四十七話 天月邸の朝
「え?、将軍様が俺に会いたい?」
あまりに唐突過ぎる言葉に思わず敬語を忘れて反応してしまった。
「昨日君が我が家に来たことと御前試合に出ることを交渉することを城まで頼みに行ったら逆に頼まれたのだ、アレス君に会いたいと、行ってはくれないか?」
そう俺に頼み込むのは輝夜の父親の天月正信さんだ。
昨日メリアとスカハと一緒に前月祭を楽しんだ俺は日課の早朝鍛錬を天月邸のめちゃくちゃ広い庭で行なっている時に正信さんに声をかけられ大和将軍義敏様に会って欲しいと頼まれたのだ。
「いえ、別に行くのは構いませんが特になにかしたわけでない俺が城に行ってもいいのですか?」
俺は龍焔を鞘に仕舞い気になったことを聞いた。
大和の国とラース大陸に正式な国交は無いのでいくら父さんの息子だからと言って異国の者である俺が城に行くのは不味いのではと思った。
「将軍のあいつが良いと言ってるんだ、構わないだろう、巳の刻(大体十時頃)に一緒に城に行くとしようか」
「分かりました」
そう言って正信は屋敷の中に戻った。
「むむ、スカハ殿は力を入れすぎでござる」
「んん、難しい」
「スカハ、包丁を武器としてじゃなくて料理をするための道具だと思って使えばまな板は切れないわよ」
今日の予定をメリアとスカハに伝える為に二人を探していると朝食などの準備をする"台所の間”から何やら物騒な単語が聞こえて来た。
"台所の間”に入ると朝ご飯の準備をしていると使用人の方々と何故か包丁を持ってまな板を切断しているスカハとその横で様々な指示を出す輝夜とメリアが居た。
「何をしてるんだ?」
「あ、アレス、昨日輝夜の手料理を食べたって言ったでしょ、私達も練習してアレスに振舞ってみたいなと思ったから練習してたの」
普段とは少し模様が違う白いワンピースを着たメリアが野菜や肉やらを片手に言った。
「それは嬉しいけど、何故スカハは包丁でまな板を切断してるだ?」
「力加減を間違えた?」
スカハは振り向き可愛く首を傾げながら疑問形で言った。
「メリア殿は中々筋が良いでござるがスカハ殿は…」
袴姿の輝夜はスカハを見て苦笑いを隠せてなかった。
(槍しか知らないスカハに料理は難易度が高いと思うな、まな板を切断するってぶっ飛んでるし)
「アレス、料理は難しい」
「うん、分かった、まずはスカハ、魔力を使った身体強化を止めて包丁を思いっきり振り下ろさなければまな板は切れないと思うぞ」
「なるほど、アレスは天才」
そう言ってスカハは使用人が用意した新しいまな板に向き直った。
「メリア、俺はなんでかは分からないけど将軍様に呼ばれたから城に行かないといけないんだけど、メリアたちは今日は何か予定はあるか?」
「え!?、アレス、将軍様にお呼ばれしているの?」
メリアは驚いた声を出して言った。
「拙者でも大御所様にはそうそう会えないでござるよ」
想像したよりも将軍様に会うことは凄いこと見たいだ。
「まぁ、理由は何となく分かるけどね、私とスカハは輝夜と一緒に学び舎に行く予定よ」
「学び舎?」
「貴族の子女が集まって学を学ぶところらしい」
疑問の声をあげたアレスにスカハが俺の言う通りまな板の上で慎重に包丁で野菜を切っているスカハが言葉を返した。
(学か、文字とか計算とかか、俺は母さんから基礎的なことは教わったけど普通は教わる環境に行かないと学べないのか)
アレスは幼い頃からババムート流の修練に励んでいたが文字や計算などは母ミリアにミッチリ教えこまれたのだ。
「拙者は学び舎の…非常勤ではこざるが…講師を務めているのでござる」
輝夜曰く大和の学び舎に通うものは武家の子女なので大半が何らかの武術をやっている為それらを磨く授業があり輝夜はその授業の先生を暇な時にやっているそうだ。
「けどメリアとスカハを連れてってもいいのか?」
メリアはともかく二本の角があるスカハは絶対に大和の人に見えないし輝夜の仕事にお邪魔してもいいのかと疑問に思った。
「大丈夫でござる、メリア殿もスカハ殿は何より強いござるから何の心配も要らないでござるよ、と言うか誘ったのは拙者でござるし」
「そうか、輝夜が大丈夫って言うなら別に構わないさ」
「どんなことを学んでるのか、気になるわ」
「輝夜の天刃流のような奇想天外な武術が他にもあるかもしれない、楽しみ」
メリアもスカハも楽しみにしてるようだ。
◆◆◆◆
「"龍闘気解放”」
アレスの全身から紅色の覇気が立ち上った。
メリアが作った少し型の崩れたおむすびとスカハが切った野菜が入った味噌汁などの朝ご飯を食べた後は正信さんとの待ち合わせの時間にはまだ余裕があったので天月邸の庭で少し鍛錬をすることにした。
ちなみにメリアとスカハは既に輝夜と学び舎に向かった。
(龍闘気を使った後酷い疲労感を伴うのはやはりこれが人間の力じゃないからか)
俺が《神龍の加護》を父さんから受け継いだのは十歳の頃で受け継いだ時以来切り札にするという考えから解放することは無かった。
(龍闘気を使用すると魔力、闘気、身体能力などが大幅に向上するけどこれは一時的に引き上げているだけだな)
ヤマタノオロチは龍の力を学べと言ったけど具体的にどうすればいいか分からない。
(魔力や闘気みたいに上手く制御出来れば何か分かるかもしれない)
アレスはゆっくり全身から解放していた龍闘気を操作して少しずつ完全に消えない程度まで抑えて内に留めようとした。
(くっ!、今までは使い切るまで止める方法が無かったけどこうすれば止められそうだ)
紅色の覇気が少しずつアレスの体の中に消えていった。
やがて全ての龍闘気がアレスの体の中に戻った。
「はぁ、はぁ、はぁ、キツい、道のりは長いな」
俺は疲労感で息絶えだえな全身を労り地面にしゃがんだ。
「アレス殿、大丈夫か?」
「正宗さん?」
いきなり後ろから声をかけられ振り向くと輝夜の兄の正宗さんが居た。そういえば昨日の夜から見てなかったけど何処かに出かけてたのか?
「ふぅ、ふぅ、大丈夫ですよ、正宗さん昨日の夜から居ませんでしたけど朝方に戻ったんですか?」
俺は息を整えて立ち上がりちょっと疑問に思っていたことを聞いた。
「え!?、ああ、その…」
言い淀む正宗さんに俺は聞いては行けなかったかな?と思いかけた。
「私には許婚が居て、それで…」
「分かりました、何となく理由は察したので言わないでください」
恥ずかしそうに言う正宗さんの様子、朝帰りと言う事実から何となく理由を察して手を出して言うのを止めた。
「ーー、アレス君は面白いな、良き友になれそうだ」
一瞬目を丸くした正宗さんだったがそんな嬉しいことを言ってくれた。
「ありがとうございます、嬉しいです」
正宗さんは俺より年上の人で初対面の時は睨まれしまって仲良くなれるか心配だったがいざ話してみると気草な感じでとても話しやすいと感じていたので嬉しかった。
「輝夜様が連れて来たアレスさんってかっこいいわね」
「正宗様と一緒に居ると絵になるわー」
そんな二人を観察していたのは天月邸の女奉公人の二人だ。
アレスたちは普段滅多に見ない異国の者で物珍しく奉公人たちの関心を集めていたのだ。
「お主ら、何をしているのでござるか?」
「うぇ!?、輝夜様!?」
「お出掛けになったのでは!?」
いきなり声をかけられて驚いた二人が振り向くと木刀を二本を持った輝夜が立っていた。
「木刀を忘れてから取りに戻ってきただけでござるよ、あそこに居るのはアレス殿と兄上?」
輝夜は庭で楽しそうに話すアレスと正宗を目に留めた。
「あの、輝夜様」
「何でござるか?」
声をかける奉公人に顔を向けず輝夜はアレスを見ていた。
(アレス殿、疲弊している?、おそらく昨日も使用した神気が原因でござるか、アレス殿は頑なに話してくれなかったでござったし)
「輝夜様、そろそろ学び舎の始業の時刻ですよ」
「あ!?、そうでござった、急がねば」
輝夜は慌ただしく木刀を持って走り出すのだった。




