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空に墜ちる -帰投は迷い家のあとで-  作者: 琉斗六


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1-1:知らない空

 気がつくと、そこは周囲を樹木に囲まれた場所だった。


「なんだ……?」


 若桐は体を起こし、辺りを見回す。

 実機での訓練飛行中に、バードストライクをした。

 前席には、訓練中の真壁がいる。

 教え子であり、同時に今や恋人でもある真壁を、なんとしても助けなければと、前席の射出レバーに手を掛けた。


「百合緒! 射出姿勢を取れ!」

「いやです! 守さんだけ残していきたくありません!」

「莫迦! 四の五の言ってないで姿勢取れ!」


 そして、射出レバーを引いた……ところまでは、記憶がある。

 が、そこから先が曖昧だ。


「脱出出来たのか? 機体は……」


 立ち上がったところで、体が軽いと感じた。


バードストライク:鳥が航空機と衝突する現象。

KENTEX:若桐さんのしてる腕時計のブランド。


 というか、そもそもヘルメットも被っていなければ、装備一式がない。

 ただ、フライトスーツを着ただけの、まるで地上勤務をしているみたいな格好だ。

 いつもの癖で左手首の腕時計に目をやる。


「止まってる……?」


 若桐の使っているKENTEXのミリタリーウォッチは、滅多なことで止まったりはしない。

 だが、パッと見は傷もないのに針が動いていないのだ。

 そこに至って、若桐はハッとなった。


「そうだ……、百合緒!」


 自分が助かったなら、真壁も助かっているはず……と立ち上がり、若桐は呼びかける。


「守さーん!」


 遠くから、妙に甲高い声が聞こえる。

 振り返ると、頼りない足取りでこちらに駆け寄ってくる、いやにちいさなシルエットがあった。

 頼りない……なんてものではない。

 動作はどう見ても走っているが、歩幅が異様に狭く、オノマトペをつけるなら〝ポテポテ〟だ。

 それが、昔見たアニメの少女のように、若桐の手前一メートルの位置からジャンプして、真っ直ぐ飛んでくる。

 思わず両手を広げると、過たず、若桐の胸の中にぽすんっと収まった。


「……えっ? もしかして、百合緒?」


 そう。

 真壁はいつだって、プライベートの二人きりになった瞬間、ミサイルみたいに若桐に飛びついてくる。

 もっとも、いつもの体積では、それは〝ぽすんっ〟ではなく〝どすっ!〟であり、受け止めた若桐が息が止まりそうになるのがお約束だったのだが……。


「はい! 僕です!」


 若桐は、唖然となった。

 少なくとも──若桐の知る真壁百合緒は、身長が190センチの大男で、年齢は23歳の、成人男性であった……はずだ。

 が、腕の中の人物は、身長が120〜130ぐらいしかない、丸顔の元気な美少年……であった。


「や……、百合緒に似てるけど……?」


 言われてみれば、真壁の面影がなくもない。

 やたらと整った相貌をしていた真壁が、少年の頃は美少年だったと言われれば、そうだろうなと納得もする。


「僕ですよ!」


 信じてもらえないのがことさら不満げに、真壁はグイと、胸元の訓練生を示す階級章とネームタグを突き出した。

 そこにローマ字で〝Y.MAKABE〟とある。

 とはいえ、脳内は混乱の嵐だ。


「……なんで、縮んでるの?」

「わかりません。気付いたらこうなってて……」


 袖と裾が、限界までまくってあり、そこから細い少年の手足がちょこんと出ている。

 数秒、二人は顔を見合わせたまま「うーん……」と首をひねったが。


「わからんけど、なっちゃったもんは仕方ないしな……」


 この辺り、常にトラブル対応を迫られる教官職の若桐は、切り替えが早かった。

 姿形は変わっても、ミサイルのように飛んでくる行動も、質問に対して常に真摯に、しかし微妙にズレた答えを返す態度も、真壁以外の何者でもない。

 若桐は、抱いていた真壁の体を下ろした。

 並んだ真壁の頭頂部は、若桐の胸ぐらいしかない。


「なんですか?」


 問われて初めて、若桐は真壁の頭をくりくり撫でていることに気付いた。


「え……? や……。なんか百合緒の頭頂部が見えるのが珍しくて……」

「はい?」

「なんでもない。……てか、ここどこだ?」


 話をはぐらかして、若桐が言った。


「……駿河湾沿いに、こんな場所ありましたっけ?」

「いや……。俺もよく覚えちゃないから、断言は出来んが。なかった……と思う。……てかあの時、百合緒の脱出レバーを引いて、風防が飛んで……。……そこでなんかに、吸い込まれたような気がしなくもない……」

「そういえば、そうですね。真っ黒というか、真っ白というか……」

「おまえは……、脱出して、パラシュートごと吸い込まれた……?」

「どうでしょう? 守さんに〝射出姿勢を取れ〟って言われて……、でもしたくなくて〝いやです〟って答えた辺りまでしか、ちゃんと記憶がなくて……」

「うーん……」


 若桐は(ひたい)を押さえた。


「……メットやマスクはともかく、サバイバルキットがないのは、痛いな……」


 それらがないとなると救助を〝待つ〟のが難しくなる。


「守さん。僕、空が紫色なのってあんまり見慣れないんですけど……」

「んあ……?」


 見上げていた真壁の視線が、若桐の向こうを見ている。

 つられて振り返った若桐も、その色にギョッとなった。


「あ〜、これは俺も知らん色だな……」

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