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ドイツ人留学生のエヴァさんは質素に強すぎる  作者: しんこせい


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1/3

プロローグ


「えー、事前に話をしていたので知っている人も多いと思うが……うちの高校の姉妹校であるデュッセルドルフギムナジウムから、今日付で交換留学生がやってくることになった」


 見取川高校、一年四組の教室の担任である宮川京子先生の報告に、クラスの中は一瞬にして沸き立った。


 一年間という長い時間を一切変わらない面子で過ごす高校生にとって、転校生や留学生といった新しい面子の加入はそれはそれは大きなイベントだ。


 月に一度の席替えですらめちゃくちゃに盛り上がるのだから、いわんや留学生をや。


「ねえ玲二、どんな子が来ると思う?」


「うーん……男子学生ならナード、女子学生ならそばかすとかが多めの瓶底眼鏡をかけた女の子かな」


「ゆ、夢がなさすぎじゃない……?」


「皆が海外に夢見過ぎなだけだと思う」


 幼なじみの丹(たん)結羽(ゆう)に適当に言葉を返しながら、そのまま参考書に目を落とす。


 だが結羽と同様好き勝手に話し始めるクラスメイト達の声に集中力が切れ、俺……由嗣(よしつぐ)玲二(れいじ)は、やや冷ややかな目をしながらスマホの電源をつけた。


「別にドイツに限ったことじゃないが、田舎の出身だったら大抵そんなもんだろ。日本でも都心の学生と田舎の学生は大きく違うし」


「む、それは……たしかに」


 皆好き勝手に自分のイメージする留学生像を語っているが、こういうのは基本想像よりやや下くらいに見積もっておいた方が無難だ。


 向こうからしても勝手に盛り上がりすぎて期待値以下と落ち込むくらいなら、最初から期待せずにニュートラルに受け入れられた方がありがたいだろう。


 何事も期待しすぎず、さりとて絶望もせず。

 万事ほどほどにつつがなくというのがこの俺、由嗣玲二流の処世術であった。


「えーそれでは、入っていいぞ」


 絶賛専業主婦にしてくれる旦那募集中(なお家事が壊滅的なので今のところ華の独身)の宮川先生がそう言うと、引き戸のドアががらりと開く。


 やわらかく反響するゴム製の上履きの音に顔を上げれば、窓から流れる風に靡いて歩いてさらさらと横に流れる金色の髪が目に入る。


 見取川高校のやや野暮ったいブレザーとは異なる、金の刺繍の入った青の制服。

 そしてそれに負けぬほどに見事な青色の瞳。


 俺だけではなく皆が息を呑んで、教壇に立った一人の少女を見上げていた。


「どうも皆さんこんにちは。ヴェストファリアギムナジウムから来ました、エヴァンジェリン・フォン・マイネンシュトシュと申します。これからよろしくお願い致します」


 見事な日本語を話しながら、彼女……エヴァが直角に最敬礼をする。


 そのあまりに日本人的な所作に面食らったのは、きっと俺だけではないだろう。

 彼女はそのまま顔を上げ、その視線が一点……というか俺の顔で完全に固定された。


「あーーっ、レイジじゃない! また会えるなんて、神に感謝だわ!」


 エヴァがこちらを指さしながら、大声で叫ぶ。

 その様子にクラスメイト達の視線が俺と彼女のことをものすごい勢いで往復し始める。


 俺の方も、彼女ほどではないが驚いていた。

 なにせ彼女と出会ったのは……これが初めてではないのだから。



♢♢♢



 それは今から数日前ほど、学校の最寄り駅から予備校のある駅に下りた時のことだった。

 いつものように行きつけの予備校へ向かおうと思っていた俺の視界の端に、ある一組の男女が写っていた。


 日本の学生服を見慣れた俺からするとハイソに見える制服を着た女の子は、恐ろしいほどに整った容姿をしていた。


 白磁の肌に、ぱっちりとした二重とカラコンでも入れてるんじゃないかと思う綺麗で大きい青色の瞳。

 背もすらりと高いモデル体型をしていて、先ほどから周囲の人目を引いている。


「ねぇねぇ、一緒にお茶でもしに行こうよ。キャンアイハブアティー?」


 対して男の方はというと、軽薄そうな量産型大学生みたいな見た目をしている。

 最初は友人なのかと思ったが、どうもそういう感じではない。


 女の子の方は明らかに迷惑そうな顔をしている。

 多分、というか間違いなくナンパの類いだろう。


「Koennetest du so etwas bitte lassen?(そういうのやめてくれないかしら?」


 その証拠に、二人はまったく言葉が通じていなかった。

 というか、女の子が話しているのは英語ですらない。

 あの妙に怒っているように感じられる語気の強い言語は、間違いなくドイツ語。


 早すぎて半分も聞き取れないが、どうやら女の子の方は男に呆れているらしい。


 自慢じゃないが、俺はドイツが好きだ。

 好きすぎてちょっとドイツ語を囓っちゃうくらいには好きだ。


 ドイツ人の子に、日本人があんなやつらばかりだと思われたくない。

 俺は二人の間に割って入るようにして、勝手知ったる感じで彼女へ声をかけた。


「Sorry,hast du gewarutet?(ごめん、待った?)」


「……Schon gut, ich bin auch gerade erst angekommen.(大丈夫、私も今来たところだから!)」


 彼女は一瞬にして状況を理解すると、そのままこちらに合わせてくれた。

 にこやかに近付きながら俺の腕を取ると、自分の身体に押しつけてくる。

 ……すごいな、肉体的な距離が近いというか、欧米との文化圏の違いを感じる。


「Tut mir leid, ich habe schon eine Verabredung.(ごめんなさい、先約がいるのよ)」


「ちっ……なんだ、彼氏持ちかよ」


 男はそのまま去っていく。

 彼が遠くに離れていくのを見てから、女の子はパッと腕を放してため息を吐いた。


「助かったわ……あの男、さっきからしつこくて困ってたのよね」


「……? ……っ!!(今自分が聞いた言葉が空耳ではないかと疑い、驚いている様子)」


 一瞬自分が翻訳こんにゃくを食べているのかと思ったが、そんなわけもなく。

 彼女が話しているのは間違いなく日本語だった。


 めちゃくちゃ流暢で、片言のドイツ語で話していたこっちが恥ずかしくなってくる。


「ああごめんなさい、私はエヴァ」


「俺は玲二」


「レイジはドイツ語上手なのね、驚いたわ」


 少しだけだが、俺はドイツ語がわかる。

 といってもできるのはせいぜいが中学生の文法レベル。

 とてもではないが、話せるというレベルではない。


「ドイツの歴史が好きで勉強したんだ。ちなみに一番ビスマルクが好きかな」


 『鉄血宰相』という二つ名が格好よすぎるし、ものすごい牽引力でドイツ帝国を作り上げたその手腕がエグすぎる。


 あとオットー・フォン・ビスマルク=シェーンハウゼンという名前も普通に格好いいので好きだ。


「いいわよねビスマルク、私も好きよ。それと……ありがとうね、あなたのおかげで日本のことを嫌いにならずに済みそう」


「それなら良かった。ああいう人は本当にごく一部だからね」


 あれが日本人のデフォだと思ってもらったら困る。

 基本的に奥ゆかしい人ばかりだから、ぜひエヴァには偏見を持たずに日本を楽しんでもらいたい。


「ありがとう……それじゃあ!」


「……ああ、それじゃあ」


 一見すると触れれば消えてしまいそうな可憐さを持っていた少女は、ぶんぶんと力強く手を振りながら改札の中へと入ろうとする。


 ブーーーーッッ!!


「あたっ!?」


 ブザーの音が鳴り、改札が閉じる。

 両側から出てきたロックにせき止められる形で、エヴァはその場に立ち往生していた。

 彼女は顔を俯かせながら、こちらにつかつかと歩いてくる。

 耳が赤くなっているので、どうやら恥ずかしいらしい。


「ごめんなさい、一つ聞きたいんだけど、どうして中に入れないのかしら?」


「切符を買ってないからじゃない?」


「切符は中で買えばいいんじゃないの?」


「え?」


「ん?」


 そこで俺は人生で初めてカルチャーギャップを感じた。


 どうやらドイツでは改札というもの自体が存在せず、駅の中で切符を買うのが普通らしい。 定期を買っても、通したりピッとしたりする必要はなくて、全てアプリ内で完結してるんだとか。


 ちょっとガバガバ過ぎて無賃乗車とか大丈夫かなと思ったけど、どうやら車掌さんが車内で切符のチェックをするので問題はないらしい。

 はえ~、すっごい(小並感)。


「そ、それじゃあ、またねっ!」


「ああ、またね」


 恥ずかしさからかちょっと早口になっていた彼女はそのまま切符を買うと、駅の構内へと入っていった。


 その時のまたねという言葉の意味は、多分『See you again』的なものだと思っていたんだけど……




「なんだ、知り合いなら話が早いな。エヴァはそこのレイジの隣に座れ。いきなりの留学で不安も多いだろうから、レイジも面倒見てやるようにな」


 エヴァはそのまま隣の席に座ると、こちらに軽く手を振ってきた。


 彼女は多分あの時にはもう、俺の制服が自分が通う高校のものだと気付いていたのだろう。


 まあまさか当の本人も、同じクラスになるとは思っていなかったみたいだが。


「これからよろしくね、レイジ。日本のこと、いっぱい教えてくれると嬉しいわ」


「任せておいて、聞きたいことがあったらなんでも言っていいから」


「そうしたら、HUNTE○×H○NTERはいつ連載が再開されるのかが聞きたいわ。あと、ベルセ○クがそろそろ終わるって本当?」


 いや、まず聞くのがそれ?

 たしかに気持ちはわかるけど。面白いもんね、H○NTER×HUNT○R。


 あとベルセ○クも読むんだ。

 日本人より漫画読んでない?(名推理)


「もう連載再開されてるよ。あとベルセル○に関しては話を畳みにかかってるのは本当だと思う」


「なんですって!? 後で詳しく聞かせて!」


「おいこらいきなり仲睦まじく話すな、私への当てつけか~?」


 俺達が楽しげに話している様子を見た男子生徒達の視線が、俺へとものすごい勢いで突き刺さっているのがわかる。

 逆隣の席に居る結羽からも、ひしひしと後で話を聞かせろオーラが感じられた。


「何か困ったことがあったら、言ってくれれば対応するから」


「ええ、わかったわ」


 こうして俺はなし崩し的に留学生のエヴァのお世話係になり、彼女と同じ時間を過ごすようになるのだった。


「――あいたっ!?」


 ちなみにその日も、エヴァは改札に通せんぼされていた。

 彼女が定期券を使いこなせるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ……。

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― 新着の感想 ―
面白いので続きをよろしくお願いします 気になったのがヒロインの名前にフォンが入っていた点 元貴族の家系であるとかの話の伏線であるのなら余計な感想ですので無視していただければと
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