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不満募る東京のエース

 バコンッ!


 ハーフタイム。一番遅く引き上げた小宮はロッカーに戻るなり、ペットボトルをたたきつけた。そして選手たちを怒鳴った。

「てめえら勝つ気あんのかゴルアッ!!」

 その迫力にだれもが凍りつく。

「開始早々に2点取られるわ、サイドの攻防で負けっぱなしだわ、ビハインドでも誰もリスク冒さないわ…5連勝してるからって浮かれてんじゃねえぞっ」

 スタメンはおろかベンチ入りメンバーをいれてもただ一人の10代、最年少の激昂を、だれもが暗い表情で聞いていた。

「こ、小宮。悪かった。だから…落ち着け」

 先輩の生駒がなだめようとするが、火に油を注いだだけだった。

「あんたもあんただ。キャプテンだからって監督の指示に従順すぎなんだよ。犬じゃねえんだそ。状況を把握してもっとピッチのメンバーを引っ張れよっ」

 その時、監督の時任が入ってきた。

「小宮、よくおいついてくれた。後半もこの調子で、攻撃陣を引っ張ってくれ」

 小宮に対して称賛を送った後、

「我々と彼等には明らかな質、伝統の差がある。追いついたことで奴らは浮足立っている。ここから逆転していこう」

と話した。そして戦術について話そうとしたとき、小宮は監督の胸倉を掴んでいた。

「な、なにをするんだ小宮…」

「ぬるいんだよ、あんた…この状況で何伝統とかぬかしてんだよ。『昇格するためには絶対に負けられない。何が何でも勝ちに行け』ぐらい言えねえのかっ!あぁっ?」

 胸倉を離して尚も小宮は続ける。

「俺達東京ヴィクトリーは、本来J1にいるべきなんだぞ。Jリーグ開幕戦で国立を満杯にしたんだぞ。伝統とかぬかすなら、J2のチームをたたきのめして上に上がろうって言う気概を見せろっ。いくら華麗なサッカーしてもJ2はテレビじゃなでしこより扱い低いんだぞっ」

 言い切ると、小宮はユニフォームを脱ぎ捨てた。


 アウェー側ロッカーで小宮が味方に不満をぶつけていたころ、ホーム側ロッカーでは、今石が戦術を説明していた。後半から投入される江川を含めて。

「おまえら。小宮にやられたからって、空気重すぎなんだよ。まだリードは許してないし、うちだって点をとったのは剣崎だけだぜ」

と、今石は笑いながら励ます。

「そうは言っても…あの小宮の実力、体験したらへこんじゃいますよ」

 ため息を漏らす川久保に、今石は笑いつつ叱咤する。

「逆に考えりゃ、個人技でしか点取れてねえ。俺達は連携で取ってる。チームとしては問題ねえよ」

 一息おいて、今石はまず村主の肩を叩いた。

「村主、悪いがお前はここまでだ。ちょっと早いが、あとはベンチをまとめてくれ。よく窪山を抑えたぜ」

「へい。あ〜あ、久々にフル出場かと思ったんだけどな」

と、苦笑いしながら村主は指示を受け入れた。

「で、空いた左のサイドバックには桐島、栗栖がサイドハーフ、江川と猪口のダブルボランチで、小宮に纏わり付いてもらう。いいな江川」

「はい、がんばります」


「下がった桐島も、前半と同じようにどんどん攻めろ」

「え、でもそうしたらバランス崩れませんか」

「いいんだよ。むしろあえて左サイドを穴にしろ。相手に攻めどころを与えて、そこをカウンターの起点にする。その分お前には走り回ってもらうがな」

「スタミナならまだ余ってるんで大丈夫っす」


 桐島の笑顔に、今石は頷く。

「いつもながら俺の無茶な作戦によく付き合ってくれてありがとよ。後半も変わらず絶対にリードを取られるな。勝ち越すまで集中きらすなよ」




 対象的な雰囲気の両チーム。ピッチに戻ってきたときの表情も、和歌山が「やってやるぞ」とポジティブなのに、東京は「やらなきゃいけない」と悲壮感に満ちていた。

 この場合、悲壮感に満ちた選手たちが攻めはじめると厄介だったりする。後半、東京は立ち上がりから攻め立て、右サイド(和歌山でいう左サイド)を起点にカウンターを仕掛ける。先制点を献上した五十嵐、前半沈黙していた窪山が果敢に攻め上がる。

 だが東京の攻撃がどこか息詰まる。その原因は、

「弱点とみたら一気呵成に攻めるが…どうもそこに固持してしまう癖があるんだよなあ」

と、記者席で玉川は呟いた。

「これは東京のスタイル…というより、時任監督のやり方なんだよな。弱点を突く戦術眼は長けてるんだ」

「でも、上位相手、それこそ昇格するチームにはあまり勝ててませんよね。5連勝も下位クラブばかりでしたし」

 浜田の質問に玉川はこう分析する。

「結局のところ、時任監督は小宮ありきの戦い方なんだよな。五輪最終予選で小宮がいない間は、らしいゲームが出来てないからな」 小宮頼み。それが明るみになっていったのは、15分が過ぎたあたりからだった。前半の和歌山のようにサイドに奇襲攻撃を仕掛けたが、肝心のクロスがニコルスキーに合わず、ニコルスキーも川久保に張り付かれて十分な体勢でヘディングを打てなかった。そして競り合ったあとのセカンドボールをほとんど拾えないでいた。

 理由は小宮の停滞である。

 前を猪口、後ろを江川に挟み込まれながらマークされた小宮は、前半以上に苦しんだ。

「くそっ!チビとガリガリの分散で…」

 味方からパスをもらおうとしても猪口がカットし、江川がつねに体を寄せて自由にさせない。ならばとファウル狙いで倒れやすい体勢を作る小宮だが、江川に簡単にすかされ「ばれてますよ」と耳元でささやかれる。

 この状況を打破しようと、時任監督は左ウイングの飯塚に代えてMF初田を投入。トップ下の武藤を左に回した。

「初田…?拾えればいいってもんじゃねえんだぞ」

 時任の采配を見たとき、小宮は歯ぎしりした。

投入された初田は、カバーリングとパスには長けたが、ドリブルに課題があり、案の定今石が「両サイドと猪口!初田のパスコースをしっかり潰せ」と叫ぶと、初田は手づまりなった。そして22分、初田の八木沼へのバックパスを竹内がカット。

「よし、攻め上がるぞっ!」と反撃の狼煙を上げた。


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