可愛らしい追跡者が、現れた!
こんばんわ。私です。
今回は勇者御一行様は一切出て来ません。
新たなキャラが現れます。
では、第九話をお楽しみくださいませ。
「ここですか、上古の勇者が連れ込まれたという場所は?」
警察署の駐車場に停められた黒塗りのセンチュリーから陽が陰り始めた表に、黒いドレスのような衣装を纏った長い黒髪の少女が現れ、車のドアを丁寧に開けた運転手に問う。
「左様にございます」
運転手は目深に被った帽子のつばに指をやり、恭しくお辞儀をしながら応える。
「そう、ならば御上の御指示でもあるし参りましょうか。それとこれ」
「はい」
少女は救急車が正面に停車し、人々の出入りも激しく騒然とした只中を平然と運転手を連れて署内に入っていった。
「署長はおられますかな?」
「あの、どういった御用件でしょうか?」
心肺停止状態であったとはいえ、刑事を一人殺害して留置所から逃走した三人組を追う為と対外的な対応に、てんてこ舞いの忙しさとなったところに突如現れた妙な二人組に、受付事務員の女性は訝しんだ。
「つい今しがたになりますが、ご連絡を差し上げました。私、紀と申します」
「紀様ですね、少々お待ちください」
内線電話を手に取り確認作業を始めた女性事務官を尻目に、少女は署内の様子を観察する。
「少々騒がしいですな」
「そうね、何かあったみたいね」
「あれですかな、ほれ、例の地下から涌いたというコスプレ集団の対応、ですかな」
「屍人ね」
「左様です」
「四・五十分ほど遊んで黄泉に帰ったらしいけど、本当のところはどうなんでしょうね」
むすっとした様子の少女は、光沢の美しい黒髪を指に巻いて手遊びしながら返事を返す。
「紀様、お待たせいたしました。ここはアレですので、お手数ですが三階の署長室まで御足労願えないでしょうか。すぐに署長も戻りますので」
女性事務官は受話器を手で押さえ、通話した内容を告げる。
「構いません。どちらからお伺いしたらよろしいですかな」
「それでしたら、右手奥にございますエレベーターをご使用ください」
「わかりました。では失礼いたします。ありがとうございました」
慇懃に礼を述べた運転手は、少女を促してエレベーターに歩を進める。
「これね、三階よいしょっと」
少女は背伸びしてエレベーターのボタンを押す。
「御手を煩わせて申し訳ありません」
「かまわないわ。それよりも、あなたはソレを常時使えるよう握っていて。温めておいた方が使いやすいんだから」
「畏まりました」
運転手は右手に収まる大きさのソレをしっかり無くさぬよう握りしめた。
「逃げた。ですって」
「誠に申し訳ありません」
「いつ頃の話でしょうか」
運転手が聞く。
「つい今しがた、紀様が御到着されるし五分前と云ったところで、そうだったねチョーさ……刀禰くん」
「そうですな。誠に申し訳ないことで」
署長の隣に座る刀禰と呼ばれた頭髪がまばらの、見た感じ五十過ぎた男が鷹揚に応える。
「そう、致し方ないわね」
テーブルにぶつかるくらいの勢いで申し訳なさそうに頭を下げる署長に、少女は怒る気にもなれない。
「でこちらの方はどなたですかな」
運転手が禿散らかした男の名を求める。
「ああ、わしは刑事課に奉職しております刀禰長一郎と申しましてね、件のコスプレ男を担当しておりましてね」
「ああ、あなたが逃してしまった担当者ね」
「そうなりますな、申し訳ないことで、困った困った」
ハゲは薄すぎる頭の髪をいじろうと指を動かすが、毛は一本たりとも絡みはしない。
「誤解されていたらごめんなさい。嫌味で言ったわけではありませんから」
祝勝な顔をして少女は弁明する。
「そうでしたか、これは失礼を致しましたかね。で、この度はどんなご用件で?」
「本日昼過ぎに、こちらに保護されたとある男と面会いたしたく、参った次第でございます。すでに居ないようですけど」
「あの男と、ですか」
「そうです。古の武具を身に付けた、んと、海外から招いた一種のパフォーマーでしたが、居ないならば仕方ありませんわ」
少女が答えると署長とハゲ……刀禰は驚いた表情を見せ顔を見合わせる。
「何かございましたでしょうか?」
運転手は二人の態度を不審に思い尋ねる。
「いやなにね。あんたら下の騒ぎはご覧になりましたか?」
うん?っと、今度は少女と運転手が顔を見合わせる。
「見ましたが、それが何か?」
運転手が代表して返事する。
「あれねェ。そいつが起こした騒ぎが原因でしてね」
「なにか致しましたの?」
少女は努めて落ち着いた口調で尋ねる。
「その前に、あなた方は彼の身元引受人を申し出ておられる。それに相違ございませんかな」
探るような目でハゲ茶瓶…刀禰は聞く。
「相違ございません。ただしそれは、彼の所持していた品を是非見せて頂なければなりませんが」
「よろしいでしょう。構いませんね署長?」
「かまわんよ。いい情報が得られるかもしれない」
「??」
署長とツルツルのハゲ、刀禰との会話に運転手と少女は訝しる。
「あっと、これは失礼を。別に隠すつもりはないんですがね」
「昼過ぎに駅前大通りで彼を現行犯でうちの者達が逮捕致しましてね。容疑は本物の刀と弓矢の所持ですな」
「それはあとで見せてもらえますか?」
「かまわないでしょう。ねえ署長?」
「かまわんよ」
「ありがとうございます」
少女は礼を言う。
「まあ、奴の罪状はそれだけでは無くなりましたがね」
「ああ、警察署からの逃走…」
「いや、殺人と誘拐の容疑ですよ」
「困ったことになりましたな」
「そうね、困ったわ」
少女はすっかり陽が落ちた街中を車中から眺め嘆息する。
通り過ぎる大通り交差点の東側と西側では、警察が警戒線を張り道路は大いに渋滞していた。
「同じように、今頃は都内全域に警戒線が敷かれているでしょう」
「その様ね。ネットニュースでも彼のことがトップニュース扱われているわ」
さっき聞いた罪状の通り彼と、彼に付き従った自称ガーナ人の男と共に、世間を騒がす重犯罪者として追われる身の上になっていた。
「しかし、あのままアレを放置してよかったんですかな」
「いまはどうしようも無いじゃない」
「ですが…」
「あんな重犯罪の疑惑を付けられていたら、身元引受人としてすぐさまアレも引き取れないモノ。それに…」
「捜査能力は本職である警察の方が上」
「わかってるんなら、聞かないで頂戴」
「ははっ」
少女は細く肘を車の窓枠に押し当て、外を眺めながら小さな手を左頬にあてる。
顔は、あきらめにも似た表情を見せる。
「ふん」
「この後どうされますか?」
運転手越しに伺いを立てて来る。
「もちろん、彼に殺されたと云われる刑事が運び込まれた警察病院に行きましょう」
「畏まりました」
「あなたのことだから、既に向かっているんでしょ?」
「はい」
「まったく」
黒塗りのセンチュリーは、やっと交差点の渋滞を潜り抜け、都内に向けて疾走を始めた。
「あれでよかったかね刀禰くん。あと紀さんの追跡はさせているから安心してくれていい」
「ありがとうございます署長」
ツルピカハゲま……刀禰は署長に深々と頭を下げる。
「それにしても、これからどうするね」
「まあ何ね。うちの若いのを殺られ、私事ながら姪も誘拐されましたからね。捜査参加は身内だからさせては貰えませんが、何かしら他の捜査のついでにやれたらいいかなと」
ぼんやりした顔をして、くたびれた紺のスーツのポケットに手を入れながら、呟くように答える。
「わたしは聞かなかったことにするヨ」
「そうして頂けると助かります。それでは」
天然坊主……刀禰は、また深々と頭を下げ、その場の後にしようとする。
「今度はどの捜査かね」
「ほら、地下街の例の騒ぎですよ。どうもわしはコスプレとやらに縁が深くなりましてな」