1-1:知らない空
気がつくと、そこは周囲を樹木に囲まれた場所だった。
「なんだ……?」
若桐は体を起こし、辺りを見回す。
実機での訓練飛行中に、バードストライクをした。
前席には、訓練中の真壁がいる。
教え子であり、同時に今や恋人でもある真壁を、なんとしても助けなければと、前席の射出レバーに手を掛けた。
「百合緒! 射出姿勢を取れ!」
「いやです! 守さんだけ残していきたくありません!」
「莫迦! 四の五の言ってないで姿勢取れ!」
そして、射出レバーを引いた……ところまでは、記憶がある。
が、そこから先が曖昧だ。
「脱出出来たのか? 機体は……」
立ち上がったところで、体が軽いと感じた。
※
バードストライク:鳥が航空機と衝突する現象。
KENTEX:若桐さんのしてる腕時計のブランド。
というか、そもそもヘルメットも被っていなければ、装備一式がない。
ただ、フライトスーツを着ただけの、まるで地上勤務をしているみたいな格好だ。
いつもの癖で左手首の腕時計に目をやる。
「止まってる……?」
若桐の使っているKENTEXのミリタリーウォッチは、滅多なことで止まったりはしない。
だが、パッと見は傷もないのに針が動いていないのだ。
そこに至って、若桐はハッとなった。
「そうだ……、百合緒!」
自分が助かったなら、真壁も助かっているはず……と立ち上がり、若桐は呼びかける。
「守さーん!」
遠くから、妙に甲高い声が聞こえる。
振り返ると、頼りない足取りでこちらに駆け寄ってくる、いやにちいさなシルエットがあった。
頼りない……なんてものではない。
動作はどう見ても走っているが、歩幅が異様に狭く、オノマトペをつけるなら〝ポテポテ〟だ。
それが、昔見たアニメの少女のように、若桐の手前一メートルの位置からジャンプして、真っ直ぐ飛んでくる。
思わず両手を広げると、過たず、若桐の胸の中にぽすんっと収まった。
「……えっ? もしかして、百合緒?」
そう。
真壁はいつだって、プライベートの二人きりになった瞬間、ミサイルみたいに若桐に飛びついてくる。
もっとも、いつもの体積では、それは〝ぽすんっ〟ではなく〝どすっ!〟であり、受け止めた若桐が息が止まりそうになるのがお約束だったのだが……。
「はい! 僕です!」
若桐は、唖然となった。
少なくとも──若桐の知る真壁百合緒は、身長が190センチの大男で、年齢は23歳の、成人男性であった……はずだ。
が、腕の中の人物は、身長が120〜130ぐらいしかない、丸顔の元気な美少年……であった。
「や……、百合緒に似てるけど……?」
言われてみれば、真壁の面影がなくもない。
やたらと整った相貌をしていた真壁が、少年の頃は美少年だったと言われれば、そうだろうなと納得もする。
「僕ですよ!」
信じてもらえないのがことさら不満げに、真壁はグイと、胸元の訓練生を示す階級章とネームタグを突き出した。
そこにローマ字で〝Y.MAKABE〟とある。
とはいえ、脳内は混乱の嵐だ。
「……なんで、縮んでるの?」
「わかりません。気付いたらこうなってて……」
袖と裾が、限界までまくってあり、そこから細い少年の手足がちょこんと出ている。
数秒、二人は顔を見合わせたまま「うーん……」と首をひねったが。
「わからんけど、なっちゃったもんは仕方ないしな……」
この辺り、常にトラブル対応を迫られる教官職の若桐は、切り替えが早かった。
姿形は変わっても、ミサイルのように飛んでくる行動も、質問に対して常に真摯に、しかし微妙にズレた答えを返す態度も、真壁以外の何者でもない。
若桐は、抱いていた真壁の体を下ろした。
並んだ真壁の頭頂部は、若桐の胸ぐらいしかない。
「なんですか?」
問われて初めて、若桐は真壁の頭をくりくり撫でていることに気付いた。
「え……? や……。なんか百合緒の頭頂部が見えるのが珍しくて……」
「はい?」
「なんでもない。……てか、ここどこだ?」
話をはぐらかして、若桐が言った。
「……駿河湾沿いに、こんな場所ありましたっけ?」
「いや……。俺もよく覚えちゃないから、断言は出来んが。なかった……と思う。……てかあの時、百合緒の脱出レバーを引いて、風防が飛んで……。……そこでなんかに、吸い込まれたような気がしなくもない……」
「そういえば、そうですね。真っ黒というか、真っ白というか……」
「おまえは……、脱出して、パラシュートごと吸い込まれた……?」
「どうでしょう? 守さんに〝射出姿勢を取れ〟って言われて……、でもしたくなくて〝いやです〟って答えた辺りまでしか、ちゃんと記憶がなくて……」
「うーん……」
若桐は額を押さえた。
「……メットやマスクはともかく、サバイバルキットがないのは、痛いな……」
それらがないとなると救助を〝待つ〟のが難しくなる。
「守さん。僕、空が紫色なのってあんまり見慣れないんですけど……」
「んあ……?」
見上げていた真壁の視線が、若桐の向こうを見ている。
つられて振り返った若桐も、その色にギョッとなった。
「あ〜、これは俺も知らん色だな……」




