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姫様と暗殺者執事  作者: 福日木健
後半戦 肉体の挑戦
13/14

13話 肝心なことは覚えてる

「え? ここは?」


 目が覚めると、見慣れた天井が見えた。いったい、なぜここに……。


「あ、起きた?」


 幼い少女の声が耳元から聞こえた。その声はほぼ毎日聞く声だ。横を向く。


「マ、マリア」


 そこにいたのはやはりマリアだった。なぜこの部屋にマリアが。すると耳元で、ピッ、といい音が聞こえた。この音は何だろうと考えようとしたとき、


「体のほうは大丈夫?」


 と訊かれた。さっきの音はどうでもいいか。それよりマリアの発した文章のことについて考えることにしよう。


 わたしは考えた。だが、そのことを深く考えたが、全くわからない。話の主旨がつかめていないからだ。その言葉がどういう意味なのかがよくわからない。


「な、なにが?」


「なにがって、……姫様に問題です」


 突然マリアがわたしに問題を出す。マリアは右手の人差し指を立てながら言い始める。


「姫様は何日間寝ていたのでしょうか?」


 その問題をあまり回らない頭で、考える。


 ……なんの問題だ?


「い、一日じゃない?」


 とマリアに伝える。

 

「ブッブー、違います」


 マリアは腕でバツ印を作りながら言った。そんなマリアに少し苛立つ。


「正解はー、二日間でしたぁ! いやぁ、惜しかったですねぇ」


 ……はぁ? どういうことだ? わたしが二日間寝ていた?


「正確には一日と二三時間二一分五四秒三二です!」


 マリアは何やら黒い物体をわたしに見せつけてきた。それはストップウォッチだった。そこに映っている数字を見ると、確かにマリアの言うとおりだった。この瞬間、マリアのことを一週間ぶりに引いてしまった。


 あの、ピッ、っていう音はストップウォッチの計測を止める音だったのか。というか、そこまで計れるストップウォッチなんてあったのか。知らなかった。


 そしてマリアが、


「あのときはびっくりしたよ。倒れた姫様をジョージさんが運んできたときは」


 と意味不明なことを言った。


 ジョージが運んだ? 何を言って……。


「あのときのジョージさんは、エベレストを探検していた遭難者を運んでいるところを思い浮かべちゃうくらい格好良かったなぁ」


 気味が悪い笑みを浮かべているマリアの言っていることを無視して、最後の記憶を思い出すことにした。


 確かあれは、ジョージが料理を運んできたときだった。そのとき、ナイフを突き立てられたからすぐさま一撃を放ったら、……当たったんだった。


「……そうだよ!」


 わたしはベッドの上で立ち上がった。マリアは驚いたような表情をしている。口元からはよだれが垂れていた。


「ズッ、……な、なに?」


 マリアが垂れていたよだれをすすった。きっとジョージのことを考えていたのだろう。気持ち悪い、と思った。


「思い出したんだよ!」


 マリアのほうを向きながらそう言った。


「な、なにを」


「わたし、あのとき初めてジョージを殴り飛ばしたんだった!」


「……は?」


 マリアは『何言っているんだ馬鹿娘』と言わんばかりの顔をしている。だが、今のわたしにはそんなこと気にする暇はない。


「ちょっとジョージのところへ行ってくる!」


「え、ちょ、待って! わたしも行くから!」


 マリアが何か言っていたが無視してジョージのいるはずの場所へ行った。





 ジョージがいるはずの使用人部屋に行くと、やはりそこにはジョージがいた。ジョージは相変わらずいつもの黒のタキシードを着ていた。


 壁には、ピンク色で胸元がかなり開いたかなり露出面積の広い服がかけられている。おそらく、これがあのとき言っていた服なのだろう。ジョージが来ているところを想像すると、笑みを浮かべてしまった。


 これ以上笑わないように堪えながら、わたしはジョージに「服従しろ!」と言った。これはわたしがジョージを殴ったことにより強弱がついたからだ。強者が弱者に服従するのは当たり前、ということが書物に載せられていた。


「何をおっしゃるのですか?」


 ジョージは不思議そうな顔をしている。


「だから! わたしはジョージをぶん殴ったの! わたしに服従しなさい!」


「……おっしゃる意味がわかりません」


 何でわかんないのかな。強者に服従するのが普通でしょ!


「わたしがジョージより強いからよ!」


 そう叫んだ。


「…………」


 沈黙が流れる。ジョージから冷たい目で見られた。


「まぁまぁ、落ち着いて」


 そこにマリアが参入してきた。ところでなぜマリアがここにいるのだろうか。さすがにそろそろ怖くなってきた。


「姫様よりジョージさんのほうが強いのが普通なの。そのくらいはわかってるよね?」


 平然とわたしに告げる。


「マリアもそんなことを……」


 酷くショックを受けた。そこまで良い子だとは思っていなかったが、まさかマリアに言われるとは思わなかった。しかも、当たり前のことだと言うように。


「……いいわ。ジョージ! 勝負よ!」


 右腕を伸ばし、ジョージに向かって指を差しながら、そう言い放った。


 ジョージよりわたしのほうが強いことを証明するために、ジョージに宣戦布告をする。


「……いいでしょう」


 ジョージは少し考える素振りを見せたあと、そう言った。


「今すぐ裏庭に来なさい! あなたの汚らしい顔面を消し炭にしてやるわ!」


 そうジョージに言い残して、ジョージの部屋から出て行った。


 ジョージとの戦い。これはわたしにとって負けられない戦い。

 

 絶対に殺してやる!


 そう固く決意した。

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