五十四話 迷いの心
輝夜とメリア視点です
久しぶりにアレスと会い一緒に昼飯を食べた日の夜、輝夜は縁側で一人正座をして夜天に輝く満月を見ていた。
輝夜は何か考え事をする時はいつも月を見上げて考える癖があった、月が輝く夜が自分の名前の由来であると知った時からこうして月を見上げるのが好きになっていた。
(アレス殿とはあの学び舎での一件以来何とも気恥ずかしくここ一ヶ月程会えないでござったがやはりこの一ヶ月は鍛錬を積んでいたでこざるな)
輝夜は昼間に会ったアレスの姿を脳裏で思い出しながらそんなことを思った。
アレス・バハムート、あの英雄ガランの息子にしてガランが操るバハムート流の後継者でありその実力の高さは一度も模擬戦をしたことが無くとも肌で感じることが出来る。普段話している感じから与えられる印象は物腰が柔らかく話しやすい青年だ。だがひとたび武器を抜き対峙すれば彼が纏う空気は一変し自らの剣を振り敵を斬る二刀流の剣士となる。
輝夜はずっとアレスのことを考えていたのだ、初めて出会ったきっかけは初めての大陸の街で戸惑い財布をスられたところをたまたま出会わせたアレスがいとも簡単にスリを捻って取り戻してくれた出来事だ、あの時のスリを倒した技術には長年積み重ねてきた研鑽の日々が垣間見えたのを良く覚えている。
そしてギルドでの騒動、大和までの船旅を通してアレスと言う男の根底にあるものを感じ取った。
彼は自分の力を他人の為には使わない、何をするにも自分の為に力を使う、メリア殿やスカハ殿も同じことを感じたと言っていた。そしてそんなところも好きだと彼女らは言っていたが。
「それにね、アレスって結構お人好しなのよ、アレスは自分の為に力を使うけど決して他人を害する為じゃないわ…自分に喧嘩を売ってきた奴はともかくとしてね…武人としての強くなりたいとか冒険したいとかね?」
とても楽しそうに愛おしいそうに言うメリアの言葉が思い起こされた。
「私を助けてくれた時もそう、別にアレスは私を助ける必要は無かった、私がアレスを殺す気がないのを見抜かれていたのもあると思うけど普通自分の命が狙われているのに殺し合っている相手を気にするなんて普通は考えない」
スカハは滅多に変えない表情を凛々しく嬉しそうに綻ばして言った。
「拙者はアレス殿が好きなのでござろうか?」
それは自然と自分の口から出た、そして自分が言ったことに「ハッ!?」とした。自分でも驚くほどすんなりと出たが先程から考えていたことに"好き”と言う感情がピッタリと合致した気がした。
夜の風が前髪を揺らした。
(そう言えばアレス殿は拙者の御髪を褒めてくれたでござるな)
輝夜は揺れる前髪を見て自然と昼間にアレスが触れた箇所に手を置いた。
「しかしこの想いは断ち切らねば、拙者はアレス殿と真剣勝負をするのだから」
おそらく自分が死ぬことはないだろう、奥の手を使えば簡単に傷は治癒することが出来る、だがアレスは《妖刀》を目覚めさせたと言っていたのでおそらく神気に頼った回復は出来ない、自分とは神人として過ごして来た時間が違うのだから。
「なるほどね、そんなことを悩んでたのね」
「!!?」
いきなり声を掛けられて輝夜は驚いて目の前の庭に倒れそうになった。
「ちょっと!?、大丈夫?」
寸前のところで肩を掴まれて落ちるのは回避した。
「メリア殿」
輝夜が振り向くとそこには寝間着姿の銀髪の美少女メリアが居た。どうでもいいがメリアはどんな服を着ても似合う気がする。
「ごめんなさい、いきなり声を掛けて驚かせたわね」
メリアは謝罪の言葉と共に輝夜の隣に座った。
メリアは何も言わずただ輝夜と同じように月を見上げた。そしてしばらく辺りを季節特有の虫たちの鳴き声が響いている。
「どこら辺から聞いていたのでござるか?」
輝夜は月を見上げるを止めてメリアに聞いた。
「アレスが好きってとこら辺かな」
輝夜は名状しがたい恥ずかしさに襲われた。まさかのあの独白をアレスの恋人であるメリアに聞かれるとは。
「拙者の言葉を聞いてメリア殿はどう思ったのでござるか?」
それを聞いていたと言うことは先程の言葉から分かるようにメリアはアレスを殺す気で行こうとしている自分の迷いを聞いた筈だ。
「んーー、私は知り合いが殺し合うって言うのは想像するだけで嫌だけどアレスは輝夜には負けないから何の心配もしてないわ」
輝夜を見返して言うメリアの瞳に浮かぶのは"信頼”だ。
「拙者が負けると?」
「あ、輝夜が弱いって意味じゃないのよ、実力もまだ底が知れないし、でもねアレスと輝夜じゃ絶対に違う部分があるもの」
「拙者とアレス殿が違う部分?」
「うん、それはね"心構え”よ」
メリアは自身の鳩尾に右手の親指を指して言った。
「輝夜はアレスを斬るのが嫌だと思ってるでしょ?、そこがまず違うわ、アレスは優しくてカッコよくて強くて思いやりのある人だけど、心の片隅には"強い奴と戦いたい”"そいつに勝ちたい”って思いがあるの」
満面の笑みを浮かべて話すメリアに輝夜は耳を傾けた。
「輝夜は最愛の相手と戦うってことを知らないのよ、だから迷いの心が生じるしそれに苛まれるのよ、スカハだってアレスに勝ちたいと願ってるしその結果アレスが死ぬかもしれないなんてことは当然考えてるわ、私はアレスが死んだら生きていけないからそんなことはしないけどね」
メリアは一度言葉を止めて輝夜の目を見た。
「これは本人から聞いたことだけどアレスは輝夜との戦いを楽しみにしてるわ、だから私から言えることは一つよ、"アレスの想いに応えて全身全霊で戦って”もしどちらかが死にそうになったら私とスカハが止めるわ」
メリアの凛として声が自身の中へとすると入ってきた。
「ふぅん!」
メリアの言葉を聞いてからややあって輝夜は思いっきり自分の頬を叩いた。バチッンと言う音が鳴り周囲に響いた。
「ありがとうでこざるメリア殿、貴殿の言葉で拙者の迷いの心は晴れたでござる、貴殿の願い承ったでござる、本物の真剣勝負でアレス殿を倒すでござる!」
驚きで目を丸くしているメリアに向かい輝夜は言った。
「え、ええー、まぁ、輝夜が納得してるなら良いわ、それとアレスが好きならちゃんと告白してね、応援はしてるわよ」
「む、無理でござるよ!?、それならまだ怪魔と対峙した方がマシでござる!?」
「なら剣で惚れさせるってのは?」
「剣で、ござるか?」
輝夜はメリアの言葉に首を傾げた。
「そうよ、アレスって基本的に強い人に対しては興味を持つから、スカハに告白し返した時だって"君の槍が好きだ”って言ってたし」
「なるほど、って今更でござるがメリア殿はアレス殿を慕う女子に何か思うことは無いのでござるか?」
「無いって言えば嘘になるけどアレスが魅力的なのは事実なんだし仕方ないが無いわ、でもあくまで一番は私なんだから!」
メリアは形の整った美しい双丘を張って嬉しそうに言った。
「そういう考えもあるのでござるか」
「うん、だから輝夜がアレスに告白して良いよって言われたら私は貴方を歓迎するわよ、一緒に行くんでしょ?」
「父上達にはまだ行ってはござらんが大和の外には興味はあるでござるしアレス殿やスカハ殿、メリア殿達と一緒に旅に出たいとは思っているでござる」
アレスに誘われて輝夜は旅について行きたいと考えていたがまだ父の正信や母の静音には話していなかった。
「輝夜が加わったら楽しそうね、まだ冒険者ランクだって"銀鉄級”だし一緒に沢山冒険しましょう」
「おう!、でござる」
「あ、そうそうアレスはね、夜も結構………」
「な!?、そうなのでござるか?」
メリアと輝夜が楽しく談笑しながら大和の夜は更けていくのだった。




