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クラブライセンス

 10月1日午後5時。和歌山市内のアガーラ和歌山クラブハウスは、緊張した雰囲気に包まれた。

 ミーティングルームには、竹下GMと今石監督、そして数人の報道陣。竹下GMの携帯電話が鳴り響き、沈痛な面持ちで取った竹下GMは何度か頷き、「わかりました」「今後も精進いたします」と答えて切った。そして口を開いた。




「昔の合格電報で言えば…、『サクラ、散ル』ですか」




 アガーラ和歌山に交付されたのは、J2ライセンスのみ。つまり、Jリーグにいる資格はあるがJ1に上がる資格がないということ。昇格後の集客力の低さとJ1昇格に向けた経営規模の拡大への進展のなさが、J1ライセンス交付見送りの要因だった。

「ということで、わがアガーラ和歌山は、来シーズンのJ1昇格が不可能になりました。最近の好調に水を差してしまい、こういう結果を招いた我々スタッフの力不足と合わせて、皆さんに申し訳ない気持ちでいっぱいです。…すみません」

 翌日の練習前、ミーティングルームに集められた選手30人の前で、竹下GMは謝罪を口にしたあと深々と頭を下げた。

 選手たちは目の前で知らされた事実に口を閉ざすしかなかった。昇格への手応えを感じながら練習を重ね、目に見える結果も残してきた。それが今シーズン、ピッチ外の事情で報わないことが決まった。重苦しい空気が室内を包む。それを破ったのは、エースストライカーだった。

「GM、関係ねえっすよ!結果がどうであろうと、俺はこれからもどんどんゴール決めまくってやりますよっ!リーグ得点王が生まれりゃ、みんな期待してくれるでしょ」

 この発言に続いたのは友成だった。

「…こいつと以下同文なのは癪だけど、俺も残り試合、リーグ戦と天翔杯全部完封する気なんで。これ以上の話に興味なかったら、練習行ってきていいか。監督よ」

 今やチームの屋台骨とも言える二人の発言を聞いた今石監督は、一度は笑みを浮かべたがすぐに険しい表情になった。

「こんな状況でも、エースと守護神は頼もしいねえ。だが、悪いが本題がまだなんでな。もうちょっと話聞け」と、座るように促した。


 そして、竹下GMがより深刻な表情で口を開いた。

「君達のような若い力の活躍で、今シーズンの和歌山は目覚まし成績を残してきた。それは確かに来年への希望となるでしょう。ですが、…これは選手である皆さんに言うべきではないかもしれない。しかし、同じクラブの仲間として申し上げます。実は…」

 誰もが息をのむ。

「実は今回の決定を受け、ユニフォームスポンサーである勝浦水産と紀北興産。この大口の2社が来シーズンからの撤退を決めました」

 この凶報に誰もが声を上げた。

「えぇっ!!」

「…マジで?」

「嘘だろ、それってかなりやばいんじゃ…」

 アガーラ和歌山の年間予算は、J昇格後はおよそ5億円前後で推移してきた。そのうち4割強の約2億円が、ユニフォームのロゴとなっている大口スポンサーからの収入だ。今回撤退を決めたのは、右の袖の勝浦水産、パンツの紀北興産。合わせて3千万円が、来期から消えることになった。

「ただし、この空欄に対しては、すでに『白浜アースパラダイス』と『海鮮バイキング黒潮』の2社が新たに立候補しており、契約が成立すると8千万が入ります」

 と言うことは差し引きでプラス5千万の増収である。選手たちから安堵の表情が浮かんだが、その条件が厳しかった。

「それは『リーグ戦6位以上』と『天翔杯のベスト8入り』です。どちらか一方でも成し得なかった場合、この契約は御破算となります」

 選手たちは再び凍りついた。リーグ戦はなんとか3位に入っているのでなんとかなるが、一発勝負のトーナメント戦は何が起こるかわからないだけに、同時のクリアとなるとさすがに不安になる。

「…汚い話しなりますが、来シーズン中にJ1のライセンスを交付させるには、この案をのむほかありませんでした。再びですが、大変申し訳ない。なんとかこの条件をクリアすべく、残り試合を勝ち抜いてください」


 竹下GMの話は、そこで切り上げとなった。


 選手たちのほとんどは、俯き加減でミーティングルームから出て行った。チームに漂う重苦しい空気を察した今石監督は、2日と3日の練習を終日自主形式にし選手たちに気持ちを整理する時間を設けることにした。

 これまで、がむしゃらに戦い続けた。後先考えず無心で勝ち続けたことで3位に浮上した。しかし、いきなり来シーズンの命運を背負い勝ちを義務付けられたのである。勝ちに慣れていないチームには余りにも重い課題と言えた。

 若手のみならずベテランたちも表情はさえなかった。…ただ数人を除いて。



 このスポンサー問題はミーティングの翌日に公表され、竹下GMは連日対応に追われた。スタッフも選手と監督ら首脳陣以外の関係者は、軒並み新規開拓や小口スポンサーへの挨拶まわりに奔走、ピッチ内に喧騒を持ち込ませまいと奮戦していた。

 だが、だからといってマスコミが選手らに話を聞かないわけがない。5日の練習後は、キャプテンのチョンが囲み取材に応じていた。

 記者から「今回のスポンサーからの条件は、幾分厳しいハードルとなっていますが」と質問され、「J1に上がれないという通告を受けた中で、このような課題が出たことは前向きに捉えたい。むしろこうしたプレッシャーの中で戦えることは、ただ漠然と残り試合を消化するよりずっと来年に繋がる。勝つことの重さ、大変さを実感しながら一戦一戦集中していきたい」と前を見据えて言い切った。



 迎えた徳島とのアウェー戦。報道でクラブの窮状を知ったサポーターおよそ200人が鳴門市陸上競技場に駆け付けた。“この壁を 乗り越えられれば 未来あり”という横断幕を掲げて。



 だが、ピッチの選手たちの緊張は、未だ解けないままでいた。

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