八十五話 輝夜の剣戟無双
時は遡りアレスたちが帝城に攻め入ったのと同時刻に帝城ゼーキルの地下の石壁が音を立てて開き、人が出てきた。
「抜け道とは凄いでござるな」
感心ともに呟くのは艶のある黒髪を白鳥の髪飾りで一本に纏め異国の衣装に身を包んだ少女、輝夜だ。
「帝国の歴史は長いですからこうした抜け道は幾つもあります」
抜け道から金髪碧眼の少女、皇女アレクシアと全身甲冑姿の騎士トリスが出てきた。
「ん、帝国の技術は高い、それでここは何処?」
最後に抜け道から出てきた青髪に二本の捻れた角を持つ少女、スカハが皇女アレクシアに問うた。
「ここは地下牢です、罪を犯した罪人を閉じ込める場所ですが今は誰もいない筈ですから…」
「皇帝たちはいないようでござるな」
視線を右往左往させるアレクシアに輝夜が現実を告げた。
「これを見てください皆様」
騎士トリスの声に反応して近くの牢屋に近付いた。
「埃がない、ここには居たのは確実。でも移動させられた?」
一様に首を傾げる一同であったが、皇帝たちを殺さないで捕らえておく理由となると限られてくる。
「理由を考えるのは後にするでござる、皇帝たちを見つけるのが先決でござる」
輝夜の提案に三人は乗り、とりあえず地下牢が並ぶこの場所から移動することにした。
一同は一本道を進み上へ上がる階段を見つけ、慎重に登った。
「誰もいないでござるな」
輝夜が階段から少し顔を出して周囲を確認した。
「アレスたちの陽動効果が出てるのかも」
「どっちしろ好機ですわ、しかしどこを探すのかが問題ですね」
何せここまで巨大な城である、闇雲に探すのが愚策なのは目に見えていた。
「誰か《降魔の盃》の戦闘員を捕まえて尋問するのが確実では?」
「トリスの意見を採用する、それが一番確実」
スカハは最後に輝夜に視線を向け、輝夜が頷いたことで作戦が決まった。
「じゃあ早速「トリス殿!」!?」
トリスが声を上げようとした瞬間、輝夜が突如トリスを蹴り倒した、何をするのかと目を剥くアレクシアだったが先程までトリスがいた所に斬撃が走ったことで状況を理解した。
「へぇー、中々やるねぇ」
いつ間にか目の前に十数人の騎士がおり、一際豪奢な鎧を着た男が感心の声を上げた。
「カーズ・オルテイシア!!!」
思わず警戒する輝夜たちの耳朶をスカハの聞いたことも無い憎悪の声が打ち、スカハは上へ思いっきり槍を投擲した。
輝夜が槍の投擲先を見ると宙に佇む頬の下の切り傷が特徴的な男の魔族が居り、苦もなくスカハが投げた槍を避けた。
「どこかで感じたことのある魔力だと思ったらオリオンの娘か!」
「お前は、私が殺す!」
スカハは床を蹴ることで飛び上がり宙に浮かぶ魔族、カーズに接近した。
「は!、お前みたいな覚醒にも至っていない三流魔族が俺を殺すだと?、笑わせるな!」
カーズは滑るようにスカハの刺突を避けて、槍を突き出した体勢のスカハに拳を打ち込み床に撃ち落とした。
「スカハ様!」「スカハ殿!」
アレクシアとトリスが悲痛の声を上げたがスカハたちは目の前に立つ騎士たちで見えなくなってしまった。
「君たちの相手はこの"剣聖”の部下が務めよう」
「ベルノルト!、貴方という方は!」
騎士たちの真ん中に立つ豪奢な鎧を着る男へアレクシアは特大の嫌悪が籠った目で睨みつけた。
「随分と嫌われているようだね」
「貴方のような"仁”を重んじない男は嫌悪の対象でしかありません!」
ヘラヘラ顔を隠そうとしない"剣聖”ベルノルトにアレクシアは精一杯の嫌悪を示した。
「それにしてもそこの冒険者の君は可哀想だねー」
アレクシアから輝夜に視線を移してそんなことを言った。
「だって帝国最強の"剣聖”がいるんだからねー、勝てないのは目に見えてる、君は容姿は抜群に良いんだし僕の愛人になるっているなら助けて上げてもいいよ?」
相変わらずのヘラヘラ顔で言ったベルノルトが一瞬何を言ってるのか理解出来なかった輝夜だったが理解した途端、底知れぬ憤怒が湧いて出てきた。
「お断りするでござる、しかし帝国最強も大したものではなさそうでござるな」
「ー何?」
「貴殿のような下衆の輩なら実力も程度が知れるというものござる」
憤怒は内に収め、輝夜は実にいい笑顔で騎士とベルノルトを挑発した。
「下賎な冒険者風情が!、言わせておけばっ!」
青筋を立てた剣聖が何か言う前に騎士の一人が怒りのままに剣を抜き突っ込んで来た。
魔力による身体強化により瞬発力の上がった騎士は、輝夜と自身の間にあった十メートルほどの距離を目を見張る速度で駆け抜け輝夜の喉笛目掛けて突きを放った。
「"陸ノ太刀 迅”」
常人には輝夜が腰を落として手元がブレたように見えた瞬間、騎士の首が飛んだように見えた。
騎士の亡骸は首が無くなったことにすぐには気づけず二歩三歩歩いたところで倒れた。
「これでも拙者を侮るでござるか?」
輝夜の全身から斬り裂くような剣気が放たれた、輝夜が放った剣気は味方であるアレクシア達でさえも思わず身構えてしまうほどの密度だった。
当然ながらそれほどの密度の剣気を正面から浴びた騎士たちは己の首が飛ぶ光景を幻視した。
「"伍ノ太刀 燕”!」
「散れ!」
輝夜が幾本の剣閃を放った瞬間ベルノルトは先程のヘラヘラ顔が嘘のように怒声を上げて騎士たちに号令したが、反応出来たのは半分ほどで、二人がまともに輝夜の燕を受けて鮮血を撒き散らし三人が足や腕に斬撃を受けて行動不能になった。
「ちっ!」
「はぁっ!!」
目の前の惨状に舌打ちしたベルノルトに輝夜は裂帛の声を上げて上段斬りを打ち込んだ。
「くっ!、やるな!」
輝夜の力が余すことなく乗った上段斬りを受けたベルノルトは苦悶の表情を浮かべたが、剣をはね上げ輝夜の剣を絡めるように動くと、輝夜は絡められる前に剣を手前に引いた。
「"肆ノ太刀 啄木鳥”!」
魔刃が幾つもの突きを生み出し、ベルノルトの顔面を強襲したが剣聖と言うのは伊達ではないのか咄嗟の剣捌きで全て弾いた。
剣聖と打ち合う体勢の輝夜の背後を狙い、二人の騎士が突きを放った。
「甘い!」
輝夜は素早く体を捻り半身になり、紙一重で騎士の突きを避けるとさらに後方宙返りで後ろに下がりさらなる斬撃を躱した。
「貴様!」「許さん!」
二人の騎士が憤怒をそのままに輝夜に追いすがった。
「"弐ノ太刀 閃”」
純白の刃が閃き、二人の騎士の剣が握られた手が宙を舞った。
痛みに呻く二人の内一人の腹に蹴りを入れてこちらの様子を伺おうとしていた数人の騎士が固まる場所へ吹き飛ばした。
流れるように白夜を袈裟に振り下ろしてもう一人の騎士の鎧を薄紙の如く斬り裂きトドメをさした。
ものの数秒で二人の仲間がやられて、騎士たちは目の前の少女の見た目にそぐわない強さに畏怖を覚えた瞬間、輝夜の姿が消えた。
「"捌ノ太刀……」
熟達した"縮地”で踏み込んだ輝夜の刀に七本の魔力刀が収束した。
「…雲雀”!!」
振り抜かれた白夜から放たれた七本の魔力刀は七人の騎士たちの右肩から左腰に掛けて斬り裂き、再起不能の傷を負わせた。
「らぁ!!」
鋭く放たれる呼気に応じるような鋭い突きが最後の一人の騎士の喉笛を貫き最後の騎士の瞳から光が消えた。
瞬間、感じた殺気に反応して輝夜は刀を引き抜き純白の刃を流れる血を払いながら刃で光り輝く剣を受けた。
「剣聖の本気で殺してあげるよ!」
剣を振り下ろしたベルノルトが愉悦の表情で言った瞬間、剣の圧力が増し輝夜が踏み締める床に亀裂が走った。
輝夜は瞬時に剣聖の剣を刃で流して刀の鍔で受けた。
「魔剣というやつでござるか」
呟くように言いながら刀を手前に引き後退することで、剣聖の斬撃を紙一重で避けた。
「それさ、これが剣聖の剣、魔剣エリスカリバーさ!」
光り輝く魔剣が上段から振り下ろされた、輝夜は正面から受けるのを避け横に流そうとした。
「読んでるんだよ!」
輝夜の対応を予想していたのか上段斬りを中途で止め、突きを放ってきた。
輝夜の脇を狙った突きは輝夜が即座に白夜の柄でエリスカリバーの剣腹を押したことで切っ先を逸らされ、輝夜の袴を浅く斬り裂く程度で止まった。
「うぉぉ!」「せやぁ!」
光り輝く魔剣と純白の妖刀が瞬く間に幾度も剣戟を交わし、火花と魔力の燐光が周囲に散った。
「見切ったでござる」
「ー何を言って…ぐわぁ!?」
輝夜がボソリと呟いた言葉にベルノルトが何か反応する前にベルノルトの肩口や腕から血が吹き出た。
「拙者より遅い、剣筋が正直過ぎる、ゆえに見切ったでござる」
「剣聖である僕の剣を見切っただと!?、有り得ない!」
変わらず常人に視認を許さない速度で振るわれたベルノルトの剣だったが、輝夜には掠りもせず全て逸らされ受け流された。
ベルノルトは悟った、自分の剣は目の前の少女にはもう通じないと。
「同じ剣士としてのせめてもの情けでござる、拙者の最強の剣を見てから逝くでこざる」
輝夜の全身から金色の覇気が立ち上った。
ベルノルトは自分の死を覚悟すると共に金色に輝く鳥を幻視した。
「"天刃流 奥義…」
幾百、幾千の魔刃が収束した白夜の切っ先をベルノルトに向けて床を蹴り、金色の軌跡を描きながら輝夜は駆け抜けた。
「…百花繚乱”!」
幾千の斬撃がベルノルトを襲い、反応すら許さずズタズタに斬り裂いた。
輝夜はゆるりと白夜を鞘に収めた、鯉口が鮮烈に鳴りアレクシアとトリスは戦いが終わったことを理解した。
「急ぐでござるよ、御両人」
輝夜は袴の裾をなびかせながら駆け出した、アレクシアとトリスも慌てて追いかけた。
「お見事です輝夜殿、あの剣聖をあそこまで一方的に倒すとは」
「賛辞は嬉しいでござるが、今はスカハを追うでござる」
急ぎ気味に言う輝夜の表情にはスカハへの心配が色濃く出てていた。




