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渾身の・・・

「ふ〜…」

 後半のピッチに立つ剣崎は、高ぶりきった気持ちを抑えられていない。プロになってから、ここまで30を超えるゴールを決めてきたが、これほど余韻の残るゴールは初めてだった。

 それだけ、先制点のゴールは会心だった。

(まさか俺が、フェイント入れられるなんてなあ)


 後半開始のホイッスルで我に返った剣崎は、一つ息を吐いた。

(なんとか、後半もゴールに絡んでやるか)


 試合は今石監督の目論み通り、数的不利の尾道ががっちりとしたブロックを敷いてバイタルエリアをケア。和歌山の攻撃を凌いでカウンター狙いという構図となった。

 だが、実際は和歌山の選手たちが完全に試合を支配しきっていた。無理もない。ただでさえ攻撃力では分が悪いなかで攻撃を担う嶋が退場してしまい、和歌山の最終ラインにプレッシャーがかからず積極的なビルドアップを許した。何より選手たちにとって屈辱的だったのは、ハーフタイム明けにキーパーを交代してきたことだった。3つしかない貴重な交代枠を、ハーフタイムで2つも使われ、うち一つをキーパーに当てるという采配は屈辱以外何もない。だが、代わってきた天野はすんなり試合の流れに乗り、友成にない高さと安定感で立ちはだかった。


 完全に和歌山がペースを握る中、9分ごろに竹内がドリブルで突破を図り、かわされた鈴木がユニフォームを引っ張って倒してしまう。ペナルティエリアではなかったが、距離、角度ともに絶好の位置でフリーキックとなった。

「剣崎が結果出してるしな…。俺も、取っておきを披露しますかね」

 ボールをセットした栗栖は、ニヤリと壁の向こうにあるゴールを見つめる。

 一方で、キーパーの松井は壁に指示を出しながら、栗栖が蹴ってくると確信を持っていた。

「さっきみたいな距離ならいざしらず、これぐらいの近さなら間違いなくやつだ。どっちを狙ってくるか…」

 ホイッスルが響き、予想通り栗栖が動き、蹴ってきた。飛び上がる壁の上をわずかに超える。そして、壁の向こう側の松井はボールと同じ方向に重心をかけていた。

「よしっ!ドンピ…しゃあっ?!」

 松井に向かって飛んできたはずのボールは、まるで松井を避けるように逆方向に変化。そのままゴールマウスに飛び込んだ。松井には、ボールの柄がはっきりと見えていた。

「無回転ボール?…なんてデビュー戦だよ、ったく」

 ノーチャンスのボールが次々とゴールに突き刺さる展開に、松井は芝を蹴り上げながらぼやいた。




 再開前に尾道ベンチが動く。まずMFの中村に代えて亀井、同じくMFの金田に代えて茅野を投入。数的不利で3点ビハインドの苦しい状況で、なんとか一矢報いんとフレッシュな選手を投入してきた。さらにFWの野口も準備し、水沢監督から指示を受けていた。



「前線の選手に若さと高さを入れてくるわけか。尾道も試合を諦めてないな」

 だが、松本コーチの解釈を今石監督は否定した。

「いや、あの野口は後ろで使うね」

「後ろ?センターバックか」

「たぶん鈴木と代えんだろ。元はセンターバックだし、鈴木はもうプレーに自信をなくしてる。防げる穴を塞いどこうって話だ。だから入念に打ち合わせてるんだろ」

「ああな」

「やる選手からすれば難しい注文になるが、案外いいかもな。あの野口ってフォワードが一皮むけるにゃ絶好の交代だな」



 野口の交代が認められたのは、後半20分ごろにだった。2失点に絡んだ責任を感じたか、やや青ざめた表情の鈴木と交代。タッチをかわしてピッチに出てきた。

 水沢監督にとって、この交代は本意ではない。だが、これ以上の失点を防ぐためにも守備のテコ入れをしたい。苦肉の策だった。しかし、水沢監督が申し訳なさそうに思うのとは裏腹に、野口は願ってもない出場で、むしろセンターバックでの起用は望むところだった。

(こんなチャンスは滅多にない。少しでも剣崎や竹内の良さを間近でみて盗むんだ)


 若い選手たちを立て続けに投入し、試合の流れはほとんど五分に。だが、和歌山の真骨頂は膠着を破る虚を突くプレーである。この試合、良くも悪くも目立たなかった毛利が前線へロングパスを放り込んだ。

「剣崎っ!」

「野口っ!」

 互いの選手が、落下点に立つ二人に叫ぶ。野口は自然と体を寄せていた。

(こいつはどんな体勢からもシュートを打てる。少しでも体を寄せて崩させないと)

 だが、剣崎は意外な行動を取る。同じように飛び上がり、先に頭でボールに触れ、叩き落とした。しかし、それはゴールを目掛けてはいなかった。

 過去2戦、そしてこの試合と誰よりもゴールを狙い続けていた剣崎の、渾身のポストプレー。2トップを組んでいる鶴岡が真っ先に反応し、鮮やかなボレーシュートを蹴り込んだ。


 ロスタイムは3分と表示された。4−0と言う差をつけて。


「このまま終わるなっ!攻めていくぞっ!」

 キャプテンマークを巻いた御野が叫ぶ。

 やられたまま終わるわけにはいかない。ピッチに立つ選手はとにかくがむしゃらに戦った。そして尾道はようやく得点のチャンスを迎える。

 目安の3分を目前にコーナーキックのチャンスを得た。今村がボールをセットし、ゴール前の選手を伺う。尾道は有川、野口だけでなく橋本、さらにはキーパーの松井も上がってきた。

「このまま終わってたまるかっ」

 今村が助走をつけ…ゆるいボールを茅野へパス。ワンツーからのショートコーナーだ。

「やらすかよ」

 このボールは鶴岡が真っ先に到達しクリアする。ロスタイムに入ると同時に、和歌山は最後の交代枠を使用、朴に変えて川久保を投入。鶴岡、川久保、大森、剣崎。キーパー天野を含めると180を超える大型選手がごろごろいる。制空権を握るのは難しかった。

「くそっ!まだもう一回ある!切り替えろ」

 二度目のコーナーキック、今村はゴールから遠ざかるようなボールを放つ。

「お前らだけがすげえんじゃねえっ!俺だって同じ高卒だっ!!」

 そのボールを拾った茅野が、威力のあるミドルシュートを放つ。誰かの背中に当たったが、そんなことはどうでもいい。

「やられっぱなしで終われるかっ!!」

 今度は野口がヘディングシュート、天野は完全に逆をつかれた。

「しまったっ!」

「よしっ!」

「なんのっ!!」

「何!?」

 天野は嘆き、野口が手ごたえを口にしたが、猪口がかろうじて胸トラップではじき、茅野が驚く。

「試合終了はプレーが途切れたときじゃねえっ!審判が笛を吹いたときだっ!」

 栗栖が前にはじき出したボールは、走り出した竹内の足元に納まった。ゴールまでの70メートル、目の前には誰もいなかった。

「…。くそっ!!」

 竹内よりも早く戻った山吉がゴール前で対峙したが、手の使えないフィールドプレーヤーは、ヘディングでは届かない絶妙な高さを浮遊する竹内のシュートを、忌々しく見つめるしかできなかった。


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