自分を信じて走りきれ
「よう栗栖」
「お、小宮。元気そうだな」
選手入場前、整列した両チームのスタメンの11人。その中で、東京のボランチ、小宮榮秦が栗栖に声をかけてきた。二人はU−18の日本代表でボランチを組んだ間柄だった。さらに小宮は、五輪代表の中心的存在で、ロンドンオリンピック出場を決めた試合でも、攻撃の軸として結果を残した。
「今さらだけど、オリンピック出場おめでとう」
栗栖が笑顔で手を差し出す。しかし、小宮はこれを一笑に付した。
「別にいいよ。クズに祝福されたからって嬉しくないから」
場の空気が凍りつく。あっさり怒りの声を上げたのは剣崎だ。
「…てめえ今なんつった、あぁ!?」
「いいよ剣崎。いつものこいつらしいところさ」
つかみ掛かりかけた剣崎を、栗栖はなだめた。そのまま笑顔で小宮に話す。
「クズかどうかは、実際のプレーを見てくれれば分かるよ。少なくとも、このチームメートは、お前が思ってる以上にすげえし、楽しませてくれるよ」
満足げな栗栖を、小宮は嘲笑を浮かべたまま、
「その台詞。試合が終わったら撤回しているさ。お前は既に一流への道を踏み外しているからな」
「変わらないね、お互い」
スタメンは次の通り。
アガーラ和歌山
GK20 友成哲也
DF6 川久保隆平
DF15 園川良太
DF3 内村宏一
DF13 村主文博
MF2 猪口太一
MF16 竹内俊也
MF7 桐島和也
MF8 栗栖将人
FW9 剣崎龍一
FW18 鶴岡智之
西谷、チョンが負傷欠場。4バックはバランスを重視した。中盤は猪口がアンカー、栗栖がトップ下に位置したダイヤモンド型。
AC東京ヴィクトリー
GK1 市原拓也
DF2 二村和志
DF3 サンドロ
DF5 五十嵐佳久
DF8 八木沼秀喜
MF10 小宮榮秦
MF15 生駒亨
MF6 武藤達朗
FW9 窪山隆三
FW11 飯塚健二
FW25 ニコルスキー
開幕は出遅れたが、この布陣になってから5連勝中。小宮だけでなく、ウイングの窪山、飯塚も五輪予選に出場経験あり。
「肩書だけなら、和歌山の完敗だな」
記者席で玉川がぽつりと呟く。隣に座る浜田も、東京の布陣に感嘆している。
「小宮、窪山、飯塚の3人は五輪、市原と生駒はA代表経験者。さらにニコルスキーはバリバリのブルガリア代表FW。J1でもなかなかない豪華さですね」
「開幕で当たった奈良の場合と違って、鮮度は格段に違うからな。正直、和歌山には荷が重い相手だ」
「でも、彼らなら、多分大丈夫ですよ。結構怖いもの知らずの集まりですから」
自信のある浜田の一言に、玉川は「確かにな」と苦笑した。
「そういやあ、こないだJペーパーで面白い特集してたね。浜ちゃんも、結構大きな記事書いてたね」
「あら、見てくれたんですか?」
「ああ。随分といきいきしてたな、文章が。まあ、俺も彼には興味あったからね」
玉川が言うのは、20日発売のJペーパーに記載された「第2GK」特集。浜田は、和歌山の天野大輔を取り上げたのである。
「天野選手を取材しているうちに、どうして友成選手がレギュラーでいられるかが見えてきて、やっていてすごい面白かったですよ」
「羨ましいねえ。Jペーパーは原則Jリーグオンリーだからな。そういう特集も組みやすくてやりがいありそうだねぇ」
「まあ、お金はちょっときついですけどね」
浜田が寄稿するJペーパーは、Jリーグ専門の新聞で、毎週月曜と金曜に発行される。月曜日はマッチレポートと海外日本人情報、金曜日はプレビューと特集で構成されている。
この特集がなかなかくせ者であり、クラブ単体や順位予想、アンケートなど多岐にわたり、同誌の売りの一つだ。 今回の「第2GK特集」の天野のインタビューは、またのちほど読者のみなさんに披露する予定である。
入場した選手たちは、肩を組んで輪を作った。
「今日の俺達は万全じゃないし、実力的には『胸を借りる』のもおこがましかもしれない。だがだからこそ走ろうっ!そして自分を信じるんだっ!行くぞおっ!!」
『おおぉっ!!』
キャプテンマークをつける川久保がメンバーに喝を入れ、最後は全員で気合いを入れてポジションに散った。
レフェリーのホイッスルが高らかに響き、和歌山ボールでキックオフとなった。センターサークルから、剣崎が栗栖へ、栗栖から内村へボールが下げられていく。
「ふん。まずは後ろから組み立てる気か。ザコがとるにしては、随分と逃げ腰だな」
和歌山のパス回しを鼻で笑う小宮。が、内村が園川とワンツーをかわした後、強烈なロングキックで、走り出していた左サイドハーフの桐島へサイドチェンジを決めた。
桐島は既に東京の4バックの裏をとっていてオフサイドはない。一拍ずらして、中央の鶴岡、剣崎、さらに一拍おいて竹内が加速し、まるでラグビーのように斜めに並走している。
桐島に慌てて五十嵐がつくが、すぐに切り替えされ、悠々とクロスを上げられる。サンドロが鶴岡が頭で押し込むとふんであたりに行く。しかし、鶴岡はギリギリのタイミングでしゃがんでかわした。
「っしゃあっ!」
とほぼ同時にジャンプしていた剣崎が、どんぴしゃりのジャンピングボレーで左足を振り抜いていた。
重心が鶴岡に傾いていた市原は、ネットを突き刺さったボールを眺めるしかなかった。
「うっしっ!7点目っ!」
着地と同時に、剣崎はガッツポーズを作って吠えた。ピッチの中央に歓喜の輪が出来て、ホームゴール裏も大いに盛り上がった。
さらにアガーラの攻勢は続く。ゴールキックからの再開でボールをもらった内村がオーバーラップ。八木沼が対応してくると、ヒールで栗栖へ、さらに栗栖がダイレクトで竹内に流す。
「仕掛けてやるっ!行くぞっ!」
竹内はドリブルのギアを上げて密集地帯を突破。詰めてきた市原の眼前で反転すると、
「頼むっ」
と味方にパスを出す。
「8点目だ、サンキュー俊也っ」
渡された剣崎は、今度は冷静に右足で流し込んだ。
開始15分の連続ゴールで和歌山が幕を開けた。