エースと主将と守護神と
徳島とのアウェー戦。順位は関係ないと言われる紀伊水道ダービー。だが、立ち上がりからの和歌山のサッカーはお世辞にも褒められたものではなかった。
気負っているせいか全体的に硬さが見られ、最終ラインの川久保や村主が不用意にボールをロスト。友成がシュートの雨あられを浴びるはめになった。
「ファー、クロスくるぞっ!」
「しまったっ」
徳島のコーナーキックでチョンが指示を飛ばすが、対応する川久保が目測を誤り、フリーでシュートを打たれた。
「チィッ!!」
この至近距離からのシュートを、友成は右手一本で弾き出し、これをチョンが落ち着いて前線へクリアした。
「しっかりしろっ!!何度俺を目立たせりゃ気が済むんだっ!キーパーが目立つ試合ほど無様なもんはねぇんだぞっ!!」
友成は、無様な対応を続けるディフェンスの選手らを怒鳴る。それに対して川久保や村主は反す言葉なくうなだれる。そこに、チョンが肩を叩く。
「…別に今すぐ結果が決まるわけじゃない。無失点よりも悔いを残さないことを第一に考えろ」
「あ…はい」
悪いエネルギーは得てして攻撃にも影響するもので、この日はボランチの猪口や2トップの一角に入った竹内がミスを連発し、単発に終わるケースが多かった。その一方で、ふくらはぎの違和感で欠場した内村に代わってゲームメーカー役を任された栗栖がキレキレのプレーを披露すれば、剣崎が鬼気迫るオーラを発散し何度もゴールに押し迫った。
「トシっ!太一っ!ミスしても気にすんなっ!!ボールはどんどん俺に回せっ、いつでもぶち込んでやらぁなっ!!」
最後尾から飛んでくる怒号と、最前線から発せられるゲキは、ダービーマッチに集まった6千人程のスタジアムによく響いた。逆を言えば、気合いが入っている選手と気負いすぎている選手が混ざっているわけで、和歌山の選手たちは十分な意志統一が出来ていなかったとも言えた。
このまま前半が終わると、チーム内の雰囲気が悪くなる。そう感じ取ったチョンは、大胆な行動に出る。終了間際、友成からのロングスローを受けた栗栖が前線を伺おうとする。
「栗栖!よこせっ」
そこに前線へ走り出したチョンが、足元へのパスを要求した。
「チョンさん」
栗栖は冷静にパスを送る。そのボールを受けたチョンは、止まることなく前線へドリブルをしかける。奇襲攻撃に慌てた徳島のセンターバックが、強烈なスライディングをかましてきた。
だがそれを鮮やかにかわすと、空いたスペースにパス。そこには得点王がどフリーで待ち構えており、「どうりやあっ!」と、声を張り上げて先制ゴールをぶち込んだ。
そしてハーフタイムで、チョンはロッカールームで珍しく怒鳴った。
「前半の俺達のサッカーは、とてもじゃないが駆け付けたサポーターにも、ダービーを戦う相手にも失礼な内容だった。俺がスポンサーだったら、間違いなく三下り半をたたき付けていたぞっ!今一番大切なのは勝ち点を積み上げることじゃない。目の前の一試合、ワンプレーに悔いを残さないプレーをすることだ。今の俺たちには、ライセンスさえ出ればJ1で戦える力を持っている。自分に自信を持つんだっ!」
“勝ち点を積み上げることじゃない”
スポンサーからの条件を無視するようなチョンの一言。これが選手たちにはよく効いた。
前半、特に責任感の強い選手やチームワークの意識が高い“まじめ”な選手ほど、気負いでミスを連発していた。だが、前半の剣崎や友成は違う。二人は目の前の試合に悔いの無い全力プレーをしている。だからこそ神がかりセーブを連発し、豪快な先制点を挙げた。
「そうだ。俺たちの、今できる一番のプレーをするんだ」
そう確認しあった選手たちは、後半は一転完璧なまでの試合を見せる。
最終ラインがラインを高く保ち、体を張ってシュートコースを限定。防いだボールをすばやく中盤、前線へとつなぎ、レンジに関係なくシュートを連発していく。ひとつの固まりになった和歌山の選手たちに徳島の選手たちは萎縮し、ホームゲームにもかかわらず防戦一方になっていく。
「うりぃあっ、30点目!」
後半23分、栗栖からのクロスを受けた剣崎がボレーシュートで2点目を叩き込み、シーズン30得点に到達。この時点で勝負あり。集中力を欠いた徳島はロスタイムにPKを献上。これを栗栖が仕留めて3-0で勝利。徳島の林監督は「J1ライセンスが見送られたことが、つくづく惜しいチームだ」と讃えるほどの快勝劇だった。




