七十八話 服選び
俺は自分で言った言葉に後悔したことは生まれてから十七年間一度もなかったが数十分前に言った言葉だけは猛烈に後悔していた。
「はぁぁ、もうそろそろ一時間ぐらい経つよな、何で服を選ぶだけでそんなに掛かるんだよ」
「お諦め下さいお客様、恋人様の買い物に付き合うのも彼氏の役目ですよ」
思わず愚痴を零した俺に近くに立つ店員さんが笑いながら言った。
「いや、絶対におかしいだろ」
現在俺は変装する為に帝都の服屋に着ているのだが着いた瞬間メリアがスカハと輝夜、さらにアリスと皇女様、騎士トリスすらも連れて店の中に入ってしまったのだ。
しかも運が悪いことにこの店は男性と女性の売り場が完全に別れており俺はメリアが来ないと周りに女性ばっかりで入ることが出来ないのだ。
「それはともかく一緒に来た恋人たちとは何処で知り合ったのですか?、剣を持ってるし察するに冒険者繋がり?」
「言っとくが恋人は銀髪と黒髪と青髪の子だけで後の三人は違うからな」
なぜか"たち”を強調して聞いてくる店員さんに思わず頬が引き攣るのを感じながら答えるとなぜか背筋に悪寒が走った。
「「「ーーーーーー」」」
振り向くと男性用の服が売っている場所で服を選んでいる方々からの視線だった。
その視線全てが俺を睨んでいたので手を振り返すと殺気に近い密度の視線が再び飛んできた。
「お客様ー、お連れが呼んでますよ」
別の店員さんが女性コーナーの奥から俺を呼ぶ声が響くと視線が霧散して俺は疑問に思いつつも女性コーナーに入った。
「あのねメリア、可愛いくて綺麗でずっと見てたいけど何でその服なんだ!?」
売り場に言って試着していたメリアを見た俺の第一声がこれだ。
「え?、そんなに変かな、これ?可愛いと思うけどー」
メリアが着ていたのは頭にまるで兎人族のような長い耳の飾りを着けて胸やお腹ぐらいしか隠れていない扇情的な服だった。胸の所に小さく"バニースーツ”の文字があった。
「店員さんだろ!?、メリアにこんな服着せたのは!?」
メリアは元貴族と言うこともあってぶっちゃけ言うとそこまで服を選ぶセンスがないのだ、だからいつも無難なワンピースを着ている。
「ええ、その通りですよ!、だって顔立ちが整っている子は職業柄たくさん見てきましたが顔立ちに立ち振る舞いに背丈に胸、さらに付け加えるとまるで絹のようなサラサラな銀髪!、ここまで完璧な美少女は見たことがないんですよ!?」
一人の店員さんがメリアを見て熱弁すると周りに居た女性店員全員が頷いた。
「なに結託してるんだよあんたらは店員だろ!?、頼むから普通の服で頼むよ」
俺は普通を強調して棚から無難なワンピースを取り出そうとしたら横から女性店員にガシッ!と腕を掴まれた。
「ここまで完璧な美少女にそんな服は着させないわ!、この店最高のものをあげるわ!、勿論お代は結構ですから!」
店員さん、否、店員の言葉に若干慄いているとさらに別の店員に肩を叩かれた。
「お客様、こちらに来て下さい」
栗色の髪をした店員に着いていくと今度は思わず硬直してしまった。
「どうでござろうかアレス?」
試着室に居たのは輝夜でいつも着ている袴ではなく胸元が大きく空いた蒼色のドレスを着ていた。
「とても綺麗で似合ってるよ、でもその服はダメ、胸元が開きすぎだし大体そんな服いつ使うんだよ」
「お客様、いいですか、ここまでの美少女ですよ、目元、髪、ルックス全てが完璧です、あちらに居るメリア様にも負けていません、ドレスの一つぐらいは持って置くべきですよ?」
畳み掛けるように言う店員に俺はため息を軽く吐いてから言った。
「分かったよ、分かったからドレスは買うけどそれはダメだ、他のにしてくれ、出来るだけ露出が少ないやつね」
俺が念を押して言うと店員さんはニッコリと笑って下がっていった。
ここに来たことを先程よりもさらに後悔しながら他の三人を探して歩いていると試着室の前に立っている金髪の騎士が目に入った。
「あ、アレス殿か、ここまで入ってきたのだな」
「そういう君はトリスだな」
いつもフルフェイス姿しか見たこと無かったが気配で誰かは分かった。
「そこの試着室に居るのが皇女様なのは分かるけど変な服を買うつもりじゃないよな?」
俺は先程までのあれこれを見たせいで訝しむ視線を騎士トリスに向けた。
「な、何を見たのかは分からないがアレス殿の言う通り地味な平服にしたぞ」
「ならいいよ、それでスカハとアリスは何処か知ってるか?」
俺はスカハとアリスが二人で居るのではないかと思って騎士トリスに聞いた。
「私ならここにいる」
スカハの声を背中越しに浴びて振り向くといつもの藍色の魔導服を着て背中に二本の槍を背負うスカハが居た。
「良かったスカハは変な格好じゃない」
とりあえず俺はスカハが変な格好をしていないことに安堵した。
「?、よく分からない、そんなことよりもアリスの服を見に来て」
俺はスカハに手を引かれて別の試着室に連れていかれた。
「アリスー、アレスを連れて来た」
「え!?、ちょっと待って何でアレスを連れて来たのよ!?」
「その服を見て欲しいのかと思って」
俺はスカハの言葉が気になり試着室に居るアリスを見た。
アリスは深緑色が特徴の服を着ていたが俺が今まで見てきた服とは少し作りが違った。
「どこかの民族衣装か?」
「う!?、い、意外に鋭いわね」
アリスは忙しなく朱色に染まった長耳をピコピコと動かして恥ずかしそうに言った。
「これはエルフ族の民族衣装でこの店でも売ってたから思わず着てみたくなって…」
アリスの口調からはエルフ族に対する憧れが感じられた。
「よく似合ってるよアリス」
「ーーー」
純粋な褒め言葉を送ったつもりだったがアリスは固まってしまった。
「アリス?」
「な、何でもないから!?」
アリスは後ろを向いて両手で顔を覆った。
「アレスはやっぱり女たらし」
「今のやり取りでどうしてそうなる」
無表情で言ったスカハに俺は思わずツッコムのだった。
◆◆◆◆
「白金貨百五十枚です」
波乱の服選びが終わったところで買った服の決算を告げる店員に無言で俺は白金貨百五十枚が入った皮袋を渡した。
「「「毎度ありがとうございました!!」」」
店員たちの声を背に店を出ると外で待っていたみんなが目に入った。
「お帰りアレス」「お帰り」
店で買った色んな花の刺繍が特徴の白いワンピースを着たメリアと結局一切服を買わずに角を隠す為にローブを被ったスカハが出迎えてくれた。
「ただいま戻りましたよ、お?、輝夜の袴以外の姿は初めて見たな」
「そ、そうでござるか?」
輝夜は白いスカートと淡い青色のフリルが首元に付いた服を着ていた。いつも着ている袴姿とは全く違ったので新鮮な印象を与えた。
「ああ、とても似合ってるよ、綺麗だ」
「アレスはそういうことすらっと言えるのねー」
アリスが何かポツリと呟いたが都市の喧騒に紛れて聞き取れなかった。
「服を変えたところで今夜泊まる宿を探そう、作戦を詰めるのはそれからだ」
「それは私が用意出来る」
歩きだそうとしたら鎧を脱ぎ軽装になったトリスが言った。
「知り合いが宿を経営しているんだ、親からの付き合いで信用出来る」
「バジル爺のところですか?」
ドレスではなく一般的な平服を着た皇女様に聞かれてトリスは頷いた。
「分かった、頼むよ特にアテがある訳でもないしな」
俺はトリスの案に乗ることにした。
「案内する」
俺たちはトリスに従って歩き出した。
「それにしても帝国とはいえ全員が亜人嫌いじゃないのね」
「帝都はマシよ、今代の皇帝陛下の改革で意識が改善してきたから特に酷いのは辺境ね」
喧騒に支配される通りに居る人々を見て呟いたメリアにアリスが反応した。
「確かにあの店の人達は私の角を見ても何も反応しなかった、ただ『この服を着てくれませんか!!』って迫ってきた人は沢山居た」
「それは単純にあの人たちが趣味に生きてるからだと思うけどな」
「しかし服選びの目利きは確かでござるよ?」
「そうかもしれないけど俺は店員の趣味全開の変な服はもう見たくない」
ガックリと肩を下ろすアレスにスカハが無言で頭を撫でた。
「アリスの言う通りなら不快な思いはしなそうに済みそうにね」
メリアが安堵の声を洩らした瞬間僅かに道行く人々に隙間が出来てこちら、正確には俺たちの前を歩く皇女様に視線を向けている黒ずくめの人が居た、そして俺と目が合うと走り出した。
「!?、待やがれ!」
俺は明らかに俺を見て逃げた奴を見て何かあると瞬時に思考して黒ずくめを追うように走り出した。




