずはその氷の鎧から剥がしてやるよ!」
拳の雨が全身を殴りまくり、さらなる轟音を立ててスカハは壁を貫通して部屋に倒れ込んだ。
パラパラと氷の鎧が剥がれ落ち始めたが二本の槍は決して離さず立ち上がり刺突を放った。
「遅ぇな、おらよ!」
軽やかに刺突を避けたカーズは腰を落として正拳突きを放った。
防御が間に合わずまともに食らったスカハは吐血しながらも槍を床に刺して吹き飛ばされるのを防いだ。
痛みで憎悪に染まっていた心に思考の余地が生まれ、咄嗟に体が動いたのだ。
「"幻槍流 刺烈驟雨”!」
瞬間駆け出したスカハから刺突の雨が放たれ、さしものカーズでも回避を要求される攻撃だった。
刺突の雨が先程までカーズが居た場所を穴だらけにし、右手の槍を固く握り締め横に振ると斬撃が放たれた。
カーズは背中の翼を使い翔ぶことで斬撃を避け、カーズが立っていた後ろの壁に深い斬創がついた。
「"三ノ槍 改 朧霞散波”!」
両手で回転させた槍の先から無数の斬撃が部屋中に飛び、部屋の調度品を破壊し壁や床に斬創が刻まれた。
無論飛んでいたカーズにも斬撃は襲い掛かりカーズは全身を魔力で覆うことで防御したが床に撃ち落とされた。
「"螺穿槍”!」
収斂した魔力を纏わせた槍をカーズが落ちた場所に投擲し、もう片方の槍を握りしめて駆けた。
「やるじゃあねぇか!、うぉ!?」
ちょうど起き上がったカーズを投擲された槍が襲い、咄嗟に首を捻ったカーズの頬に傷をつけた。
「"幻槍流 修羅螺穿”!」
金色が混じった魔力を収斂した刺突を繰り出し、腕をクロスする形でガードしたカーズの腕に激突してバチバチとせめぎ合うような音が響き、瞬間カーズが吹き飛ばされて壁をぶち抜き隣の部屋に移動した。
スカハがカーズを吹き飛ばした部屋は何か貴重なものを管理する部屋なのか、きらびやかな武器や調度品が飾ってあった。
「があああ!、調子に乗るんじゃねぇ!」
部屋に入り槍を回収したスカハの目の前に現れたカーズは漆黒の覇気を纏いながら貯めた拳を打ち出した。
「"魔連黒弾”!」
無数の魔力の拳がスカハに迫った。
咄嗟に槍を交差して防御したスカハの側頭部をカーズの蹴りが強襲して横方向に吹き飛ばされた。
吹き飛ばされて揺れる視界の中、壁から剥ぎ取った剣に自身の魔力を纏わせているのが見えた。
「お前の魔導服は防御力だけは立派だからな、これで貫いてやるよ」
カーズの言葉がどこか遠くから聞こえるように感じて否が応でもカーズと自身の実力差を思い知り、心を諦めと絶望が満たし始めた。
カーズの魔力は際限なく高まり剣に収束されている、あれを受ければさしものレヴィアタンの魔導服でも貫かれてしまうだろう。
「あっ…」
絶望から俯くと胸の中に入れていたものがカーズの攻撃で魔導服が傷ついて解れた箇所から垂れ下がった。
アドモス王国でアレスからプレゼントされたペンダントだ。
透き通るような蒼い宝石が特徴的なもので、貰った時は知らなかったがアレクシアからとても希少な宝石でその蒼色と透明度から"蒼穹”と呼ばれていると知った時は心底驚いたものだ。
カーズが渾身の魔力を収束させた剣がスカハの心臓目掛けて投擲された。
「アレス…」
ポツリと呟いたのは愛しい恋人の名だった。
『必ず生きて俺の元に戻って来てくれ』
ここに来る前にアレスと交わした約束と彼の顔が脳裏を過ぎった。
「うわぁぁぁ!」
喉が張り裂ける勢いで叫び目の前に迫る剣へ二本の槍を振るった、だが膨大な魔力に弾かれて僅かに軌道ズラす程度に留まり左腹を貫き衝撃そのままに吹き飛ばされて背後の壁をぶち抜き、隣の部屋の壁に激突した。
カランッと音を立てて両手から槍が零れ落ちた。
「んだよ、今逸らしたのか?」
スカハがぶち抜いた壁から土埃を払いながら現れた。
霞む視界で辺りを見ると驚愕の表情でこちらを見る愛しの恋人アレスとメリアたちと他にも居たが上手く思考が働かず、壁から落ちた。
「スカハ、嘘だろ!」
感じたのは硬い床の感触ではなく、柔らかい人肌の感触だった。
アレスが咄嗟に駆け寄り受け止めたのだ。
「ーー父さん?」
朦朧とする視界に映るアレスがブレて、亡き父の面影と重なった。
「スカハ!、何て傷を…!」
「スカハ殿!、そんな…」
「そこの魔族ね!、よくもスカハを!!」
メリアや輝夜、アリスの声が聞こえる中、スカハは幼い頃を思い出した。
『いいかスカハ、お前は女だが我らの槍を受け継ぐ者に性別は関係ない』
かつてあった家の外で二本の槍を持つ父、オリオン・レヴィアタンが幼い自分に言い聞かせるように言った。
「我らの槍は万物を貫く、相手がたとえ何であれだ。そして時に己を遥かに凌駕するものに出会うことがあるだろう」
父はそこで言葉を切ると二本の槍を構えた。
「スカハ、たとえどんな逆境に立たされようと槍を離すな、槍はレヴィアタンの誇りであり力だ、そしてそれでも駄目だと思ったら、今までの全てを思い出せ。自分は何を感じて生きて来たのか、もしお前に大切な人でも出来たらよく分かる、私は寂しいがな…」
幼いスカハには難しくてよく分からなかったが、寂しそうな顔をしていた父の表情はよく覚えている。
父の幻影が消え、周囲を暗黒が包み辺りが燃え集落の皆が血を流して倒れている。
スカハの時間はここで止まったのだ。
家族を一夜で全て失い、茫然自失のまま放浪しアドモス王国に入った時に捕まり、奴隷にされた。
望まぬ槍を振るわさせることに苦痛を覚え、いっそのこと自害してしまおうと思った頃に出会った一人の青年。
『俺は君の悲しい槍は見たくない』
敵同士なのにそんなことを言って私の誇りを取り戻してくれた、紅い髪と蒼い瞳が特徴で恐ろしく腕が立つ最愛の人。
いつもアレスの隣に居て、魔族だろうが何とも思わない銀の少女。
強さを重んじ、出会った時からウマが合ったサムライの少女。
酷い迫害で傷ついているのに、率先して誰かを助けようとするハーフエルフの少女。
皆大切な人で失いたくない人だ。
ーーーならばどうする?
『こんなところでくたばるわけにはいかない!!!』
宣言と共に暗黒が晴れて、二つの槍が現れた。
『その不屈の闘志、感服した、我はアスール』
『その胸に宿る無限の誇りと気合、感嘆した、我はカラドボルグ』
二本の槍はスカハが使用していた二対の魔槍だった。
『『貴殿を真の主と認める、我らを掴み、先へ進むがいい』』
二本の槍が左右にズレると先には青紫色の扉が見えた。
スカハは二本の槍を掴み、青紫色の扉へ歩き出した。
瞬間、スカハを多くの幻影が囲んだ。
『貴方たちは…』
皆、青色の髪を持ち藍色の瞳を持っていた、彼らはスカハを歓迎するように己が持っている二本の槍を先を下に向けて交差させた。
その中にはスカハの父、オリオンの姿もあった。
『扉を開けスカハ、その向こうにお前が望むものがある』
『ありがとう父さん、祖霊の方々も』
幻影たちはスカハを見て立ち消えた。
オリオンもスカハを見て満足したのか、溶けるように消えた。
『待ってて、今からそっちに行く!』
スカハは思いっきり扉を押して、開け放った。




