覚悟なき逆恨み
「くそっ!なんでこうも…」
和歌山市内の和泉元コーチの自宅。リビングで和泉はテレビで和歌山の試合を苦々しい思いで見ていた。
和泉は、今石に対して嫉妬とも憎悪とも言える感情を持っていた。ヘッドコーチを解任されてからも「いつかは今石監督を懲らしめてやりたい」という歪んだ思いを秘めていた。この思いに共感した大柴に取材の申し込みをした。自分と同じ思いだった選手にも声をかけ、記事は掲載されたのだが、テレビの向こうで変則的なスタメンに配置された選手たちは、初めてのポジションを楽しむように躍動。後半30分の時点で小西と園川が追加点を上げて京都を4−0と圧倒していた。
「私だって…私だって、アガーラ和歌山の為に尽力してきた。それもJFL…いや、地域リーグ時代からチームに関わってきたし、曽我部さんが解任されたあとは代行になった竹下GMを支えてきた。いったい私と今石はどう違うんだ。そして…なんでここまで生き生きしているんだ…」
リモコンを握る手に力を込めながら、和泉は忌ま忌ましげにぼやいた。
画面の向こうでは、アガーラのゴールラッシュが止まらない。後半40分に途中出場の栗栖が剣崎のゴールをアシストすると、ロスタイム突入後には同じく途中出場の寺島の今季2点目を演出していた。満面の笑みを浮かべて栗栖を抱き抱える寺島を見たとき、和泉はふと何かを悟った。
結局アガーラは昇格圏内の京都を、今季最多得点の6−0と圧倒して連敗を阻止した。勝利の余韻が残る陸上競技場。そのスタンドから引き上げるベンチ外のメンバーの中に瀬川がいた。そのスマホがメールの受信を告げた。
(ん?和泉さんからか…)
「もしもし、今は俺だけですよ」
クラブハウスに戻り、駐車場の自分の車の中で、瀬川は和泉に電話をかけた。メールには「お前と話がしたい」とあった。
「なあ瀬川、お前が私達の誘いに乗らなかったのか…今日の寺島の表情を見て悟ったよ」
「…記事、見させてもらいました。つくづく断ってよかったと思ってますし、和泉さんにはがっかりさせられましたよ」
「…ああ。まさに、その通りだよ」
瀬川の冷たい言葉に、電話口の和泉は平身低頭だった。
「だがな、瀬川。お前も、本心は私達と同じだろ?今石のやり方は正直なところ」
「…もう切っていいですかね」
「え?」
釈明しようとした和泉を、瀬川は強引に遮り、その言葉に和泉は呆気に取られる。
「俺、実感したんすよ。今和歌山は生まれ変わってる最中だってことと、俺達がプレーしてきた去年までの和歌山は、もう時が止まって終わってるってことが」
「終わってる?どういう意味だ」
「チームは新しくなってたんですよ。すねてからチームに戻ってたら、そこには今までの和歌山がなかった。川久保やぐりやん(村主)、チョンさんに寺さんはその変化をしっかりと受け止めていました。すげえエネルギーに満ちていた。それこそこの4年間まで夢物語でしかなかったJ1が見えるくらいのね」
「瀬川…」
「俺は今必死なんすよ。その流れについて行くために。立ち止まったままのあんたらと付き合う暇、ないですから」
そこで瀬川は電話を切った。和泉はただ立ち尽くしていた。しばらくして和泉の携帯が鳴った。竹下GMからだった。
「も…もしもし」
「和泉さん。今、瀬川君から話を聞きました。今回のこと、非常に残念です」
口調は穏やかだったが、語気は強く聞こえる声からは竹下の失望と怒りが伝わってきた。
「今回の記事、あなたには溜まっていたものがあったのでしょう。志半ばでチームを追われてしまったのも私にも責任があると思い、あなたが退団した後、いくつかのチームにコーチとして推薦していました」
「え…」
竹下の言葉に和泉は我が耳を疑った。ケンカ別れで退団したにも関わらず、自分の為にそこまでしているとは知らなかった。
「しっかりと決まってからお伝えしようと思ったのですが…はっきりと伝えておけばよかったかもしれませんね。申し訳ございません」
「GM…」
「今日、採用を検討してくれていたチームから連絡がありました。『表だって逆恨みする人はいらない』と。和泉さん、ご自分のなさったことの重さ、よく考えて下さい。では」
逆恨み。
自分の行動の根幹はそれだった。なんて愚かな。つくづく実感した。和泉はリビングの椅子に座ると、ただ見上げた。
「力がないのは…私のほうだった。今石監督は周りの雑音を覚悟の上でチームを変えている。私にはそんな覚悟がなかったんだ…」
さて、この記事を書いた大柴はというと…
「け、契約解除?そんなっ!」
「あの記事、実際の試合じゃ全然チームがめちゃくちゃになってないし、むしろ不慣れなポジションで格上の京都をフルボッコだ。おかげででたらめ記事が尾を引いて、翌日の売り上げはがた落ちだ!ゴシップ紙だからって手の抜いた原稿持ち込みようなライターなんざいらねえんだよ」と、日刊ゲンジツの編集長から三下り半を突き付けられていた。




