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栗栖の存在感

 甲府に大敗を喫した後の京都戦。これを圧勝したことで、アガーラは再加速した。

 続く栃木戦と熊本戦。それぞれ2−0、3−0と完勝。今石監督の奇抜な采配は本職選手達の刺激になり、特にセンターバックを主戦場とする川久保や園川らが奮起。守護神友成の好調も重なり、飛躍的に守備力が高まっていた。結果、攻撃陣が得点を取ることに集中でき、エース剣崎が30得点の大台にあと3点と迫り、さらには竹内も20得点が視界に入ってきた。

 9月のリーグ戦はここまで3勝1敗。昇格圏内の6位以上を狙うためにも、最後の横須賀戦に勝って勝ち点を60に乗せたいところである。


「残り試合のキーマンねえ…」

 今石監督は、顎をさすりながらわざとらしく困ったような表情を見せた。目の前にはカメラマンと集音マイクを持つスタッフ、隣にはマイクを手にした女性レポーターが立つ。

 今石監督は今、アガーラ和歌山の情報番組「よりどりみどり」のインタビューを受けていた。今シーズン、毎週日曜日の朝10時に放送され、前節のダイジェストと今節のプレビュー、選手らのインタビューで構成されるこの30分番組は視聴率がうなぎ登りだった。去年の同じ時期の視聴率が5%以下でしかなかったが、今年は11%前後と急騰。当然ながらチームが好調なのが要因である。インタビューの頻度も例年以上だった。

「まあ、剣崎や竹内が点を取って、猪口や友成で守り抜くってっつうのがベターだが、あえて挙げるならあいつだな」

 指指した方向には、フィジカルトレーニングを精力的にこなす栗栖がいた。

 このところベンチを温めることの多い栗栖は、久々のスタメンに思うところがあった。開幕当初こそ、パスの供給源として機能していたが、課題の運動量不足を克服できず夏場にコンディションを崩した。以後は早い段階での途中交代や、途中出場が中心となった。涼しくなってきたこの時期が、スタメン奪回へ捲土重来の時である。



 かくして9月30日。月を締めくくる一戦が、鳥取の地で開かれることに相成った。


 キーパーは連続完封中の友成。最終ラインは右から怪我明けの藤川、チョン、川久保、村主。中盤は猪口、内村のダブルボランチに、サイドハーフが右に竹内、左に栗栖で、最前線は剣崎と鶴岡の2トップ。佐久間、桐嶋、小西が出場停止の為に大幅のメンバー変更だった。

 栗栖にとってはプレースタイルが被る選手と、ポジションが被る選手が停止とあって、いつになく気合いが入っていた。元来物静かであまり感情を出すタイプではないが、この日はそれが手に取るようにわかった。


 試合は序盤、ホームの鳥取のペースだった。今シーズンのJ2は、昇格の可能性が6位まで拡大された一方、ビリとブービーにJFLへの降格制度も設けられた。現在の鳥取の立ち位置がまさにそのブービーで、一つ上の愛媛との勝ち点差はわずか1。14時開催の自分達が勝てば、18時開催の愛媛にプレッシャーをかけることができる。何よりプロリーグからアマチュアリーグへの降格は、選手とクラブにとってその後のキャリアに直結するだけに、昇格を目指すチーム以上に死に物狂いだった。

 開始から25分は完全に鳥取のゲームで、支配率も8:2で鳥取優勢だった。

 が、それを遮断したのが栗栖だった。




「なかなか俺達のボールにならないなあ…」

 開始から栗栖はピッチ全体を俯瞰するようにプレーした。体は普段通り、いや、プロになってから一番動く。ボールさえくればなんとかなる。あとはどうやってもらうか、虎視眈々と機を伺っていた。

 そんなときに、一本のバックパスが流れてきた。対峙する右サイドバックへのボールだ。

(ずいぶんゆるいな…受け手も相手が俺だから油断してるな…。…いけるっ!!)

 そう決めた栗栖は、一気にプレスをかける。案の定、相手DFは突然の仕掛けに戸惑いトラップミス。そのルーズボールを素早く奪うと、逆サイドに蹴り上げた。

(ちょっときついけど、あいつの駿足とテクニックなら、トラップ出来るだろ)

 栗栖がそう信じた相手は、ユースの頃から共にプレーした竹内だった。栗栖の思惑通り、オフサイドぎりぎりの位置から抜け出した竹内は、スピードのあるボールを右足のインサイドで柔らかくトラップ。ペナルティエリアに切り込むと、飛び出したキーパーをあざ笑うループシュートでゴールに放り込んだ。

 栗栖はこのあと、もうひとつ“無茶な”アシストを決める。

 右サイドで得たフリーキック。栗栖は、ニアサイドに立つ剣崎に狙いを定めた。

(どうせなら、あいつしか決められないボールを出すか。…行けよっ!)

 栗栖は駆け出すと、グラウダーのパスを出す。ボールはゴールポストに向かって鋭いゴロを転がす。このボールに、剣崎は何のためらいもなく、ヘッドスライディングで飛び込んでいく。

 一つ間違えば命に関わりかねない、金属のゴールポストに脳天から突っ込むダイビングヘッド。まさかの行動に剣崎以外は誰もが反応が遅れ、ボールは剣崎の頭に当たってキーパーの腕とポストのわずかな隙間に吸い込まれた。

 さらに前半終了間際に得たコーナーキックでは、鶴岡しか届かない高さにどんぴしゃりのクロスを上げ3点目をアシスト。復帰初戦でいきなり全得点を演出する大活躍を見せた。

(フィジカルコンタクトの弱さやスタミナ不足、体格面じゃ栗栖はまだプロではないかもしれない。だが…竹内の技術、剣崎の度胸、鶴岡の高さ。それぞれの持ち味を信じて、相手が応えきれるぎりぎりのボールを図りきったように打てる。栗栖もまた、和歌山には欠かせないんだな)

 最終ラインから栗栖の奮闘を見ていたチョンは、その活躍に目を細めた。


 試合は後半、立ち上がりに3人一気に交代してきた鳥取に2点を許すものの、栗栖が交代前にフリーキックを叩き込んで突き放し4−2で勝利。栗栖デーとも言える一日で9月を締めくくり、勝ち点を62に伸ばし一気に3位浮上。自動昇格の2位に勝ち点1差までに迫ったのだ。上位とのゲームをほとんど終えている和歌山は、自力で勝ち点差をつめれないが、逆を言えば勝ち点を拾いやすい下位とのゲームを多く残しているので、他力本願ながら昇格が現実味をおびてきたのだった。





 だが、10月最初の試合、徳島とのアウェー戦を前に、気運を根こそぎそぐニュースがリリースされることになる。






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