移籍問題
J2第20節 ガイナス鳥取戦@桃源郷運動公園陸上競技場
後半ロスタイム。竹内はやや緊張した面持ちで、PKのボールをセットした。目の前ではゴール裏のアガーラのサポーターが、同じく緊張しながら見守っている。
レフェリーが笛を吹いて合図する。
竹内はゆっくりと助走をつけ、冷静にキーパーの逆を突き、ゴールネットを揺らした。
「うおあぁっ、やったあっ!!」
「すげえ、竹内もハットトリックだあ」
「きゃあぁっ、俊也くん超かっこいいっ!」
ゴール裏のサポーターは大喜び。剣崎や栗栖、西谷も竹内の快挙を手荒く祝福した。
「…すごいわね。Jリーグに昇格してからの4年間は2得点すら珍しかったのにね」
ノートパソコンのキーボードを叩きながら、浜田はチームの変貌ぶりを驚いた。
この試合、前半は鳥取の固い守備に手を焼いた。3バックとボランチ二人、さらにはウイングバックも加わった「7バック」でバイタルエリアのスペースを潰した鳥取のディフェンスを破るのに苦労した。
だが前半のロスタイムに、この日センターバックに起用されたパクが、得意のロングパスを前線へ放り込むと、鶴岡が競り勝って落とし、竹内が豪快なボレーを叩き込んで先制した。
すると後半が始まると、それまでのうっぷんを晴らすようなゴールラッシュ。剣崎と竹内が交互に2点ずつ叩き込み、甲府、千葉を撃破してきた鳥取を叩きに叩いた。一方の守備も、守護神友成がPKを2つ止めるなど獅子奮迅の活躍で完封。5−0で大勝した。
前節の横須賀FCとのアウェーゲームはもっとすごかった。まずこの日スタメンの天野が、好セーブを連発。攻撃では鶴岡が2得点、西谷もゴールを決め4−0で久々の完封勝利を上げた。ダービーで連敗を止めたことや、絶不調のチームとの対戦だったこともあり、一様に手放しで喜びきれないが、チームに活気が戻ったのは何よりだった。「剣崎に続いて竹内も得点数が二桁に乗った。次の前半最終戦、どういう試合するのか楽しみね」
ただFWと言う人種は、結果を残せば残すほど引き抜きの対象ともなりやすい。翌日のスポーツ紙のサッカー欄の一角に、こんな記事が載った。
「ガリバー大阪、降格回避へ剣崎&竹内ダブル取り」
クラブハウスには平日にも関わらず、大勢の報道陣が集まっていた。
「あ、玉川さん。おはようございます」
早足でやってきた浜田は、先輩記者に声をかける。
「お、浜ちゃん。なんか聞いてる?クラブから」
「こっちが聞きたいですよ。多分ガリバー側からもれたんですね」
「どうかな…にしちゃ載るタイミングが急過ぎる。試合の翌日に載るかよ、普通」
「…じゃあ、ガリバー側があえてもらした…と?」
「無きにしもあらずだね。少なくともまわりから見たら栄転だからな。こうやって移籍への空気を作っておきたいんだろ」
練習後、今石監督と竹下GMを囲んで取材が行われた。
「移籍に関してですが、オファーが来たのは事実です。ただ昨晩電話でいただいただけなので…まるで大詰めに入っているかのような記事には驚いています…」と、竹下GMは戸惑うように、
「格上からオファーがくること自体は、選手にとって自信になる。ただ電話一本だったてのが腹立ってる。俺個人の意見だけども、そんな交渉で、しかも(交渉の)テーブルにつく前に情報をもらすようなクラブにくれてやるつもりは毛頭ない」と、今石監督はまくし立てるように言った。
「あのー、選手には話聞けませんか?ビッグクラブからのオファーについて、喜びの声を聞きたいんですが」
ある記者の無神経な質問に、今石監督は眉間にしわをよせた。
「『喜び』ってなんだよ…あぁ?てめえうちのクラブなめてんのかっ!?」
「ま、まあまあ今石くん。抑えてここは」
竹下GMが今石監督をなだめて咳ばらいし、
「二人には話はしましたが、まだピンときてないようです。今は特にコメントは取れないと思います。今日のところは、ここまででお願いします」
と、会見を切り上げた。
「何なのよあの無神経な記者。配慮が足りないにも程があります」
クラブハウス側の自販機で買ったミルクティーの飲みながら、浜田は吐き捨てるように言い放った。
「まあ気持ちは分かるがな。確かにあの記者は非常識だったが、大手のスポーツ紙からしたら、まだまだ和歌山の現在地は低い。栄転という構図は動かないがね」
玉川はなだめつつも、どこか冷めたようにつぶやく。その態度が浜田の怒りに油を注いだ。
「それでもですっ!来る以上は事前に調べるものでしょうっ!同じマスコミとして恥ずかしいですっ」
(相当おかんむりだね)
「ん?なんか騒がしいな」
コーヒーを飲み干した玉川の耳に、クラブハウスからの喧騒が聞こえた。言ってみると、浜田が怒っていた記者と、アガーラのコアサポーターのメンバーが言い争いをしていた。
「おまえだろっ!でたらめな記事書きやがって!剣崎や竹内が移籍するわけないだろっ!」
「しかもなんだよっ!栄転だのヘッドハンティングだの、俺達のチームをなめてんのかっ?」
「い、あやしかしですねぇ…こっちは、クラブからの発表に基づいて書かせていただいたわけでして、はい…」
「それでももっと書きようがあるでしょ?あなたまさか発表を丸呑みして書いたんじゃないでしょうねぇ!?」
しどろもどろな記者の目が、居合わせた玉川と合った。「助けて」というメッセージを込めて。内心そんな気になれなかったが、渋々間に入ることにした。
「まあまあ皆さん、ここは抑えてくださいな。彼は新顔なんで慣れてなかったんでしょ。私がそこんとこ注意しときますんで、ね」
玉川の仲裁に、サポーターたちは矛を納めた。彼らとてこれが良くない行動だと理解はしているが、愛するクラブを思うあまりに体が動いたのだろう。元々はクラブハウスに行くつもりが、記者がスポーツ紙の腕章をつけていたのを見つけたので、問いただしていたのだった。
サポーターは玉川に平謝りしつつ、記者を睨みつけながら引き上げて言った。
「た、助かりました、すみません…」
苦笑いしながら記者は謝ったが、今度は玉川の尋問を受けることになった。
「おまえねえ。記事見せてもらったけど、こんな書き方じゃあ和歌山側は誰だって怒るぞ。経験浅いにしろ、もっと考えて書け」
「あ、はい…」
「つーかさ。リリースって、ガリバー側がもらしたのか」
「い、いやあ。そこは企業秘密ということで…」
記者ははぐらかすと、逃げるようにその場を立ち去った。
「この移籍騒動。次の試合に影響なきゃいいがな」
玉川は不安を口にした。




